ゲット・ゴースト

『ゲット・ゴースト』 作:細谷
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榎本(エノモト)
→伴の先輩。酒屋の店主。伴はサラリーマン時代の後輩。先代である父親が倒れたため急遽後を継いだ。面倒見がよく、退職後も後輩たちの事を気にかけている。

伴(バン)
→榎本の後輩。事務職から社内で女性初の営業職に異動したばかりだがめきめきと業績を伸ばしている。肝が据わっていて物怖じしない性格。

榎本(エノモト)(男):
伴(バン)(女):


榎本  伴。こっちこっち。

伴   あ、榎本さーん。
    やーっと見つけた。

榎本  お疲れ様。

伴   お疲れ様です。
    全然見つからなくて、お店の中、3周くらいしちゃいましたよ。

榎本  うん。
    いつ気づくかなーって思ってた。

伴   は?榎本さんは気づいてたんですか?

榎本  うん。
    ずっと見てたよ。

伴   いつから?

榎本  半周目くらい?

伴   序盤じゃないっすか。

榎本  何回も通り過ぎてくのが面白くてさ。

伴   榎本さんが小さすぎて見つからなかったんですよ。

榎本  そりゃ悪かったね。

伴   お詫びとして、あと20センチくらいデカくなってください。

榎本  この場合だと座高が高くなることになるけどいいの?

伴   構いませんよ。私の体じゃねぇので。

榎本  相変わらず口が減らないなぁ。

伴   減らない上に、悪いですからね。口が。

榎本  誰に似たんだか。

伴   まーまー。
    とりあえず飲みましょうよ。
    私もう喉カラッカラで。

榎本  汗すごいもんね。

伴   あんまり見ないでくださいよ。
    恥ずかしい。

榎本  へー。
    伴にも羞恥心ってあるんだな。

伴   汗でメイクがドロドロになってる顔って
    下手したらパンツ見られるより恥ずかしいんすよ。

榎本  え?ホント?

伴   そうですよ。
    だからメイク落としてから来ました。

榎本  あ、そっち?直すとかじゃなく?

伴   その方が早いかと思って。

榎本  なるほど。相変わらず思い切りがいい。

伴   どもども。

榎本  褒めてる訳じゃないんだけどねぇ。
    大体ねぇ。伴はいつも……。

伴   はいはい。
    とりあえず体に酒入れましょ。
    店員さーん!すみませーん!
    生2つで!お願いします!!

榎本  ……まーた人の話遮(さえぎ)って。

伴   長くなりそうなんで、酒飲みながら聞こうかと思いましてね。

榎本  人のお説教を肴(さかな)にしないでよ。

伴   説教なんて酒飲みながら聞くくらいが丁度いいんです。

榎本  酷い後輩だなぁ。

伴   元、でしょ。
    もう榎本さんは会社辞めたんだから無礼講ですよ。

榎本  一応俺年上なんだけどなぁ。

伴   一応じゃなくて年上でしょ。

榎本  うーん、そうじゃなくてね?

伴   なんです?

榎本  ちょっとは敬えって言ってるの。

伴   言ってないでしょ。

榎本  そういうニュアンスのセリフなの。

伴   じゃあ素直にそう言ってくださいよ。
    まどろっこしい。

榎本  全く、ほんとに誰に似たんだか。

伴   あ、ビール来た来た!
    はい、どぞ。

榎本  ありがとう。
    ……じゃあ早速。

伴   かんぱーい!

榎本  乾杯。

伴   ……あ゛ーーーー。生き返るぅ。

榎本  ビール久々に飲んだなぁ。

伴   酒屋さんなのに?

榎本  日本酒なら仕事で飲むけどね。
    そもそも酒そんなに強くないから。

伴   へー。それって困りません?

榎本  いや、むしろ助かってる。

伴   なんで?

榎本  あの環境で酒強かったら肝臓終わるからね。

伴   ああ、飲み放題になっちゃいますもんね。

榎本  そういうこと。

伴   じゃあ今日は可愛い元後輩の為に
    肝臓を犠牲にしに来てくれたってことですね。

榎本  まあそういうことかな。
    可愛いかは置いといて。

伴   置かないでくださいよ。
    一番重要なポイントでしょ。

榎本  そう?
    伴は他人の評価なんて気にしないでしょ。

伴   はは。まあ、そうですね。

榎本  で?

