高松宮記念 新馬先生はこう見る〜そして生活は続く
プロローグ
今週、我が家は喧嘩が絶えなかった。
主には、娘と妻が何かと些細なことで争うのだ。
娘と妻の戦争が勃発する時、自分の正しい立ち位置がいまだに分からない。
嫁に味方すれば、娘は味方がいなくなるし、
娘に味方をすれば、嫁は後ほど凄い怒る。
結論、僕は空気になるのだ。
いや、風か。
一時休戦した時に、不利な方へそっと寄っていく。そして、それは大概娘だ。
娘に、対戦相手が何に怒っているかを耳打ちして、泣き止んだ時に落ち着いて話せるようになるまで待つ。
風はそっと、娘の背中を押す追い風となって終戦へと導くのだ。
今週、彼女が荒れていたのは、
彼女が成長してきたからか、
それとも彼女そっくりなじゃじゃ馬、
メイケイエールが引退レースを迎えるからか。
今日で小学校2年生を無事終えた彼女は
いつもとは違い、とても穏やかな表情で帰ってきた。
「小学校2年生はどうでしたか?」
僕は尋ねる。
「楽しかったよ!」
と彼女は笑顔で答える。
僕の娘が自閉症スペクトラムという発達障害だ。
分かったのは、もう4年前のこと。
略してASDというらしい。
近所の幼稚園の面接に2か所入園を拒否されて、病院に通い、今に至る。
今でも、診断された当時の絶望感は忘れられない。
妻は、たぶんもっとショックを受けていたと思う。
けど、比較的早めに娘の傾向を掴めたこと、
妻と相談をして色々な対応をとれたこと、そして臨床心理士だった兄がプロとして様々な助言と安心する言葉をくれた。
そして、何より娘の仲のいい盟兄として存在してくれて、
彼女は、そして僕らはどれほど頼りになったただろうか。
そんな4年前の冬、競馬が好きな兄が教えてくれた。
「姪ちゃんにそっくりな馬がいるぞ!」
それがメイケイエールだった。
始めてメイケイエールを見たとき、
阪神JFで彼女は何かから逃げるように逸走していた。
うちの娘はそのころ、毎日幼稚園で泣いて時に授業中に脱走した。
卒園の日、その週末にメイケイエールは高松宮記念を走って5着だった。
小学校に入って初めての秋にメイケイエールはスプリンターズステークスを走って14着だった。
我が家3人と兄は、いつもG1で走る、
メイケイエールを見つめて、
応援して、笑って、負けて少し悲しくて、けど、無事に走ってくれたことが嬉しかった。
メイケイエールが好走すれば、自分の娘が肯定されたみたいで嬉しくて、
けど、その頃から少しずつ、競走馬としてのメイケイエールの終わりが近づいていることにも気付いていた。
去年の秋から、仕事で遠方に引っ越した兄から1か月前にLINEがきた、
「メイケイエールが引退するみたいだよ、週末は久々に遊びに行こうかな。」
2020年の8月にデビューした駿馬の現役ラストラン、僕らが願うのは・・・
後で娘に聞いてみたら何と答えるだろう。
「週末、おじちゃんが久々に来るみたいだよ!」
「や、や、や、やったぁ!!!!」
兄には言ってこなかったことがある、
我が家の愛すべき名牝は最近、吃音という特性を手に入れた。
その特性を本人は全く気にしていない、むしろ話しは止まらない。
ただ、親はその行末にヒヤヒヤしてしまう。
やっぱり君はメイケイエールかもしれない!
