「故人を偲ぶ時間」という話
冬の午後、私は故郷の駅前に立っていた。久しぶりに帰ってきたこの町は、昔と少しも変わらないように見えるが、それでもどこか違っている。古びた商店街を抜け、川沿いの道を歩きながら、ふとした拍子に高校時代の記憶が蘇る。
あの日のことも、もう十年以上前になる。高校三年生の夏、私たちの同級生だった直人が交通事故で亡くなった。誰からも好かれる明るい性格で、野球部のエースとしてクラスの中心にいた彼の死は、クラス全員に大きな衝撃を与えた。
「なんであんなに元気だったやつが、急にいなくなるんだろう」
当時、誰もがそう呟いた。しかし、時が経つにつれ、私も含めて多くの人が直人の記憶を胸にしまい込み、日常に戻っていった。
今日は、その直人の命日だ。久しぶりに集まるクラスメートたちと共に、直人のお墓参りに行くことになった。
駅前の喫茶店で待ち合わせると、次々と懐かしい顔が現れた。かつてのクラスメートたちはそれぞれ社会人として忙しい日々を送っているが、顔を合わせると一瞬で高校時代に戻るようだった。みんなでお墓へ向かう途中、自然と直人の話題になった。
「あいつ、本当にすごいピッチャーだったよな」
「でも、試験前になると俺に数学教えてくれって頼んできてさ」
「いやいや、直人って実はめちゃくちゃ甘党だったんだぜ。練習終わりにあんみつ食べに行くのが好きでさ」
笑いながら思い出を語り合ううちに、お墓に着いた。直人のお墓は周囲の緑に囲まれ、穏やかな雰囲気が漂っていた。みんなで手を合わせ、順番に言葉をかけた。
「直人、元気でやってるか?」
「こっちはみんな変わらずやってるよ。お前がいればもっと楽しかっただろうけどな」
一人ずつ話すたびに、自然と涙がこぼれた。それでも、心のどこかが温かくなるのを感じた。
お参りが終わった帰り道、私はふとポケットに入れていた古びた野球ボールを取り出した。これは高校時代、直人と最後にキャッチボールをしたときのボールだ。気づけば、何となく持ってきてしまっていた。
川沿いの道でふと立ち止まり、ボールを空に向けて投げてみた。澄んだ冬の空に放たれた白い軌跡は、まるで直人が笑顔で「ナイスボール!」と声をかけてくれるように思えた。
その瞬間、風がふっと頬を撫で、どこか懐かしい匂いがした。まるで直人が「またな」と言っているようだった。
「また会おうな、直人」
そう呟きながら、私は笑顔で歩き出した。冷たい風の中にも、不思議と心は温かかった。