食む幸せ【都会のパン屋さん MAISON KAYSER】

今日のランチは美味しいふかふかのパンにしちゃおうかな、と思いつくのはだいたい朝だ。

私は胃袋の中に朝食をたくさん詰めて毎日出勤する。私の胃袋の中みたいに具いっぱいの電車に揺られてうつらうつらしているとあっという間に職場の最寄駅。お腹もちょうど落ち着いた頃、「あ、今日はパンがいい」と思う。あの微妙な長さの昼休みを美味しいパンで幸せにしたいのだ。

しかし現実は上手くいかない。足りないのだ。午前中の仕事で朝ごはんを消化してしまった空っぽな胃袋はパンのひとつふたつで満足してくれるはずも無い。パンという名の幸せの塊は腹持ちが悪い。それはもう、本当に。ランチにパンを買うなんてやめやめ……あのふわふわは休日のブランチにこそ輝くと心に刻んだのは数週間前。私はやわらかく破壊的な美味しさの香りにつられてパン屋に足を運び入れた。

いつものパン屋とは違う都会のパン屋さん、お昼時に来たのでパンも釜から次々運び出されて私を待ち受ける。艶やかででかいパン達のどれもこれもが「私を食え、1番うまいぞ」と自信満々だ。十数分の目移りのうち、 "焼きたて" の文字に誘導されるがままにいくつかのパンを手に入れた。

"焼きたて" でなくなってしまう前にと足早に目星をつけていた場所へ向かうと、ご自由にどうぞのカフェテーブルは運よくひとつ空席だった。幸せポイント追加!今日はここで幸せを噛み締める。

さて今手元には3つのパン。そのうち1つが "焼きたて" のパンオノワ。どれを最初に胃袋へ入れるかはもうきまっている。

ああまだ暖かなパン、わたしのお腹も暖めたまえ。ガブリ!とかぶりついたつもりだったけどその時感じた感触はもふり!だった。パンオノワはくるみを練り込んだ素敵な楕円形のパンで見た目は少し硬そうだ。そのしっかり焼き上がった強そうな表皮の中からにふもふでしとしとのやわらかさが満ち満ちていたのだからもう食べることを止めることは出来ない。もふり!もふり!わたしの勢いに負け外側の硬い部分が少し床へ転がる(そしておろしたてのジャケットにもふりかかる)。ごめんねかけらたち……と床に転がるしあわせの星屑に謝罪の念を送っていると何かが歯に砕かれる。くるみだ!わたしはナッツ類の中でもくるみが結構好き。おふとんみたいなパンの中にいて、噛み砕くと油分がじんわり滲んで全体をいっそうしっとりさせるくるみイリュージョン。向かいの席に相席を求めるお姉さんが現れたのでもふり!とまたひとくち食べてからジェスチャーと顔で「どうぞ座ってくださいな」を伝えた。

さて、そこそこ大きめのパンを胃に収めたので小休憩としたいところだ。手札のパンを眺めて適任を探すとちょうどいるじゃないか。ふたつめは胡麻たっぷりのバリボリ食べる系の棒にする。生地に蜂蜜と胡麻をこれでもかと練り込み生地をねじりあげ硬く焼かれたその姿はでっかいギンビス。そしてバリボリ(これもおろし立てのジャケットにトッピング)、お味も高級ギンビスって感じだ。ギンビス、好きなんだよな。堪らない。ケチって1本にしないで大人しく2本セットを買えばよかった。

さあ幸せのパンランチを締めくくるのはほのかに甘くて食べ応え抜群のスコーン、それは甘やかな岩。パン屋さんでトレーに乗せた時から早くこれを食べたかったからもう食べちゃうよ。今さっきいただきますをしたかのような大口あけてぱくり。ザクリホロホロ(先日おろしたジャケットの上にもボロボロ)としっとり柔らかに砕ける。アーモンドプードルの匂いが鼻腔をとらえる。アーモンドプードルって何故こんなにも心浮き立つ香りなんだろう。スコーン、ずっと食べていたい食べ物。叶うならポケットに入れて数分おきにこの香りを嗅ぎたい。

幸せの時間も束の間。昼休憩の終わりと胃袋の限界が近づいてきた。スコーンの方はというと丁度わたしの両手から消え、私の胃袋もちょうど満腹(ギリ超え)を迎えてフィニッシュ。おいしいパン屋さんのパンおいしかったなと頭の中で食感を反芻しながら、ふと気づいたことがある。今の私はパンでおなかパンパンだ!と。
パンの中でも軽食に程よいパンとランチ任せろなパンがあることを学んだ。これで今後も安心してランチにパンを選ぶことができるぞとまたご機嫌になったところで私の今日の昼休みが終了のベルを鳴らした。

2024/11/05

ちなみに胡麻の棒は "アリュメットゥ セザム" という立派な名前がありました。アリュメットゥはフランス語でマッチ棒という意味なそうな。とってもおいしいバリボリスティック、ぜひご賞味あれ。

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