舞台女優に向いてるのは玉井詩織 平田オリザの断言に改めて納得 新橋演舞場シリーズ東京喜劇 熱海五郎一座「幕末ドラゴン~クセ強オンナと時をかけない男たち~」@新橋演舞場
もうかなり以前のこととなるわけだが、ももクロが主演した「幕が上がる」の映画、舞台の時に原作者である平田オリザがももクロ5人を評して、「舞台に一番向いているのは玉井(詩織)さんだ」とコメントしたことがあった。その時は役柄に入り込むときに稀有の才能を発揮していた中西さんを演じた有安杏果の演技*1を愛していた私はその言葉に対して「そうかな」とピンと来ていない部分もあったのだが、新橋演舞場シリーズ東京喜劇 熱海五郎一座「幕末ドラゴン~クセ強オンナと時をかけない男たち~」@新橋演舞場に出演している玉井詩織を見て「ひょっとしたら、平田オリザはこういうことを言いたかったのかもしれない」と思い当たったのだった。それをいわゆる役に入り込むような演技能力ではなく、自分も含めての作品全体を客観的・俯瞰的に把握する能力の高さだった。
ここで平田オリザが指摘していたのは舞台女優とはしていたものの、あくまで平田オリザが考える「演劇」上演の遂行能力ということ、青年団に代表されるような現代口語演劇のことが念頭にあると推定されるのだけれど、それは台詞や行為をある瞬間に意図通りに反復可能なものとして再現できる能力だ。この日見て感じたのはその同じ能力が喜劇あるいは「笑いの演劇」においても決定的に重要だということだ。
それはある局面において、台詞のやりとり(あるいは台詞以外のやりとりも含む)がなされた時に笑えるか笑えないかはその台詞をどのような間で、どのような口調(調子)で言うかにかかっており、それは最初に脚本、演出が想定した間、調子はピンポイントであらかじめ決まっており、重要なのは笑いが起こる場合と起こらない場合の微妙な差異をどこまで感じ取ることができて、すんぷんたがわずに遂行できるかということにかかっている。そして、玉井詩織の場合、その勘所が抜群なのだと思う*2。さらに言えばその能力はテープレコーダーのように同じことを繰り返すだけではなく、相手の出方によってそれに合わせて微妙な調整を行う能力も含まれている。そして、単に一緒にいて美人だから楽しいとかだけではなく、何十年も試行錯誤をしながら「笑い」を追究している三宅裕司、渡辺正行、ラサール石井ら演出経験も豊富なオジサンたちを魅了してしまっているように見うけられた。落語家で笑点の司会も務めている春風亭昇太らも含めいずれもこの世界では何十年もやってきているベテラン陣が一堂に会している場を与えられたおいうことも大きいし、得難い経験を得られた貴重な機会となったのではないか。
さらにいえば彼女はすぐに今年はももクロ全員が出演予定の明治座での座長公演も控えており、それもあって、前回のももクロの明治座公演に加え、今回の新橋演舞場と商業演劇の興行側へのアピールもできたのは今後のキャリアにとって大きなことだったと思う。
もっとも実を言えば今回の舞台は時代劇の喜劇としてよくできていた部類とはいえ、演劇評論家である私が興味を抱くような部類のものではなかったのも確か*3。ただ、ももクロの活動にとってもある程度長丁場のスケジュールを押さえて、この舞台に出られるということを示したことも大きくて、今後は以前から懸案となっている「東京03」の舞台やオークラ企画の舞台への出演やPARCOプロデュースなどより本格的な演劇舞台での活躍も期待したくなった*4のである。そして、いつの日か平田オリザ自身が宣言していた平田作品の海外公演への出演も見てみたいと思ったのである。
*1:それを憑依系と名付けるとすれば百田夏菜子の女優としての能力はやはりそちら方面のものだ。
*2:この日一番面白かったのは確か小倉久寛の挨拶で稽古中に玉井詩織が「お芝居って台本を読んで面白いのに実際にやってみると面白い時とそうでない時があるのね」とあたかも新しい発見のように話していた」という話で、小倉はこれを「座長(三宅裕司)に一番聞かせたい言葉だ」と落としていたのだが、これを聞いて逆に玉井の場合、「これまではだいたい本が面白ければその通りに面白くできていたのかもしれない」と思っていたのである。
*3: