指数関数
前書き
「実は指数関数のことをよく知っている人は少ない」などと言っては怒られるだろうか。指数関数は非常に便利なものだから大学に行って理系に進めばその取り扱いを学ぶことが多いと思う。中でもオイラーの公式と呼ばれる関係式はよく使うし、これを学んだときに感動を覚えた人も多いと聞く。思うにしかし、その使われ方に比べると指数関数が何ものなのかはあまりよく知られていないように思う。
これは仕方の無いところもある。指数関数の定式化にはそれなりの数学的な知識が必要で、しかもそれと言ったら「それ数学科でもないのに知る必要ある?」と言いたくなるような、(少なくとも専門外の私から見たら)知ってたからと言って計算ができるようには思えないタイプのものなのである。
ただそう言った指数関数の定義の話にも多少は触れながら、比較的フレンドリーな説明の記事があっても良いのかなと最近は思うようになった。それがこの文章を書くになった理由である。
高校くらいまでに習う指数関数
まずは高校くらいまでに習う指数関数について見てみよう。ある正の数$${a}$$を$${n}$$回かけあわせた数を$${a^n}$$と書く。つまり
$$
a^n = \overbrace{a \cdot a \cdots a}^{n\text{個}}
$$
である(ここで$${n}$$は正の整数)。また、
$$
a^0 = 1, \\
a^{-n} = \frac{1}{a^n}
$$
と定義される。これで指数関数$${a^x}$$は$${x}$$が整数の場合には定義されたわけである。$${x}$$が有理数(整数を整数で割った分数で表される数)の時にも、定義を広げるためにまず$${x=1/m}$$の時を考える。そのために
$$
\beta^{m} = a
$$
となる正の数$${\beta}$$を考える。$${\beta^m}$$は$${\beta}$$をゼロから増やしていくとどこまでも増加していくので、どこかの$${\beta}$$でちょうど$${a}$$になるところがある。そのちょうどの$${\beta}$$を考えるわけである。そのような$${\beta}$$を表す記号として$${\sqrt[m]{a}}$$というものがある。これを使って、$${a^{\frac{1}{m}}}$$は、
$$
a^{\frac{1}{m}} = \sqrt[m]{a}
$$
と定義される。さらに整数$${n}$$について、
$$
a^{\frac{n}{m}} = (\sqrt[m]{a})^n
$$
と定義する。これで$${x}$$が有理数の時の$${a^x}$$を定義できたことになる。
(ここでは省略するが、有理数を「(整数)/(正の整数)」で表す方法は一通りではないので、どんな表し方をした場合でも一通りに$${a^x}$$が決まるかどうかは確かめたいところである。もし興味があればやってみていただきたい)。
一意性
さてこのように定義すると、指数関数$${a^x}$$はあらゆる有理数$${x, y}$$について
$$
a^0 = 1, \\
a^1 = a, \\
a^x a^y = a^{x+y}, \\
a^x > 0
$$
という関係を満たすことが分かる($${a}$$は正の数)。逆にこのような性質を持つ関数は$${f(x)=a^x}$$だけということをここで見てみよう。上の性質を$${f(x)}$$で書き直すと、
$$
f(0) = 1, \\
f(1) = a, \\
f(x) f(y) = f(x+y), \\
f(x) > 0
$$
となる。もし同様の性質をある有理数上で定義された関数$${g(x)}$$も持っているとしよう。この時もちろん、
$$
g(0) = 1 = f(0), \\
g(1) = a = f(1)
$$
となる。また正の整数$${m}$$について、
$$
g(1/m)^m
=
\overbrace{g(1/m)\ g(1/m) \cdots g(1/m)}^{m \text{個}}
=
g(1) = a
$$
$${g(1/m)>0}$$だから、このような数は$${\sqrt[m]{a}}$$しかない。よって、
$$
g(1/m) = \sqrt[m]{a} = f(1/m).
$$
さらに正の整数$${n}$$について、
$$
g(n/m) = \overbrace{g(1/m)\ g(1/m) \cdots g(1/m)}^{n \text{個}}
= (\sqrt[m]{a})^n = f(n/m) .
$$
これを用いて、$${g(-n/m) f(n/m) = g(-n/m) g(n/m) = g(0) = 1}$$が言えるので、
$$
g(-n/m) = \frac{1}{f(n/m)} = f(-n/m)
$$
となる。すべての有理数は、正の整数$${n,m}$$を用いて、$${n/m}$$か$${-n/m}$$と書ける。つまりここに全ての有理数$${x}$$について、$${g(x)=f(x)}$$となってしまうことがわかった。結局、上の性質を持つ関数は一通りしかないというわけである。
実数変数への拡張
ここまで$${a^x}$$のうち$${x}$$が有理数の場合を見てきたが、実数には有理数ではない数(つまり無理数)もある。その場合にはどう定義すれば良いだろうか?一つの方法は数列の極限を考えることで、こちらは高校の教科書にも載っていたりする。例えば$${x=\pi=3.141592653589\cdots}$$の時を考えよう。この時、数列$${\{x_n\}}$$を$${\pi}$$の小数第$${n}$$桁までとったものとする。つまり、
$$
x_0 = 3, x_1 = 3.1, x_2 = 3.14, x_3 = 3.141, x_4 = 3.1415, \cdots
$$
といった感じである。これらはすべて有理数である(たとえば$${3.14 = 314/100}$$)。$${m < n}$$であれば必ず$${x_m < x_n}$$ であり、この時$${a^{x_m} < a^{x_n}}$$である。つまり上の数列に対応する指数関数の値の列($${a^{x_0}, a^{x_1}, a^{x_2}, \cdots}$$)は単調に増加し、しかも無限に大きくなるわけではない(例えば$${\pi < 4}$$だから$${a^4}$$より大きくなることはない)。こういう数列は必ず$${n \rightarrow \infty}$$で収束値を持つという実数の重要な性質がある。であればその収束値を$${a^\pi}$$とすればよいと考えるものである。
まぁこれはこれで悪くはないのだが、もうちょっと具体的に$${a^x}$$を定義できた方が性質がわかりやすいこともあって、大学に行くとこれはあんまり定義としては使われない。天下り的ではあるけれど、より具体的な次の関数を考えることが多い。
$$
\exp(kx) = 1 + kx + \frac{1}{2!} (kx)^2 + \frac{1}{3!} (kx)^3 + \cdots = \sum_{n=0}^{\infty} \frac{(kx)^n}{n!}.
