スプリンターズS 2022 新馬先生はこう見る
プロローグ
我が家にはメイケイエールがいる。
と、彼は言った。
メイケイエールという馬の存在を教えてくれたのは年の少し上になる兄だった。
兄はメイケイエールを見る度にうちの娘を思い出すらしい。
メイケイエールと例えられた
我が家の一人娘は、小学校に通って半年になった。
背負ったパールピンクのランドセルが板についている。
最近のランドセルは僕が子供の頃とは違いカラフルなものだ。
特別支援級で彼女は、調教師ならぬ先生を振り回している。
親は毎日ヒヤヒヤしているが、当人はいたって楽しそうに振舞っている。
幼稚園の時は、30人の子供を1人で見ていた保育士さんが、特別支援級では
7人で1人を見てもらえている。
安心感は以前のそれではない。
本人の学校生活も、語彙力の発達と共に具体性を持って僕に伝わるようになってきた。
彼女の診断名は
「自閉症スペクトラム障害」
というものだ。
脳の認知機能が定型発達の子供と違う。
コミュニケーションに難がある。
特定の物事へのこだわり、物の並びや規則性にこだわりがかなり強いなど。
そのせいで、僕は気が休まらなくなった。
専業主婦の妻は自分自身に問題があるから、子供に影響が出たと自分を責めて、一時期、心身ともに体調をかなり悪くした。
僕は妻のケアと娘の未来を案じたけれど、
気付けばお互いにバランスを取るようになっていった。
心理学を学んでいた兄は、僕を心配して時々家に遊びに来てくれた。幼稚園の入園式と卒園式でボロボロに泣いていた僕にハンカチを出してもくれた。
僕が一番辛かったことは、彼女にどう声をかけてやればいいか、どう共感をしてあげれるか。どうしても、答えが出なかった。
そんな事への答えをくれたのは、やっぱり結婚もしていないフーテンの兄の一言だった。
と。
確かに、考えてみれば毎日がスリリングだ。
今でも学校から電話が鳴るたびに僕は、ドキドキする。
ただ、それは「今度は何した??」というワクワクにも似ている。
他の家庭より、些細な成功で喜び、
娘を褒めれるようになった(その倍、怒った気もするけど)。
彼女は記憶することに長けている。全てを写真のように記憶して、大人を時々驚かせる。
だから、順序や本棚の並びが急に変わったり、バスの座る席がいつもと違ったりすることを嫌がる。
好きなものに固執する。
分かっていれば、怖くない。
迷惑をかけたら謝ればいい。
そもそも、親と子だって別の個体だ。完全に分かり合う必要なんてないんだ。寄り添うくらいでいい。
彼女の1年の成長、それは、人から見れば、牛歩の歩みでも、一番間近で見てきた私からは、去年のスプリンターズステークスから1年を経た
本家メイケイエールの歩みのようだ。
彼女には、とても好きなクラスメイトがいる。
好きが故に、距離感がわからず、相手を泣かせたり、怒らせたり。
彼女にとって、また出てきた新たな課題。
僕は、彼女と1つのゲームをすることにした、
「〇〇ちゃん、君が学校でクラスメイトを泣かせたり、怒らなければ1ポイントをあげる。1日怒らなかったら1ポイント、誰も1日泣かせなかったら1ポイント。30ポイント溜まったら、好きなものを買ってあげる。〇〇ちゃんが怒らないなら、僕も会社で人に怒らない。〇〇ちゃんが頑張っていると思ってパパも頑張るよ。」
順調にいって30ポイントが溜まる日、それは9月30日。メイケイエールがスプリンターズSで初めてG1を勝つ前、最後の学校登校日のはずだ。
なぁ、にいちゃん。
たしかに、本当にメイケイエールが家にいる生活は、飽きないよ。
それでは予想を始めよう。
調教評価
調教順位第1位
9 ナムラクレア
1週前の坂路を見た時、時計だけではなく、内容を見て今年1番の調教を見た。
最後までラップが落ちない、綺麗にまっすぐ。
元々、ナムラクレアは調教動くタイプで桜花賞でもかなり高く評価していたのだが、それを差し置いても別格。最終は軽めでも余裕残しではない。とにかく凄いものを見た。
調教評価第2位
10 タイセイビジョン
