死者から生き残ったものへのメッセージ描く 音楽座ミュージカル「ラブ・レター」@草月ホール
浅田次郎の短編小説をオリジナルミュージカル化した音楽座ミュージカル「ラブ・レター」。2013年の初演は見ているのだが、今回は新宿歌舞伎町でのキャバレースタイルのショーステージめいた場面など演出と衣装、舞台美術にその時とは大幅な変更がほどこされていて印象が大きく違う。
作品冒頭が廃墟となった博物館のような場面から始まるが、そこにひとりまたひとりと登場人物が現れスタートする。実はこの場面は物語のラストシーンと呼応するような構造となっている。彼らは皆死者であって、生きてこの世界にいる人々に向けてエールを贈っていることが分かるのだが、ここで生者を象徴するような存在となっているのが、サトシ(小林啓也)である。五郎が中心に置かれた原作に対し、サトシの存在感が大きくなったのが音楽座版の特徴。もうすでにこの世にはいない吾郎(安中淳也)、白蘭(岡崎かのん)、ナオミ(森彩香)らから生き続けているサトシへの希望のメッセ―ジが託されたようなラストが印象的な舞台となっている。
ずいぶん以前から音楽座は見てきたが今回の「ラブ・レター」には以前にはあまり感じなかった欧米ミュージカルの影響を強く感じさせるような場面が散見された。キャストそれぞれの歌唱技術の向上も感じ、音楽座が変わり続けていることを実感した。
廃墟から一気に新宿歌舞伎町の喧騒に入り込んでいく最初の場面は「オペラ座の怪人」の巨大シャンデリアが吊り上がる場面を彷彿とさせる。他にもショーの場面は「キャバレー」「シカゴ」など、ラストの死者たちの場面は「レ・ミゼラブル」の最後の群唱を思い出させるようなところもある。そこに先人の傑作を私たちも受け継いでいくのだという自負のようなものも感じられたのだ。
今回初めて気が付いたのだが「ラブ・レター」という物語は明らかにアンデルセン童話の「人魚姫」を下敷きにしている。偽装結婚の相手で会ったことがなかった五郎に想いを寄せながら、病気で亡くなった白蘭は人魚姫を思わせるが、勤めていた店の名前は「マーメイド」だったということにも今回の上演で初めて気が付いた。
音楽座での初演は東日本大震災の鮮烈な記憶もまだ生々しい2013年だった。浅田次郎の原作小説にはなかった震災と関連するエピソードを作品に入れてきたことには当時若干の違和感を感じた。だが、今回の上演では脚本、美術、演出に手直しが入り、震災は依然重要なモチーフであることは変わらないけれど、全体として「死者から生き残ったものへのメッセージ」という原作の持つ主題をより普遍化させたものになった。
音楽座はファウンダーと呼ばれる相川レイ子代表らにより設立されたミュージカル劇団。「マドモアゼル・モーツァルト」「とってもゴースト」など初期の代表作から観劇してきたが、相川代表が物故し、息子である現代表が跡を引き継いで新体制になって以降は本公演からは遠ざかっていた。今回電話でひさびさに招待状をいただき、ひさびさの観劇となった。
この「ラブ・レター」という作品は相川レイ子前代表が手掛けた最後の新作でもあった。一時劇団の解散など危機的な状況に置かれ、過去の作品を外部集団に上演してもらうことで生き延びさせていた時期もあったが、今回の「ラブ・レター」を見てもっとも感心させられたのはキャストの成長である。白蘭の岡崎かのん、ナオミの森彩香ら主要キャストはもちろんよいのだが目立ったのはブロードウエー、ウエストエンドのミュージカルである「シカゴ」「キャバレー」などを彷彿とさせるようなと評したアンサンブルの素晴らしさだったと思う。
町田市の稽古場を拠点に地道に育成を続けてきた若手の俳優たちがようやく実りの時を迎え、「音楽座の新時代」がやって来たと感じたのである。