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奧さんが買ってきてくれたお酒が結局一番うまい
居酒屋には良くいくし、常に金麦などは家に常備しているのだけど、スーパーの買い物がてら奧さんが買ってきてくれるチューハイとかが一番うまい。
お酒のうまさは「報い」のうまさだと思う。
仕事がしんどかった日はちょっといいビール(地ビールとか)買って飲むと気分がアガる。そういうやつ。
ただ基本的にそれは内燃機関でまかなってる感じだ。つまり自分の負荷を自分で悦楽に変換している感じ。
うまさってエンターテイメントであり、エンターテイメントってワンダーなので、やっぱ「驚き」が最高なのである。
自分のがんばりに自分で用意する労いは、まんまと美味いが予測がつく美味さでありがちだ。でもそれが、奧さんが買ってきた缶チューハイならどうだろうか。
しかもそれが、
「なんか、こういうの欲しい気分なんかなと思って」
と買ってきてくれた缶チューハイだったとしたら。
そりゃあ美味いですよね。
大人になって良く感じるのは、大人だって「褒め」とか「肯定」が大好き!! ってことだ。大好きってか、必要。
仕事とかだと、良かったポイントへの褒めよりも改善点への指摘のほうが多くなりがちだ。
でも、いっぱい「ここもっとこうしたほうが・・・・・・」って言われても「あぁ、ダメだったかぁ」って、しゅん、ってなって話入ってこないんですよね。
一旦さきに「ここが良かったよ。あ、あれも良かったし!」って褒めをたくさん与えていただいて、そのあと直すとこちょこっと言ってくれたら、「たしかに、そこは良くなかったですねぇ、そこだけ直せば完璧だったってことですよねぇ~、へへへ」ってなる。簡単に調子にのり仕事で良いパフォーマンスを発揮することができる。
でも実際には、大人はそんないっぱい褒めてもらえない。
ぼくは褒めてもらうの大好きなので、前にコールセンターやってたときは褒めてもらうために毎日かえる前に上司のとこ行って「今日ぼくのスコアどんな感じでしたか?」とか訊きにいってた。
ほんとは自分でだいたいわかってるけど、上司に「おっ、良くなってるやん。がんばってるね!」という供給をもらうためだ。
それはまあ、自分からもらいにいってる「予測のつく美味さ」なんですけど、やっぱり他者からの供給だと格別なのである。
どんな言葉で、どんな表情で、どんな声で褒められるのか? それをすべて予測することはできない。そこには心地よい喉ごしがある。
ましてや頼んでいたわけでもないタイミングで我がパートナーの人が買ってきてくれた缶チューハイである。
冷蔵庫の扉のとこで良い感じに冷えてる350ml缶のたたずまいに込められた情報はあまりにも多い。そこには「褒め」「認め」「労い」「慮り」「慈しみ」・・・・・・そういうものを感じ取ることができる。
だから美味い。ありがとうございます。
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