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全業界のヒントになる、おもちゃ市場がいま過去最高規模である理由

今、子供たちはYouTubeに夢中です。「モノ余り時代」と言われ、プラモデルを作る子は減り、少子化傾向なのに好きなコンテンツは爆増、多様化し・・・。普通に考えると、僕がいるおもちゃ業界に追い風が吹いているイメージは湧かないでしょう。

しかし、昨期の玩具の国内市場規模は前年度比105.0%の8,398億円で、調査開始年度の2001年以来、最高水準を達成しています。ちなみに国内家庭用ゲーム市場規模は4,343億円で、上には含まれません。玩具の方がおよそ倍くらい大きな市場です。(以下リンク参照 ↓)

※追記:2022年まで玩具市場の数字は右肩上がり。

なぜ、玩具市場は衰退していないのか? もしかしたらここに、将来に危機感を持たれている業界にむけたヒントがあるかもしれないと思い、その理由を5つに分けてまとめてみたいと思います。


1.おもちゃ業界の偉人の功績

100年ほど前に日本に現れたと言われ、おもちゃ業界の歴史と、確固たる強みを作った人物がいます。サンタクロースです。

おもちゃが売れる時期として、クリスマスは相当に大きな割合を占めています。そしてそのプレゼントは、サンタクロースが袋に入れて持ってくることになっています。当然、サンタの袋にはデータは入らないし、スマホを契約して持ってきてくれるわけでもありません。サンタの袋には基本おもちゃが入ります。

サンタクロースの存在は、物心つく前の小さい頃から、神様のように心の中に刷り込まれます。これが「子供にとって、おもちゃはかけがえのないものなんだ」という神話を日本人の心の中に作りだしています。

これを筆頭に、クリスマス以外にも、玩具雑貨ジャンルの商品をプレゼントとして贈り合うタイミングは年に何度も用意されています。誕生日。GWや夏休みに田舎のおじいちゃんおばあちゃんから。最近ではハロウィンも。人に何かをあげたいときに、形のない「データ」はあげにくい。現代ではもう物理的にあげられるはずなのに、やっぱりあげにくい。お芝居のチケットはあげられるけど、配信はあげられない。やっぱり、ものをあげたい。サンタも、ゲームソフトというデータメディアでさえ、ほんのちょっっっぴりあげることにモヤモヤがあるのかも。

歴史の中で特におもちゃに携わってきた人たちは、不必需品だからこそ、プレゼント文化を丁寧に作り上げてきました。不必需品は、わざわざ時間をかけ、工夫して、ドキドキしながら相手のために選ぶプレゼントとして最適なのです。まずこれが、大きな下支えになっています。

2.箱に入っている

多くのおもちゃは箱に入っています。そして、おもちゃの箱というものは、おもちゃの一部です。

おもちゃをもらった子供は興奮して箱を開け、おもちゃを取り出します。その時点で、興奮の9割は終わります。僕は、遊びとしても「開封」が半分以上を占めると考えています。

ここに、なぜおもちゃがレンタルに向いておらず、さらにメルカリなどで普段買いをされることが少ないかの理由があります。箱から出ているおもちゃは、完成品ではありません。箱までがおもちゃです。そしておもちゃは仮に未開封の箱付きのまま保存されていたとしても、特に紙製の箱は光や湿気などの影響で徐々に汚れていき、中古品は輝きを失います。ヴィンテージ品などを除けば、古くなればなるほど、おもちゃの商品価値は下がって行ってしまうようになっています。

何かズルイ話の様にも聞こえますが、、箱が経年劣化するという性質が、市場をいつまでも新しく保っている要因の一つです。そもそも箱は指などをケガする危険があるので基本リサイクルか捨ててもらうよう注意書きがあります。パッケージの役割は、「保護する」「伝える」の他にもあるんですね。

余談ですが、おもちゃ開発では、どうしても途中でコストの壁にぶつかります。おもちゃ本体のスペックを保ちたいけど、生産単価を下げたい。その時に、まず最初にスペックダウンを検討されるのが、箱の紙質です。昔は僕も箱のコスト&紙質ダウンをよくしていましたが、今では開発者として箱の価値を下げません。実は中身以上に、箱こそがおもちゃの命だからです。

3.他人が一度使ったものは、完全な自分のおもちゃにならない

本やCDにはレンタル文化があります。最近は服にまで、ネットレンタルが出てきました。しかし先にも書いたようにおもちゃはレンタルに非常に不向きです。その人の手垢がついたおもちゃは、いつまでもその人のものになるからです。

勿論、本やディスク、SDカードなども触るものだし、手垢もつくでしょう。しかし、おもちゃへの手垢の付き方はレベルが違います。おもちゃの語源は「もちあそぶ(もてあそぶ)」から来ています。私たちは、おもちゃであるというだけで、意識している以上にそれを触っているのです。

素材がほとんどプラスチックであるという面もありますが、木製でも、布製でも、あるいは金属製でも、一度誰かがあそんだものは他人が見ると汚れて見えます。ところが自分が見ると、汚れては見えません。他人のおもちゃは、生理的に最も自分の物にしづらい製品になります。マンガのセリフの様に「お前のものは俺のもの」とはならないのです。この事実が、おもちゃ屋さんや新品の通販で真新しいおもちゃが売れ続けている理由になっています。(Amazonだって、おもちゃだけは中古品を買いづらくないですか?)