1位のナムラクレアに勝るとも劣らない。
2週連続という点だけであれば、タイセイビジョンも素晴らしかった。7F CWを2週ともに併せ馬で、無駄のないフォーム。
1位との評価の差は、個人的にスプリント戦では CWより坂路を評価している、それだけの差。
調教評価第3位
6 ナランフレグ
右回りに課題があると言われている当馬だが、今年の3月、オーシャンSの追い込み、切れ味を見た時に、そこまでの不安を感じなかった。
最終追い切りのこの写真見ても、左手前がだいぶ様になっている。正直、TBと展開待ちになる部分は否めないが、走破タイムが遅くなった時には、人気馬をぶった斬れる出来にあると思う。
調教評価第4位
7 ウィンマーベル
2週連続、しっかり鞭を入れての追い切り。1週前から、反応は悪くないので、騎手の操作性という点と斤量を考えれば、「追えばしっかり伸びる」という事がわかる内容。
3歳の若駒、しっかり追えるということもまた才能だと思う。
調教評価第5位
4 ダイアトニック
メイショウミモザ、ヴェントヴォーチェと当馬、どれを評価上位にするか。かなり迷った。結果、最終坂路、ラップと力強さを評価し、この馬を入れた。
坂を苦にしないという点、岩田騎手が中間に乗ってることを評価した。阪急杯から、騎乗しないレースでも騎手が乗り続けて、テンションを上げすぎない追い切り。切れる脚こそないが、最後まで脚が衰えない。
スタートが決まれば怖い。
メイケイエールについて
メイケイエールの1週前を見た時、坂路を追っていて、しかも軽め。土曜日に負荷の高い早い時計坂路を追っている。
今までは気象面もあり、 CW 4Fの単走が基本の馬。
繊細な牝馬なので、これは何かあったか?
レコードの反動か?
と思ったが、私は週半ばで一つのコメントから仮説を立てられた。
「1週前の段階で馬体重が10kg増えている」
と。
これが私の仮説。いつもと違う調教も追える精神力と馬体の成長が出来た。
厩舎サイドから最終前に「馬体が完成に近づいている」とコメントがあったのもこれの裏付けだと。
だから、最終追い切りで、いつも通りの CW単走を追って来れば、きっと順調だと私は考えていた。
最終追い、メイケイエールはいつも通りの CW4F調教をこなしてきた。
去年からメイケイエールを見続けてきた、私の結論は
と判断する。
エピローグ
昨日、珍しく仕事から帰り
家族で食卓を共にした。
娘と2人で食後にお風呂に入り、
ドライヤーで目の前にある髪を乾かす。
大きめなシングルベッドを2つくっつけた寝室で、
娘をおんぶしながら寝室へ運び、僕はじゃじゃ馬を寝かしつけた。
「パパ、おじちゃん、最近来ないね。」
「『今度の運動会には行くよ。』って言ってたから、運動会頑張ろうな。」
「楽しみだね。」
我が家のメイケイエールは笑う。
彼女の幼稚園生活の思い出は、入園式も卒園式も、春に似合わない荒れ模様で傘もさせないくらいの雨嵐だった。
寝る前に僕は君に聞きたいことがあった。
「今日、お友達のこと怒らせた?」
「誰も怒ってないよ。パパは?」
「怒ってない。誰か泣かせた?」
「泣かせてないよ。」
「やったな、2ポイント!そして、30ポイント貯まるね!」
「えへへ。」
と、自慢気に笑っていた最中、
気付けばもう、彼女は寝息を立てて、両目をつむっていた。
思わず笑ってしまった。
自由だな、君も。
毎日頑張ってんだな。
約束だし、今週末、欲しいもの買ってあげないとな。
兄にそのことをLINEで伝える。
兄はこう返してきた。
そして、続いて、こう送られてきた。
「本家のメイケイちゃんにも、運動会で頑張ってもらわないといかんな。プレゼント資金をここで増やすか。」
結局、それかよ、苦笑が漏れた。
秋の台風は、メイケイエールの成長を祝うように日本列島を避けていく。
秋晴れの中、自由に駆けていく優駿達に思いを馳せる。
僕もたまには、賭けてみるか。
成長したもう1人のメイケイエールに。
2022年、スプリンターズステークス。
僕の本命は
◉ 13 メイケイエール