【エッセイ】Tさんとの約束は【没ネタ供養】
最初に
本日はこちらのエッセイを紹介するのですが、その目的は「没ネタの供養」です。このエッセイ作品はとある公募文学賞に応募したものですが、つい先ごろ結果が発表され、一次選考すら通らず全く箸にも棒にもかからずに見事に爆死したことが判明しました(笑)。このままだとこの作品は日の目を見ることもないため、「供養」としてここで発表します。
(noteをやる以前は公募文学賞への応募をよく行っていました。今年の4月以降からはnoteに注力しているため、一切応募は行っておりません。その辺のことは下の記事で書いています。)
この公募作品は「無題で、任意の三日連続した出来事を日記形式でまとめる」という募集者側の条件に合わせて書かれています。そのため、全て実際の出来事ですが、ここで発表するに当たり題名をつけました。またこの作品の作成と応募に当たっては、ここに出てくるTさんに全て許可をとっています(Tさんごめんよ~力不足でダメだったよ~)。なお、作品名義は「〆野友介」です。
では、以下より、本編がスタートします。どうぞ。
『Tさんとの約束は』
令和五年一〇月四日(水)
スマホが震えたので、開くとショートメールが来ていた。Tさんからだった。珍しい。
「お久しぶりっす!」と軽妙に切り出すと彼は、自らが出展する、横浜で行うイラストの展示会に誘ってくれた。退職後のやり取りのない一年半以上を感じさせずに、あの頃と同じように、前振りなく一気に距離を詰めてくる文面が展開される。これだ。私は、彼特有のメールの「バイブス」を久しぶりに思い出した。
Tさんは一〇歳以上も下なのだが、一年以上前に勤めていた会社の上司なので、いまだに「Tさん」である。
そのTさんとは、当初は業務連絡程度のやり取りしかなかった。しかし彼が訳合って、私の勤務するコールセンターにスーパーバイザーとして勤務することとなり、共に机を並べることとなった。すると、余り忙しくないコールセンターということもあって、電話のない間、二人で雑談をするようになった。彼がイラストを描いていることもそこで知り、私も創作の趣味があったため、やがて意気投合し親密になった。そのため上司ではあるのだが、実際は私がタメ口で話し、彼が気持ち丁寧語で話す間柄である。
何より笑いのツボが合っているのがよい。好きなマンガも同じ。ゲームも、年齢が違うのでやるゲームは異なるものの、二人ともまあまあのゲーム好き、と趣味趣向が似ているのもあり、普段から「バイブス」は合っている、と私は感じていた。
だがメールのやり取りとなると、どうも調子が合わない。私はオジサンなので、長文が多い。言うことをじっくり練って文章としてまとめて、ドスンと送る。しかし、彼は話しかけるリズムで、短文や時には単語で、細切れにポロポロっと送ってくる。違和感を覚えたが、きっと彼のような若い人のことだから、チャットアプリと同じように会話のリズムで送っているのに違いないと、当初軽く考えていた。しかしこれは両者の思考の方向性の違いもあるのではないか、とやがて思うようになった。「いつ飲みに行くの?問題」が持ち上がったからである。Tさんと会う機会がなかったのでいったん忘れかけていたのだが、今またそれが、じりじりと浮上してきた。
たとえば以前にメールで、「時間に余裕ができたので、今度飲みましょう」と誘われたことがあった。とはいえこれが初めてではない、それまで何度となく「リアル」でその話題は上がりその都度盛り上がっており、もはや社交辞令を疑う時期はとうに越えていると思われた。そのため私は、自分の予定を調べ、メールで近況をまとめて送った。ここのスケジュールはこうだから、この日はOK、でもここは無理、この日は都内に出られるなど、彼がスケジュールを合わせやすいよう直近の予定を詳細に送った。長文失礼、と一言添えて。すると少し間があってから、一文だけペロッと送ってきた。「すぐではなく予定を合わせて行きましょう(笑)。」と。
「え?近々じゃないの?」と思わず口から出た。
鼻息の荒い私の長文メールに彼が閉口して苦笑する顔が浮かび、何とも恥ずかしい、居心地の悪い気持ちになった。二人の間に温度差があり過ぎる。彼は、「まあ時間があったら『タイミング』で、そのうち行きましょう」程度に考えているようだった。予定のすり合わせのためにメールしてきたわけではなかった。
以来、私は彼の「バイブス」に合わせてメールを返すことにしていた。「飲みましょう!」、「今度ね!」、「いいっすねえ!」。こんな肩の力を抜いたゆるいキャッチボールを彼と何回続けただろう。果たして約束は一度も結実することなく、ただ交わらない平行線が伸びに伸びた。
さて、その彼からその展示会の日程が送られてきた。一週間やっているそうだが、生憎一〇月二七日(金)しか都合がつかない。その日に行く予定である旨を伝えると、「時間があったら飲みましょ!」と彼からメールが来た。いつも「そのボール」は彼から投げてくる。その日飲むなら会の終わり際の時間に行こう。そして夜の予定も空けておこう。遂にこの問題に終止符が打たれる兆しが見えてきた。しかし私は、「オッケー!」と一言だけ、返しておいた。
令和五年一〇月二六日(木)
明日はTさんの展示会に行くので、メールを入れることにした。私がいつくらいの時間に来るかわかっていたら、彼も何かと助かるに違いない。いくら在廊しているとはいえ、休憩もとるしトイレにも行くだろう。私を待ってずっと現地で張り付いていなければならない、なんてことは申し訳ない。仕事中だったので、周りにわからないようにスマホを取り出す。