4.コピーがきかない

この先、3Dプリンタが家庭にも普及するかもしれない、という見方が強まっています。個人クリエーターも、3Dプリンタで作ったおもちゃを販売していたりします。「ますます、おもちゃなんて買わなくても自由に作れちゃうじゃん」と言われがちです。

しかし、不思議なことにこの理屈も効かないのがおもちゃという商品の持つ魔力です。

ちょっと想像してみてください。昔から有名な、キン肉マン消しゴム、通称「キンケシ」という大ヒット商品があります。

これが将来、買わなくても家庭のプリンタで立体に作れるデータを格安で提供します、となったとします。

さて、果たして、各家庭の3Dプリンタで出力したキンケシは、「キンケシ」でしょうか?

おそらく、そうやってどんどん自分たちで作って集めたキンケシは、本物ではないと、ほとんどの人が思ってしまうはずです。

CDはレンタルしてコピーしても、本物のアーティストの楽曲として楽しむことができますし、個人が作ったアパレルも、むしろ希少価値があるとして喜ばれるかもしれません。しかしおもちゃはこれがききません。正規品以外は、ニセモノと感じられるのです。

今、玩具市場の成長を支えている筆頭であるトレーディングカードの世界がその最たるものです。「遊戯王」や「デュエルマスターズ」などのカードは、もし誰かが1枚持っていたり、雑誌のカタログがあったりしたら、カラーコピーしてカードスリーブに入れると、遊べてしまいます。それなのに誰もが、何が当たるか分からないパックでカードを買いまくり、同じカードが何枚も揃うまで買うのを止めません。

この、公式だけが「プロダクト」として認められるのは、他ではなかなか感じられない見事な世界観です。

僕はこのような世界観を作っている要因は、安価で子供のものであるというイメージのおもちゃを作るために、とてつもなく高価で丈夫で磨き上げられた荘厳な金型や、美麗な印刷をするための凝った版を作っているという、「見えないところにこそ魂を込めるという日本的美意識」なのだと考えています。最近モノ作りにおいては「いかに小ロットでいろいろなパターンを作れるか」という話が流行り、安価な金型を作るベンチャーなども増えたりしてきています。しかし僕は、作り手が小ロット生産の手法をハックし始めたときに、いよいよおもちゃ業界は衰退に向かってしまうのではないかと考えています。

子供の「遊び」のために、大量生産で文化を作ろうと挑んでいるメーカーの本気感が物語として伝わったときに、おもちゃは、代替の効かないものであり続けます。

5.大人が子供化してきた

おもちゃは僕らの子供時代である30年前、完全に子供のものでした。ごくまれに、ミニ四駆に詳しいおじさんなどが町に出現すると、僕らは大興奮し、おじさんを尊敬しました。

現代はご承知の通り、大人もおもちゃを買い、遊ぶカルチャーが当たり前です。当たり前どころか、おそらく大人の方がおもちゃにお金を使っています。玩具のジャンルの中でも、子供が手にしなくなったフィギュアやプラモデルの方が好調に売れているという事実がそれを裏付けています。売り上げが特に好調とされるトレカ市場も、大人が支えている賜物です。

子供時代は何でも気軽に買ってもらえなかった、その反動が、今の「大人買い」文化につながっています。大人も、遊び心を持った方が幸福な人生を送れるという考え方も浸透しました。数十年の歴史を持つ「ガンプラ」「シルバニアファミリー」「人生ゲーム・UNO」「ミニ四駆」「ルービックキューブ」「ビックリマンシール」・・・。それらは全て今の大人たちによく売れています。ガチャガチャ(カプセルトイ)が日本で一番売れる場所は秋葉原だと言われています。

もともと子供のものだったからこそ、それが「みんなのもの」になってきたことで、おもちゃ市場は落ちるどころか、結果的に伸びています。

【考察】将来が不安な業界はどうすれば良いのか

現代は、不安を抱えていない業界などないと思います。例えば「出版業界」「音楽業界」「アパレル業界」など、真っ先に将来に危機感を持っていると想像されてしまう業界。まだまだ人材が必要と言われながらも不安は消えないIT業界・・・。各業界に対して、おもちゃ業界には何かヒントがあるのでしょうか。

