優しいイル

ここから遠く離れたあるところに、シュム族という民族が住んでいました。
彼らは言葉も持っていましたが、相手の胸に手を当てるだけで相手がどんな感情であるかわかるという能力も持っていました。
シュム族はその特技を生かし、お互いに相手の胸に手を当てあって、相手と自分の悲しみや喜びといった感情を共有していました。そして相手の感情が自分と同じだということを知ると、安心するのでした。

そんな優しい感情でつながれていた民族でしたが、ある晩大きな事故が起きます。村一番の発明家と呼ばれていたドラという青年が、雷に打たれて死んでしまったのです。
ドラの死を知ったシュム族の皆は深い悲しみに包まれました。彼の作る発明品は、村の人々の生活を豊かにしていました。彼は若いながらも皆の尊敬を一身に集めていたのです。

その時も皆は相手の胸に手をあて、ドラの死によってどんなに相手が悲しんでいるかといいうことを確かめ合いました。「ドラはすごい発明家だった。あの青年が生きていたら、もっともっとこの村は豊かになっていたに違いない。」皆口々にそう言い合いました。

そんな中、自分の胸を相手の手に当てたがらない青年がいました。イルという青年です。彼はドラとは旧知の仲でした。だから皆彼はドラのことを特に悲しんでいるに違いないと思っていました。
「そんなに逃げるなよ、イル。皆ドラのことを悲しんでいるんだ。君がどんなに悲しんでいると分かってもそれはちっとも恥ずかしいことじゃない。イル、だから君の感情を僕たちに見せてくれ。」
ある部族の者がとうとうイルを捕まえ、イルの胸に手を当てました。そして驚きました。イルがその時持っていた感情は、喜びだったのです。
「お前、ドラが死んだというのに喜んでいるのか。ドラはお前の一番の友達だったじゃないか。それなのに、なんていうことを考えているんだ。」
イルが喜びの感情を持っているということは、村中の皆に知れ渡ることになりました。そしておこった村人たちは裁判をし、イルを村から追放することに決めました。

「イルはとても優しい青年だった。友達の死を知って喜ぶなんて信じられないな。」皆はそういいましたが、それはイルが追放された後でした。

それから何日か経った頃、ある村人がドラの家の中を整理していました。彼はドラの発明品の中で、まだ村人に知られていないものはないか調べていたのです。
設計図の中に、恐ろしい兵器が入っていたとき、その村人はびっくりしました。
「ドラのやつ、なんてものを考えていたんだ。」
ドラはもっと自分の村を豊かにしたい。その一心で発明品を作り続けていたことは確かなようでした。しかしその考えはいつしか、隣の村の部族であるジリ族と戦争し、その領土を奪ってしまっても自分の村をもっと豊かにしたいといった考えに変わっていたようでした。

「もしや、ドラと仲の良かったイルはこのことを知っていたんじゃないか。」
村人たちはこう思うようになりました。
「そうだとしたら、悪いのは私たちだ。平和を望んでいたイルは私たちに平和なままでいてほしかっただけなんだろう。」

そして村人たちはお互いの胸に手を当てあいました。それでわかったことは、皆が平和を望んでいるということでした。
「今こそイルをこの村に戻そう。そしてあの勇気のある青年を、我らのリーダーにしよう。」
皆は口々にそういい、イルを村に戻すことにしました。イルはジリ族の中に隠れていました。

シュム族のリーダーになったイルは、ジリ族との仲をよくすることに勤めました。そしてシュム族、ジリ族は長く繁栄したということです。


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