メイケイエールも誰かを気にして走っていない。普段の厩舎内では大人しく綺麗な駿馬。
僕が願うのは………
彼女と彼女の周りにいる人が笑顔でいることだ。
さて、予想を始めよう
調教診断
調教評価第1位
6 ルガル
良いスプリンターというものは坂路を走る馬が多い。モズスーパーフレアを見た時の衝撃は忘れられない。
この2週の追い切りは抜群、1週前の追い切りは前に馬を置いて直線ラスト2F11.9-11.9。
最終追い切りは単走で好タイム。調教師の感覚では53.0をオーダーしたとのこだが、楽々タイムが出てきてしまった。調子は抜群。
調教評価第2位
2 マッドクール
1週前の調教はCWで80.8。終いはクビを低くし、ストライドが長く走ってきた。
直線が長い中京は中山もよりも適性があると思わせる、ストライドが長いがクビがよく使われていて道悪はこなしてくれる、同様のタイプにライラックがいるが、当馬は馬体も大きく力強さがある。内枠よりは外の方が良いかもだが状態は間違いなく良い。
調教評価第3位
8 ソーダーズリンク
前走から調教では唸るような走りだったが、今回のタイムは騎手を乗せて好タイムを出した。
このタイムを見るとスプリントは向いているはず。1週前には併せ馬でスパッと。
距離を短縮させる事で間違いなくスピードを活かすレースが可能になるはず。
調教評価第4位
13 ウィンカーネリアン
美浦組で1番良かったのが、このウィンカーネリアン。特に1週前の調教は併せ馬で並走するまでもなく、突き放した。
三浦皇成騎手の記者会見を選びながら、ただ物凄く出来に自信を感じさせた。
前走から絞れて動ける状態であれば、番手で好レースを期待できる。
調教評価第5位
12 ロータスランド
1週前の表記は単走、ただ前の3頭併せを見るとサッと追い出し突き放した。元々渋った馬場を好むピッチ走法、鞍上は1年前にも乗った岩田康誠騎手で、最終坂路ではOP馬のディオに先着。状態は去年にも劣らない。
エピローグ
特別支援学級というクラスは少人数の特性がある生徒を1人の先生と補助員で見ていく。
以前は興味のあることしかやってこなかった娘の成長を普段働いている僕は断片的にしか確認できない。
人より歩みは遅くても、
障害があっても、
成長は必ず誰にもやってくる。
毎年、必ず最後方を走っていた運動会。
彼女は初めて通常級たちの子たちと走って6人中5番目になった。
その時の感動を忘れる事はできない。やるじゃないか!
メイケイエールが去年のスプリンターズSも忘れることが出来ない。
5着だった。
それまで12着、15着と続いてたレースに比べれば目の醒めるような活躍で復活を予感させた。
メイケイエールは今まで調教で、CWの単走4Fとソフトな負荷で走ってきた。記憶にあるのは、一昨年のスプリンターズSで坂路を走ったことが例外で。
メイケイエールは今回の調教、2週連続で坂路を追ってきた。ゲートの練習も入念に。
最後まで模索してきた「彼女らしい走り」をどうか最後に見てほしい。
僕が娘に願うのも
やっぱり自分らしく生きてほしいということだけ。
ただ、人の気持ちを読み取るのが難しいという特性があるうちの娘には、まだメイケイエールみたいに導く協力者が必要なのかもしれない。
吃音だってリハビリをすればなんとかなるさ。
人生はまだ長い、
メイケイエールの現役生活が終わった後は、
その血を後世に繋げて行く生活が続いて行く。
まだまだ続く。彼女も、そしてメイケイエールも。
2年生の終業式の日、
彼女を2年間見てくださった担任教諭が他校への赴任が決まり生徒達へ伝えられたそうだ。
その学級に所属する7人の生徒達は、
それぞれに感謝の気持ちを伝えるスピーチを行って感謝を伝える。
終業式の後、学校へ向かいに行った時、先生から彼女のスピーチを教えてもらえた。
娘は最後、
7番目。
それは、彼女が8年の人生の中で学んで紡いだ言葉なんだなと思った。
人より誰かの気持ちを思い計る事は難しい、けれど、必死に考えて産み出した言葉は確かに成長の一歩を僕に感じ、誇らしくなった。
兄は明日やってくる、
お土産に娘の好きなミスタードーナツを買ってきてもらおう。
私も娘に一年分の御褒美をあげないといけないな。
彼女に思い切って聞いてみた、
「2年生頑張ったご褒美は何がほしい?」
少し考えを巡らした後、娘は笑いながらこう答えた。
「あのね、ママと心配してたんだけどね、最近賭け事して仕事なくなった人がいたからね、私のご褒美より、おじちゃんとパパが競馬しないのがいいかもしれないよ。」
参ったな、
娘よ、
君の盟友を応援するこのレースだけは
応援させてくれよ。
娘と喧嘩をしていたはずの妻が後ろで爆笑していた。
これでいいのだ。ぼくはまた2人が喧嘩をした時のように風になる。
そして、明日メイケイエールが望む良馬場のために雨雲を吹き飛ばせたなら。
2024年
高松宮記念
我が家の本命は
◎11 メイケイエール
現役生活が終わっても、
彼女の一生は続く。
走れ、メイケイエール!