裏側を見るのは好きですか?
テレビに出ていたとあるアーティストさん。
この曲を書いた時は、こういう気持ちで、こういう思いがあって、だからこういうメロディーラインを選んで……みたいなことを蕩々と語っていた。
わりと好きなアーティストさんで「ああ、あの曲のことね」くらいには内容はわかってはいたのだけれども、結局私はテレビのチャネルを変えた。
たとえばその話が、レコーディングされるまでの音づくりのこだわりとか、ミュージシャン同志の話し合いの様子とか、タイトなスケジュールを頑張って調整したんだよね、的な話だったとしたら恐らく最後まで見たと思う。
けれど、曲そのものが作られる過程や作者の心理をのぞき見るのはあまり好きではない。
うん……、上手く伝えられてないな。
たとえば目の前に可愛いクマのぬいぐるみがあったとする。
『クマのふわふわ感を大切にするために、布地はあえて特注にしました。手足の細かい部分はほつれにくくするために手縫いにしています。品質に絶対の自信があるので、クマの足の裏にネームタグを縫い付けてあります』
みたいなのはいい。
もっと知りたいと思うし、知れば知るほど欲しくなる。
逆に。
『時として人を襲うことのあるクマは、人里にあらわれた途端に駆除の対象になってしまいます。クマにだって生きる権利はあるのです。だからクマの素晴らしさをひとりでも多くの人に知ってもらいたくて、このぬいぐるみを制作しました。キラキラと濡れたように輝くビーズの瞳は、物言わぬクマの悲しみを表現しています。大きな耳は人の気配を察知して素早く森へ戻ってほしいという私の願いです……。』
そんなことを語られたら。
私はきっと、ぬいぐるみを元あった棚にそっと戻すことだろう。
作者の思いと、それを見聞きする私たちの思いはつねにイコールではない。私は私なりの想像を膨らませて、素晴らしいと思うからその曲を聴くし、クマのぬいぐるみを買うし、小説を読む。
必要以上の説明は、感情移入するための大切なすき間すら奪ってしまう。
……と思っていたのだけれども。
家の子太郎は逆のようで
「どんな気持ちでその曲が作られたのかを知って、もう一度その曲を聴いたら、もっともっと楽しめるし」
と言う。
彼いわく。
世代の違い
なのだと。
いやいやいや。
何でもかんでも歳のせいにしたら、話が先に進まないじゃん(笑)
えっ、でも、そうなの?
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