安田記念、新馬先生はこう見る~輝く場所
プロローグ
「11月の誕生石はトパーズだよ」
と、教えてくれたのは、僕の姪っ子だ。
通称、我が家のメイケイエール。
競馬会きってのじゃじゃ馬に
例えられた彼女は、
繰り上がりの足し算は苦手で、
今日の宿題に出された問題に
悪戦苦闘していながら、
分からないのが悔しくて
今も目に涙を溜めながら紙と睨めっこしている。
姪っ子は、いわゆる発達障害というやつで、
ASD、自閉症スペクトラムという診断を受けている。
見た目では特に何かがあるわけではないが、
脳の認知が人と異なり、こだわりの強さや環境の変化に弱いのが特徴で、
幼稚園の時に、暴れ馬のごとき振る舞いをしていた。それがどこかメイケイエールに通ずる気がしたのと、僕の競馬好きが講じたこともあり、最近メイちゃんと呼ぶことにしている。
姪っ子よ、
確かに君には人より苦手なことがある。
けれど、12か月それぞれの誕生石をスラスラ言えるじゃないか。
僕はそれだけで、結構な才能なんじゃないかと思う。
メイちゃんよ、新しい学年の生活はどうだい?
君は2年生に進級。
お姉さんになって、1年生のよき先輩になったと聞いているよ。
我も少し強くなって、喧嘩をするようになったんだね。
君のパパから聞いた。
君に直接学校生活はどうだい?
と直接訪ねると、彼女は
「わからない。」
とニヤニヤしながら答える。
要は人を揶揄うようになった。
それ自体は、
それで成長なんだろうけど、
叔父としては少し寂しいものだ。
君のパパである僕の弟は、前より冷たい娘に対して、僕よりももっと感傷に浸っているらしい。
だけど言わせてもらうと、パパの反抗期に対する親への態度はもっとひどいもんだったと思う。
毎日少しの紆余曲折は、
あるけど、
メイケイエールそっくりの姪っ子は、
少しずつ何かを学び、彼女なりにゆっくりとだけど、歩を進めている。
特別支援級の先生と弟夫婦は
毎日、連絡帳を通して成長を確認し合っているみたいで、
体調を崩していた義妹が元気にしている姿を見ると、心から良かったと思う。まさに子は鎹だな。
今週末、また本家本元のメイケイエールが走る。
姪っ子にそのことを教えると
「また雨だね」
と笑った。
確かに最近メイケイエールが走る時は雨が続いている。
「雨は嫌い」
と彼女は言った。
「どうして?」
と僕を尋ねると、
「晴れてないから」
と禅問答みたいな答えが返ってきた。
メイケイエールの馬券を買うときは、
姪っ子を応援している気分になるのだが、
本人が気乗りしてないであれば、
今回は少し慎重にしてみるのも手かもしれない。
さぁ、安田記念がやってくる。
6月4日に。
それでは予想を始めよう。
調教診断
調教評価第1位
15 マテンロウオリオン
今回は、2週連続で抜群の動き。
全頭の中で圧倒的1位に見えた。
去年のNHKマイルCの頃の全身を上手く使った動きに見える。
1週前も負荷が高いながら、タイムがしっかり出ており、最終追い切りは更にそれを上回る動き。文句なし。
近走の成績は振るわないが、穴で是非狙いたい1頭だ。
調教評価第2位
18 ソングライン
中2週組の中では、1番良かった。
ウッド5Fで3頭併せ、真ん中を走り、余裕を持って先着。
負荷は高くないが、スッと併せ馬を突き放す内容は疲労よりも充実度を感じさせた。
調教評価第3位
14 シュネルマイスター
キレる足ではないが、持続的にスピードを使って加速。府中向きの動きを見せた。
タイムも良いのだがあまり無理をしたようには見えない。上積みというよりは、純粋に強いと思わせた内容。
調教評価第4位
3 ジャックドール
1週前に時計を出したが前に馬を置いて、本番を想定したのではないだろうか。
ラスト4Fから
14.3-12.4-12.1-11.1。
長い府中の直線で4角から徐々に番手を上げていく。とにかく気分良く走らせることが出来ればと思わせる内容、マイル短縮を陣営も歓迎している。
調教評価第5位
10 ソウルラッシュ
こちらは、シュネルマイスターや、ジャックドールとは異なり一瞬でスパっと切れる切れ味抜群の調教。1週前の追い切りでは併せ馬で内で待機して、先行させ、エンジンをかけて突き放す。7Fを走りながらラストで一気に加速させた好内容だった。
