菊花賞 新馬先生はこう見る~叶
プロローグ
ままどおるが好きだ。
福島の銘菓、優しいミルクのような甘い味。
出張の帰りに買って行くと、
嫌いな人が少ない。
それだけで最強なんだ。
派手な味でも見た目でもないけれど、
誰からも嫌われないって、
それはもう才能なんだと思う。
僕はいつも、
敵をどこかに作って生きてきた。
心に形があるのなら、
僕の心の角は、いつも誰かにぶつかって、
もう原型を留めていない。
形状記憶は元の形を覚えないまま常に新しい形で留まったままだ。
ままどおるの優しい甘さは、
凹んだ形状の何かに優しく染み入る。
東北が好きだ。
たぶん、その中だと福島が好きだ。
ままどおるが好きなのは、既に周知の事実。
今更であまり言いたくないけど、
人生でずーっと片想いしてきた女の子は福島出身だった。
1番好きな日本酒は会津中将で、これもやっぱり福島産である。
おみやげといえば。
東日本大震災の年に、オルフェーブルが淀で3冠の大輪を飾った頃、僕は担当になったばかりの東北のお客様に新任としての挨拶をしなくてはならず、気が重いまま生々しい傷跡が残る6県を巡っていた。
出張の最終日、
最後にアポイントを取っていたのは、
福島の創業100年は超える企業で、現場の叩き上げで、東北のボスと称されていた。
後に知ることとなるが、元プロ野球の投手だったボスは竜雷太似の強面。180cmを超える声が低く、眼光鋭い人だった。
応接室に通された僕は古い革製のソファを前に直立不動で待っていた。
少しの待機時間が、とても長く感じる。
目の前の扉が静寂を破るように開く。
こちらが最初に発する言葉を探していたら、
竜雷太は広い応接机に数枚の紙束が入ったA3の封筒を手にこう言った。
「はい、お土産。」
中身をざっと見通すと、1週間分の出張費をゆうに超える自社の注文だった。
こちらが声を出せない中で、ボスは静かに笑って、その商談を締める一言をこうまとめた。
こちらが何かの言葉を発する前に、竜雷太は5分で商談を終わらせた。
大変なのは僕じゃない、貴方達なのに。
物静かな面持ちの中に、深い優しさを感じた。
その後、僕の職場が変わっても、その方と付き合いは10年以上変わらず続くことになる。
酒の席以外で交わす言葉以外は少ない。
けれど、どこかに優しさを称えた人。
その日の帰りにお土産で買ったままどおる。
新幹線の指定席で、端に座って、
大量の購入をした御礼にもらったままどおるを
ブラックコーヒーで流し込んだ。
僕が福島県を好きなのは、
美味しい食べ物もあるけれど、
竜雷太があの日渡してくれた封筒のせいなのかもしれない。
また来月も訪れる、福島に思いを馳せ、菊花賞の予想を始めよう。
調教診断
菊花賞の評価として、
評価ポイントは2つ
未経験の距離を走る、しかも坂2回を走る難コース。
①ウッド系の長い距離を1週前にしている、かつ最終の負荷を落としている。
②力が抜けて走れているか。
この点を高く評価するポイントとした。
調教評価第1位
3 プラダリア
激変。という意味で、衝撃を受けた。神戸新聞杯からの変化で、この馬を最上位に。
1週前追い切りでは7Fで併せ馬を直線で突き放し、最終の坂路では力がほどよく抜けた走り。池添騎手の追い出しにしっかりと反応。文句なし。
調教評価第2位
18 セレシオン
阪神の長距離、菊花賞実績と言う点で友道厩舎以上の厩舎はないと思う。
1週前に負荷高めの7F追いから、最終は終いの芝で追い切って負荷を軽くした。
今回の菊花賞で芝追いを入れているのは友道厩舎だけ。馬が軽く走る姿にとても好感を持った。
調教評価第3位
10セイウンハーデス
一週前の調教だったら、この馬が1番。
先週のCW1番時計。
コーナーを勢い良すぎて外回りしながら、ラスト3F35.8は圧巻の一言。
