その声を聴いたことがあるか
いろんな感情が生まれた一日だった。
子どもが産まれた。第一子、女の子だ。
昼過ぎに無事出産して、夜に病室の奥さんに、おやすみとお疲れさまを言い、新生児室でお姫さまの寝顔に心でバイバイをして、付き添いに来てくれた家族とも別れ、冬らしい風に身を縮める帰途。良く挨拶する町ねこの背中を撫でながら、小さな命を守り育てる責を想って、芽生えた父性が強く鼓動する。
まあ、それはそれとして、今は、おうちかえってお風呂でほかほかになってぽやーんして、おふとんだ。
赤ちゃんが産まれた瞬間の声を聴いたことがあるか。自分たちの子どもが、この世に産まれた瞬間の声だ。不安と慈しみを抱えて、十ヶ月大切に育んだ生命エネルギーの解放の、その音だ。
帝王切開だったので、分娩手術室の前で聴いたのだけど、
「おぎゃあ」
と最初に聴こえたとき、最初に思ったのは、
ふッぐッふぅうッ――だ。
なるか! 言葉に!
ただ、付き添いの家族の手前というか、いろんな人生の鎧を着込んだ大人だからというか、無意識に、
「……ああ、良かった。神様ありがとうございます」
みたいな顔してたけど、本当は、
ふぅぅッぐうッふ!
と思っていた。
それから、断続的に、おぎゃあおぎゃあ、と聴こえる度、その一撃一撃が目の奥のところに刺さりまくった。胸を叩いた。魂をキックした。
だんだんとその産まれた感情が、一撃ごとにカットされてゆき、結果、なんかこう、心象には、岩清水の流れ、悠久の滝、しぶきのきらめき、虹――みたいなイメージが在った。
厳かで尊く、美しく儚いもの。
その産声は、人の魂に直接つきささる、最強の声だ。人生を生き切ろうとする純粋な意志。生命のエキゾーストノート!
こんな存在あるかよ。フィジカル以外最強では。
嬉しいなぁ。ぼくらの子ども!
ここが生後1日目の世界だよ。
この街、この時代が彼女にとっての、第一話。「これから」しかないのだ。一番近くでそれを見守り、助けとなれる光栄に感謝を。
おやすみ。また明日。