伴   はい?

榎本  どう?営業は。

伴   いやー。クソっすね。

榎本  クソかぁ。

伴   クソでしょ。

榎本  うん、まぁ、クソかな。

伴   ま、クソを承知で始めたことですけど。

榎本  あの会社で初でしょ。女性の営業。

伴   そうですね。
    オンリーワンですわ。

榎本  ナンバーワンは?

伴   まだまだですね。

榎本  上にあと何人いるの?

伴   2人。

榎本  誰?

伴   南くん。

榎本  あー。彼か。

伴   さすが榎本さんの秘蔵っ子ですねぇ。
    彼の方が後輩なのに負けっぱなしで。
    面目が立たないですよ、ホント。

榎本  南は営業経験者だからなぁ。
    仕方ないところはあるだろ。

伴   それでも、負けるのは嫌じゃないですか。

榎本  そりゃそうだ。
    んで?もう1人は?

伴   ……笹川さん。

榎本  辞めた人じゃん。

伴   ですね。

榎本  じゃあ2位じゃん。伴。

伴   いや、どうしても勝てないんですよ。

榎本  もう居ないのに?

伴   そうなんですよ。不思議ですね。

榎本  アイツ、キャラ濃かったからなぁ。

伴   きっと、南くんも同じこと思ってるはずですよ。

榎本  ああ、アイツ、笹川に心酔してたもんなぁ。
    どちらかと言うと、俺より笹川の秘蔵っ子だよ、南は。

伴   へー。だからよくツルんでたんだ。

榎本  俺が笹川に頼んだからね。
    南を育ててやれって。

伴   はぁーーー???

榎本  なに、どうしたの。

伴   何それ。聞いてないんですけど。

榎本  あれ?言ってなかったか。

伴   ズルくないですか?

榎本  だって、伴はその時事務だったから。

伴   はー悔しい。
    もっと早く営業やらせてもらえばよかった。
    そしたら私も2人の秘蔵っ子になれたのに。

榎本  すごい自信。

伴   実際、なってたでしょ。秘蔵っ子に。

榎本  まあ、そうだね。
    伴にはそれだけのポテンシャルがあるからね。

伴   ですよね!?
    あーー!ホント悔しい!!

榎本  何であのタイミングだったの?

伴   うーん……まあ、ノリですかね。

榎本  ノリで職種変えるやつ初めて見たよ。

伴   オンリーワンなのでね。

榎本  誰かに相談した?

伴   いや、全部事後報告です。

榎本  相談くらいしても良かったんじゃない?

伴   相談したところで私の気持ちは変わりませんし。

榎本  まあ、そうだろうけどさ。

伴   それに、誰に相談しろって言うんです。
    根性が腐ってる上に
    カラッカラに乾いてるジジババしかいない、こんな会社で。

榎本  俺に相談するって選択肢はなかった訳だ。

伴   無いでしょ。
    榎本さんとっくに辞めてんだし。

榎本  辞めたら終わりじゃないだろ。

伴   終わりでしょ。

榎本  伴。

伴   居ないものに縋(すが)って、何になるんですか。

榎本  居ないものでもいいから、縋りたくなったりするでしょ。
    だから連絡してきたんじゃないの?

伴   ……そんなの、アンタらが悪いんじゃん。

榎本  アンタらって?俺と笹川のこと?

伴   アンタらの亡霊がいつまでもね、会社に居座ってるんですよ。

榎本  こらこら。勝手に殺すな。

伴   もう居ないんだから死んだも同然でしょ。

榎本  伴。落ち着け。

伴   ムカつくじゃないですか。

榎本  伴。

伴   もう居ないのに。
    戻ってこないのに。
    ずっと居座ってるんですよ。
    そこかしこにアンタらの残骸があって。
    いちいち目に付いて。
    上手くいった時も、そうじゃない時も。
    アンタらの存在がチラついて。
    それに一々嬉しくなったり、悲しくなったりして。
    すごい、すっごい腹立つんですよ。
    全部見ててよ。なんで見てないんだよ。
    褒めたり叱ったり励ましたりしろよ。
    何でだよ。なんで居ないんだよ。