少し走りに力が入っていることを除けば、完璧な出来。
調教評価第4位
17 ジャスティンパレス
最終追いでもしっかりと負荷をかけた。3頭併せの外回しで、しっかり追われる。
前走から中3週で1週前の坂路は力強い。
以前は使うと、次が強く追えない馬だったが、最終を見ると大幅な馬体減でなければ実力は発揮出来る。鮫島騎手の2週追い切りに本気度が見える。
調教評価第5位
8 マイネルトルファン
他の馬全ての評価と異なるけれど、力強さを評価。まだまだ改善の余地はあれど、直線に入った時の推進力に期待したくなる出来。
タイムはご愛嬌もあるが、調教助手が気持ち負担重量重めなので、ここはむしろ気にせず。
その他
14 アスクビクターモア
良くも悪くもアスクビクターモア。
前走より良化。単走ウッドなのもいつも通り。コーナーワークが皐月賞時と比べ良化。
最後に坂路2本を入れている、体調は良いはずだ。
ペースの我慢が効くかが全てだが、共同会見でそのための準備をしてきたというコメントを信じるべきかと。
大トビの馬なので最内よりはいいのではと私は考える。
エピローグ
夏の甲子園、仙台育英高校が東北に初の優勝旗を持ち帰った年の菊花賞。
いつもの淀とは違う甲子園近く、仁川での菊花賞。
その年、春のクラシックを沸かせた駿馬に目を向ける。
ある調教師が共同会見で、静かに言葉を選んで発する様を見て、
僕は福島にいる誰かを思い出した。
記者会見をしていた調教師の名は田村康仁。
彼が初めて重賞を勝った青葉賞から22年が経つ。
ルゼルというイギリス産の馬を率いてダービーに挑んだ。
主戦騎手・後藤浩輝と共に。
彼、田村調教師は、今年のダービーで、改めて騎手への信頼と感謝を口にした。
その騎手は、記者会見で自身の騎乗する評価の高い馬でも、
と言い放った。
それは、まさに彼らしいエピソードで、
だからこそ、彼の騎乗スタイルは良くも悪くも大胆なのだと感じる。
掴みどころのなさこそ、真骨頂。
日頃、飄々としたり、ふざけておちゃらけているけれど、
彼は本当は熱い人だと思う。
地元の名山・安達太良山のように雄大でおおらかな雰囲気。
そう思ったのは
2013年、1月。
関東騎手で、前年落馬で大怪我をした後藤騎手のリハビリの過程でFacebookにとある若手騎手からエールをもらった旨が書いてあった。
口には出さぬが、田辺騎手もまた奥州武士らしく情に深い人なのだと思った。
日頃、ふざけて明るく振る舞うのは、
人に気を遣わせない彼の人柄なのだと私は思う。
後藤騎手はその年の10月、懸命なリハビリをして復帰を果たした。
あれから、ちょうど10年、彼の笑顔を時に思い出す。
時々、後藤騎手を思い出す。
彼のいない競馬の世界を寂しく思う。
お祭り男の彼なら、今の競馬ファンをどう盛り上げたのだろう。
福島市、郡山市と会津市の間に二本松市という場所がある。
長閑な場所で、酒蔵が多く、二本松城は100名城の1つと言われる。
二本松は、
この時期、日本最大級の菊人形展が3年ぶりに開催されている。
「菊の城下町」と言われ、この町に生まれた田辺騎手が
田村康仁調教師と有力馬で挑む菊花賞に1ファンが望むこと。
それは福島県出身の騎手初の菊花の栄冠を持ち帰ること。
甲子園の魔物も今年は、その関門を緩めたのだ。
仁川の神も今年はそのハードルを少し下げてくれ。
後藤さん、2人にどうか力をお与えてください。
菊の街、故郷に大錦を飾る役目を、地元の若武者に託す。
僕はその話をネタに、竜雷太と会津中将を飲み明かす。
2022年、菊花賞。
僕の本命は 14 アスクビクターモア
東北が好きだ。
たぶん、いや、絶対その中だと福島が好きだ。
負けた時は、ままどおるを頬張り、
やさしさに包まれるだけ。
生きてりゃ、次にはいいことが待ってるはずさ。