$$
これは無限和になっているけれど、どのような実数$${k, x}$$をとっても収束することを示せる。ここで$${!}$$は階乗を表していて、$${0!=1}$$としている。$${k}$$はある正の数に固定し、この$${\exp(kx)}$$を$${x}$$の関数とみて$${g(x)=\exp(kx)}$$と書こう。この$${g(x)}$$が指数関数になっていることを見たい。その性質としてまず、
$$
g(0) = \exp(k\cdot 0) = 1, \\
g(1) = \exp(k\cdot 1) = \sum_{n=0}^{\infty} \frac{k^n}{n!} > 0
$$
を見る。もし$${k}$$がゼロなら$${g(1)=0}$$となり、$${k}$$を大きくするに従って$${g(1)}$$も無限に大きくなるから、どこかで都合の良く$${g(1) = \exp (k \cdot 1) = a}$$になるような$${k}$$が存在するだろう。そのような$${k}$$を
$$
k = \log a
$$
という記号で書くことにしよう($${a>0}$$だから、$${k>0}$$の約束は守れる)。この時、$${\exp(\log a)=a}$$となる。この値に$${k}$$を固定すると、
$$
g(1) = a
$$
となる。さらに、
$$
g(x)g(y) = \left( \sum_{n=0}^\infty \frac{(kx)^n}{n!} \right)
\left( \sum_{m=0}^\infty \frac{(ky)^m}{m!} \right) \\
= \sum_{n=0}^\infty
\sum_{m=0}^\infty
\frac{(kx)^n}{n!}
\frac{(ky)^m}{m!}
$$
となる。ここで$${l=n+m}$$となる変数を導入すると、$${l}$$は0から無限大までの整数を取れる。そのひとつに$${l}$$が固定されたときには、$${n}$$は0から$${l}$$までの数を取れる。また、$${m=l-n}$$であることから上の和は次のように変形できる。
$$
g(x)g(y) =
\sum_{l=0}^\infty
\sum_{n=0}^l
\frac{(kx)^n}{n!}
\frac{(ky)^m}{(l-n)!}
=
\sum_{l=0}^\infty
\frac{1}{l!}
\sum_{n=0}^l
\frac{l!}{n! (l-n)!}
(kx)^n (ky)^{l-n} \\
=
\sum_{l=0}^\infty
\frac{1}{l!}
(kx+ky)^l
$$
となる。最後の等式では二項定理を用いた。これは$${\exp\left(k(x+y)\right)}$$であるので結局、
$$
g(x)g(y) = \exp\left(k(x+y)\right) = g(x+y)
$$
が示せたことになる。
また、$${g(x)>0}$$を示したい。$${x>0}$$の時は、$${g(x)=\sum_{n=0}^{\infty} \frac{(kx)^n}{n!}}$$で$${k>0}$$だから、$${g(x)>0}$$である。また、いま示した$${g(x)g(y) = g(x+y)}$$より
$$
g(-x) g(x) = g(-x+x)=g(0) = 1
$$
であるから、$${g(-x) > 0}$$ 。従って、全ての実数で$${g(x)>0}$$である。ここまでで、
$$
g(0) = 1, \\
g(1) = a, \\
g(x) g(y) = g(x+y), \\
g(x) > 0
$$
が示された。これは上に$${f(x)=a^x}$$が満たす性質として示したものである。それだけにとどまらず、有理数$${x}$$について定義されたこのような関数は一意的に$${a^x}$$でしかありえないのだった。つまり$${g(x)}$$は有理数の$${x}$$では、$${a^x}$$と一致しなくてはいけない。こうして、$${g(x) = \exp(x \log a)}$$ は確かに指数関数$${a^x}$$を実数に拡張したものとわかるのである。
ネイピア数
最後に$${a}$$が、$${k =\log a = 1}$$となるような場合を考える。この場合の$${a}$$は特別にネイピア数と呼ばれ、$${e}$$と表されるのが普通である。つまり$${\log e = 1}$$となる。
このとき、有理数上で
$$
{e^x} = \exp(x \log e) = \exp(x)
$$
となる。この関数はとてもよく使われるので、実数にまで拡張した$${e^x = \exp(x)}$$のことを指して単に指数関数と呼ぶこともよくある。
ネイピア数を無限和の形で書くこともできる。どのような$${a}$$でも$${a = \exp(\log a)}$$ となるから、特に$${\log e = 1}$$となる$${e}$$の場合には、
$$
e = \exp (1) = \sum_{n=0}^\infty \frac{1}{n!}
$$
となる。
この指数関数$${\exp(x)}$$は、微分してももとの$${\exp(x)}$$になるとか、オイラーの公式によって$${\exp(x) = \cos x + i \sin x}$$と三角関数と結び付けられたりするなど、興味深い性質の持ち主である。もし三角関数の話も書く機会があればこの辺りのこともお話しできるかもしれない。ともあれ、今日のところはここまで。