榎本  伴……。

伴   クソッタレ共が……。

榎本  ……口悪いな……。

伴   ボケが……。

榎本  せっかくしんみりしてたのに……。

伴   ゲボカス……。

榎本  言い過ぎだぞ……。

伴   誰のせいだ……。

榎本  あー。俺たちがそう育てたのかなぁ。

伴   そうだぞ。生産者め。

榎本  生産者ではないと思うけどなぁ。

伴   私のスーツにアンタらの顔刺繍してやる……。

榎本  『生産者の顔です』ってな感じで?

伴   表出られなくしてやるからな……。

榎本  伴だってそんな恥ずかしいスーツ着て歩きたくないでしょ。

伴   そりゃね。
    でも私たち生産者と生産品だから。
    運命共同体ですよ。

榎本  そうか。
    そこまで言うんだったら、余計に最後まで面倒見なきゃな。

伴   ……まあ別に、もう教わることなんて無いですけど。

榎本  まあまあ。そう言うなって。
    会社辞めて気づいたこともあるからさ。

伴   ……へえ。例えば?

榎本  ジジババ、意外とカラッカラじゃない。
    割と浮腫(むく)んでる。

伴   そっか……そうなんだ。

榎本  定期的に脚を高くしてやってりしないとダメなんだってさ。

伴   親御さんの介護、大変です?

榎本  大変。

伴   そうですよね。
    そりゃそうか。

榎本  まあ、まだある程度一人で動けてはいるけど。
    如何(いかん)せん病気がね。

伴   大変ですね。

榎本  でも、一人でやってるわけじゃないからさ。
    行政のサービス使いながら、わりと上手くやってるよ。

伴   さすが。賢い。

榎本  賢くやらないと潰れるんだよ。

伴   たしかに、いつまで続くか分からないですもんね。

榎本  そうなんだよなぁ。
    先が見えないってこういうことを言うんだなって、毎日思うよ。
    緩やかな坂道をずっと登ってる感じ。

伴   怖いね。

榎本  え?

伴   ずっと緩やかだったら、気づかなそうじゃん。
    自分が辛いの。

榎本  そうだね。
    いつか、前に進めなくなったりするのかなあ。

伴   そん時は私が導いてあげますよ。

榎本  生意気だなぁ。

伴   何言ってんすか。
    アンタだって縋りたいもんがあったから
    私の誘いに乗ったんでしょ?

榎本  ……相変わらず、口が悪いね。

伴   そりゃそうですよ。
    私を誰だと思ってるんですか。

榎本  賢くて、打算的で、負けず嫌いで、可愛い後輩。
    ……今でも、ね。

伴   ……たまにだったら飲んであげてもいいですよ。
    可愛い後輩が。

榎本  うん、そりゃ有難い。

伴   肝臓犠牲にしていきましょ。

榎本  うーん、それはちょっと。

伴   アンタの人生、緩やかな坂道ばっかじゃつまんないでしょ。
    少しは私に寄越してください。
    良いように使ってやりますよ。

榎本  プロポーズ?

伴   バカタレが。

榎本  おい、先輩だぞ!

伴   あはは!

榎本  ……男前だね。伴は。

伴   はい。よく言われます。

榎本  もしかしてセクハラか?これは。

伴   いや、構いませんよ。
    男前って、私のためにある言葉でしょ?

榎本  はは。間違いないね。

伴   今度、笹川さんも呼んで飲みましょ。

榎本  いいね。

伴   あ!南くんも誘わないと。

榎本  喜ぶだろうね。

伴   そうでしょうね、南くんは。

榎本  笹川も喜ぶと思うよ。

伴   まさか。そんなわけないでしょ。あの変人が。
    あ、ねえねえ。
    ちょっと電話掛けてみましょ。

榎本  はは。分かってないなぁ。

伴   なにが?
    ……あ、出た!もしもし?

榎本  ……俺にもね、見えてるよ。亡霊。
    きっとアイツにも。
    きっとお前らは、一生気づかないだろうけどさ。

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