上で挙げた5つのポイントを一言でまとめるなら、おもちゃ業界は必死に、子供達が不必需品を買ってもらえるという背徳感を得られるような、「憧れ」を作り続けてきたわけです。TVCMや雑誌、おもちゃ屋さんのショーウィンドウで見たそれが、欲しくて欲しくてたまらない。その気持ちが、叶ったり、叶わなかったりして、僕たちは大人になりました。

そして、この、悶えるほどの「憧れ」が起きていた最大の理由は、子供たちみんなの共通言語を作れていたことです。みんなが憧れたから、さらに強く憧れたし、大人になった今でも憧れを思い出します。

実はここまで語っておきながら、おもちゃ業界もとんでもない不安を抱えています。先ほど書いたのは現代の状況であって、今から20年後はこの話は崩壊する可能性を大いに秘めています。特に問題なのは、今の子供たちが多様性の極みに向かっていることで、将来「あるあるネタ」という概念が無くなってしまうかもしれない、ということです。

今、ガンプラやミニ四駆が大人に売れているのは、昔誰もが遊んだ共通言語だからです。「ガンプラの箱ってこうだったよね」「ミニ四駆のボディやシャーシを軽量化しすぎてバラバラになったよね」とか、僕たちの世代はそんなことを話すとみんな共感して大笑いします。昔はそうしてみんなで同じことに熱狂していたのです。そんなふうに、大人になってからでも一つのおもちゃの話で盛り上がるという現象は、今の子供たちの20年後にもちゃんと起こるのでしょうか。

今の子供たちは同じTVではなく、それぞれが違うYouTubeの番組を見ています。プレゼントもそれぞれが違うものを欲しがります。多様性がよいという現代的な考え方を、お利口に、自然に理解しています。それは素晴らしいことですが、おもちゃの世界は「あるある」で成長してきました。ヒットの確率が「千三つ」と言われ、それでも巨大で高額なピッカピカの金型を作り、たくさんのおもちゃを夢を乗せて大量生産をし、ムーブメントを作ろうとおもちゃ屋たちは努力し続けてきました。その結果、いつの時代にもヒット商品は誕生し、子供たちは共通言語を手に入れ、欲しいものに憧れるという気持ちを持つことができました。みんなの憧れのおもちゃが登場し、そしてそれを誰かが手に入れたという噂が流れる。みんなでそいつの家に集まり、みんながそれを欲しいと、憧れをどんどん強くする。この経験は、子供の成長にとってとても大事なことだったと思います。

おもちゃ市場は調子がいいと散々書きましたが、単品当たりの売れ数は昔より少なくなってきています。つまり、販売金額を保ちながら、おもちゃ屋たちは昔よりたくさんの商品を細かく必死で作り、そこには個人クリエーターの参入もあり、売れずに処分されていく流通在庫もあり・・・、という現実が隠されています。市場規模は下がっていないけれど、ヒット商品は出にくくなりました。この原因はまさに、「あるある」が減っていることに他なりません。

僕は、おもちゃ業界も含めて危機感がある業界は、目の前のビジネスと並行して20年後に投資しなければならないと思っています。多様化がキーワードのこの時代に、みんなの憧れの的を生む「あるある」の共通言語を生みだすために、各業界の一人一人が、人生をかけて一発を狙いに行くしかありません。総力戦の中で、無数の商品の中から一つ、また一つと生まれる数少ない大ホームランが、子供が大人になったとき、あるいは大人がシニアになったときの「あるある」を生み、その後世代を超えて何度も繰り返すヒットを生み出す。この連鎖によってその業界は生き続けることができるのではないでしょうか。

これはすべての業界に通ずる話です。本が電子書籍化していこうとも、音楽が配信になろうとも、アパレル不況と言われようとも。おもちゃ業界で言うなら「贈り物の神話づくり」「パッケージづくり」「本気の開発投資とブランドづくり」・・・、全身全霊をかけて作ったモノには魂が宿ります。僕らはそこから逃げてはいけないと思います。インターネットが作った多様性ですが、インターネットこそが、モノに優しく寄り添う存在です。本当に素晴らしいモノは、インターネットにより昔と比べ物にならない速さで、広く伝わります。いいモノは裏切られない時代になりました。

一人の仕事人が、一生に何本もホームランを打つことはとても難しいですが、一生に一本のホームランなら打つことができます。個人が何十年と生きてきて、大切に思い、心揺さぶられた経験を真正面からぶつけたプロダクトやサービスを今こそ作りませんか? 緻密な計算よりも、自分が一番喜ばせたい人を第一のお客さんにした商品を生み出すために、一度突っ走って戦ってみませんか?

僕も2020年、40歳、逃げずにホームランを狙って挑戦します。おもちゃは人間にとって、不必需品だけど、やっぱりあったほうがいいなと信じているからです。



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