エピローグ
今年の安田記念は6月4日に開催と聞いて、
僕は、なぜか21年前の6月4日を思い出していた。
その日、僕は浦和にいて、
屈強な体躯をした赤い悪魔と言われたベルギー代表にアジアで初めて開催されたサッカーワールドカップで、
侍ブルーが対峙していた試合を現地で見ていた。
1点を先制され、会場全体が自信を失いかけそうな中、
青いユニフォームの背番号18、小野伸二選手が、長いロングパスをゴール前に柔らかく蹴り込み、銀に近い金髪をした選手が懸命に足を伸ばし、同点ゴールを奪い取る。
精一杯伸ばした脚に、辛うじて右甲に触れたボールが、緩やかに弾んで、ゴールに向かって吸い込まれていく。
数秒間の静寂の後、地鳴りのようにスタジアムがドンと揺れた。
その震源地の源である細身の金髪フォワードは、大きな声で咆哮していた。
そのシーンを見て、その年の安田記念を勝った馬はなんだったかと思い返す。
日本がサッカーで歓喜に沸いた、その2日前、450㎏くらいで細身の葦毛馬とコンビで念願のG1を奪取したとある騎手と狼のように吼える鈴木隆行選手の姿が重なった記憶が呼び戻された。
安田記念を勝った彼も泣きながら、派手なガッツポーズで府中を沸かしていた。
2002年、その年の安田記念、優勝馬は大外枠18番。アシストした小野伸二選手と同じ背番号だった。
2017年の6月に息を引き取った、アドマイヤコジーン。2002年、安田記念の優勝馬。
種牡馬を2015年に引退し、晩年はクラウン日高牧場で余生を過ごしていだという。
キタサンブラック産駒が
前の週までクラシック戦線を賑わせていた。
その光景を、今の彼なら何と言っただろう。
きっと嬉しさ半分、お得意のおちゃらけ半分で満面の笑みでファンサービスをしてくれたのだろう。
キタサンブラック、
名馬が繋いだ不思議な縁に気付いた。
これは奇妙な偶然なのかと思わずにはいられなかった。
その奇妙な縁の中心となる、
とある騎手は、
とても競馬仲間に愛されていた。
こんなエピソードがある。
キタサンブラックの引退レースの有馬記念で跨った鞍上、武豊騎手は同馬に最後の勲章をもたらした後、ウィナーズピクチャーを撮る直前、空を数回見つめて、
2人の人物に勝利という結果を空に向けて報告したという。
1人は、その年の夏、鬼籍に入った父である武邦彦に。
そして、もう1人は、21年前、日本でのワールドカップを迎えたその2日前、サッカーワールドカップで、初めて日本が勝ち点1を取る少し前、アドマイヤコジーンで初めてG1のタイトルを勝った後藤浩輝騎手に。
キタサンブラックの新馬戦、その鞍上にいたのは後藤騎手であった。
そんなことを思いながら姪っ子メイちゃんに尋ねてみた。
「メイケイエール今回はどうかな?勝つかな?」
彼女は答えた。
「雨は嫌い。」
後ろで聞いていた弟夫婦は笑いながらこう言った。
「今回は走って無事に走って帰ってきてくれたらいいよ。」
僕もそう思う。
今年の安田記念、
6月4日、武豊騎手が乗る馬の生産地は、
クラウン日高牧場。
アドマイヤコジーンが亡くなった同じ地で、
翌年に産まれた栗毛の駿馬。
なんとなく気になったので、
近くの石マスターに聞いてみた。
「6月の誕生石ってなんなの?」
メイちゃんは答える。
「真珠とアレキサンドライト。」
メイちゃんはさらに続ける。
「アレキサンドライトは当たる光の種類で色が変わって見えるんだよ。」
マイラーか、中距離馬か。
そんな定義は関係ない、どんな距離でも、輝いてしまえば良いのだ。
調べてみたら、アレキサンドライトは金緑石の変種だという。
ジャックドール、その名前のドールは人形ではなく
「黄金の」という意味だ。
6月は彼の月。
美しい栗毛馬が雨が明けた晴れの舞台で輝く色は何色に見えるか。
僕は金色なんじゃないかと思うんだ。
メイちゃん、今回はこの馬が本命でいいだろ?
今年のダービーを見たからこう思うんだ。
2023年、安田記念の本命は
◎ 3 ジャックドール
後藤浩輝騎手、どうか今年の安田記念出走する全頭無事で走らせるように、どこかで見守っていてください。レースの後、走った馬と関係者みんなの笑顔が溢れていますように。