「明日、午後四時から五時の間に行く予定です。宜しくお願いします!」と、シンプルな文面を心掛けつつメールを送った。そして素知らぬ顔をして業務に戻った。しばらくして、ポケットのスマホが震えた。
「ありがとうございます!!明日は現地にいないですが、宜しくお願いします!」
え。ん。あ?現地にいないの?まじで!思わず文字にならない声が出た。
「何かあった?」と、斜め前のデスクに座る同僚がこちらに顔を上げる。いや何もないです、大丈夫です、と私はすぐさま平静を装いつつ、スマホをしまった。
先日二七日の金曜日に行くと伝えたとき、彼は何も言っていなかった。で、続けざまに時間があったら飲もうと、彼の方から言ってきた。だから、その当日に時間作って飲むと思っていたのだが。確認しておくべきだった。私は苦い顔を周囲に見られないよう隠した。そのために、夜も予定を空けていたのに。
いやもしかしたら、急な予定変更で明日行かれなくなったのかもしれない。だとしたら、それは致し方ないことである。私は態勢を整えなおすと、スマホに手をかけ「あら、明日いないのね、残念!まあ、楽しんできます!」と返した。
言いたいことが頭の中でぎゅうぎゅうに渋滞を起こしているが、これに任せて長文のメールを送ったら暑苦しい。彼の「バイブス」に合わせてあくまでもソフトにカジュアルに、と心掛けて返信すると、今度はすぐに返ってきた。
「ありがとうございます!明日はコールセンターです(笑)」
待て待て待て。笑うな笑うな。私は以前そこに勤めていたからわかる。一月毎にシフトを組んでいる。だから先日連絡したときに、すでに明日がコールセンター勤務の日だってわかっているはずだ。言ってくれよ、一言。しかもどだいその日飲みにいけないのだったら、あのタイミングで飲みに誘わないでよ。その日だと誤解してしまう…。あぁ、それ聞いていたら、別日に予定を調整することもできたのに。これでは彼氏の言葉からデートできると勘違いして予定を立ててウキウキしていた彼女みたいじゃないか。あるいは散歩に行けると勝手にワフワフ喜んでいる飼い犬か。
「頑張ってください!コールセンター(笑)」
もう私も笑っておくしかない。ここはライトなやり取りに徹して、「自分反省会」は後でしよう。第一確認しなかったこちらも悪い。また私の方が「大人」だ。年下にダルい絡みをするのは避けるべきだ。大人として余裕を持った対応をせねば、と考えていると「今度飯食いに行きましょう!仕事納めになったら年末とか!」と食い気味に来た。
あ、そうだ。Tさんは「こういう人」だった。今改めて思い知る。そして「そうですね!また、その辺りで食事でもしましょう!」と合わせると、「酒!酒です!」と即返信があった。
令和五年一〇月二七日(金)
思ったより早く元町中華街駅に着いた。初めて乗った、みなとみらい線。私はこの辺の出身だったが、横浜を離れて二〇年以上経っているので、駅から外に出たら街がすっかり変わっていた。第一どこにいるのか把握できない。昔は山下公園とマリンタワーの見える位置で大体どの辺かわかったのだが、周りのビルが高くなり過ぎていてそのどちらも見えない。仕方なくスマホでマップを開く。するととても近くにその会場があることがわかったので、それに従い現地に向かった。
一〇五号室なのに二階にあるのは変だなと思ったが、入り口近くにいる人がここだと教えてくれたので、ためらいながらも中に入る。なるほど。ハロウィンに合わせたグループ展か。
一通り回って鑑賞し終えると、再びTさんの作品の前に戻る。以前彼の作品のポストカードをもらったとき、彼が「手書きのこだわり」について熱く語っていたのを思い出す。作品と共に展示されているラフスケッチのブックを見ながら、私は彼の筆致を目で追った。
いろいろなモンスターに仮装している多くのかわいらしい少女たちが一所に集い、思い思いにパーティーに興じている。そのワチャワチャ感というか心地よく楽しげな箱庭感に、彼の画面構成に対しての腐心や気遣いが感じられた。
彼は、こうした彼自身の作品に見られるように「やさしい人」なのだ、と改めて思う。それは一緒に仕事しているときからずっと思っていた。だから私は、彼が適当に口約束をしては反故する男だとは思っていない。もしそうであるとしたら、付き合いは表面上にとどめ、退職後連絡が来ても関わらないだろう。まさに、この作品で繊細な線を何回も重ね、構成に何度も心を砕くように、当時、私の仕事も丁寧に繰り返しフォローしてくれていたのだ。
彼が決まってメールのやり取りの末に、「飲みに行こう」と誘うのも、彼なりのそうしたやさしさや気遣いの現れなのかもしれない。退職後も私はあなたを忘れていない、いつか飲みに行こう、まだ私たちはつながっているのだ、というサインを絶えず送ってくれている。そう思うと、何とも嬉しい。
でもそこまで思い至っても、私はあえてTさんに問いたい。
「で、いつ飲みに行くの?」
後日談
後日、「この作品を世に出したい。ついてはあなたの許可が欲しい。」という理由でTさんを誘い出し、飲みに行くことに成功しました。店選びは失敗しましたが(笑)。
Tさん、私の力不足でダメだったわ。許可してくれたのにごめんね。で、「ごめん」がてら奢るから、また飲みに行こう(笑)!