【オープンレター】人権思想を取り戻すために草津問題(黒岩町長・新井元町議の論争)で考えるべき事

研究・教育・言論・メディアにかかわるすべての人へ


 この記事は元ネタである『女性差別的な文化を脱するために』を読んでからの方がお楽しみ頂けます。 

 先日、日本有数の温泉街として知られる草津町で町議を務めていた新井祥子氏が、検察から名誉毀損罪と虚偽告訴罪で在宅起訴されたことが報じられました。この騒動の発端は、3年前の2019年11月、新井氏が「町長室で黒岩町長から性被害を受けた」と告発したことでした。
 
 新井氏は、この「勇気ある告発」によって複数の人権団体やフェミニスト団体、およびそれらと親和性の高い思想を有する人びとから熱心な応援を受けました。その中には、NPO法人ぱっぷす、新日本婦人の会、明日の自由を守る若手弁護士の会、全国フェミニスト議員連盟といった著名な団体も数多く見受けられました。
 そして、その動きは海外にまで広がり、ガーディアンやCNNといった大手メディアも当該事件を大きく取り上げ、日本の人権意識の後進性を強く非難しました。
 
 一方で、黒岩町長は「疑惑」を真っ向から否定し、住民投票を提起して新井氏のリコールを決定させました。しかし、これを受けて、各種団体や個人、メディアはいっそう批判を強めました。「草津はセカンドレイプの街だ」「男性市議たちが結託して、性暴力を訴えた女性市議を排除した」といった言葉がネット上を賑わせました。
 
 しかし、3年をかけて現在に至るまで、性被害の真実性を示す事実は見つかりませんでした。それどころか、立場が入れ替わったかのように今度は新井氏が虚偽告訴罪に問われています。
 新井氏を「応援」していた各種団体や個人は本件に関するSNS投稿を一斉に削除しました。彼らは軽率な判断を反省するというよりは、もっぱら自分たちの「正しさ」を守るべく、その場しのぎの歴史修正を試みることに執着しています。
 
 もちろん、このような試みは全くの無駄と言えるでしょう。ネット社会において、著名団体・著名人(些かフォロワー数が多いだけの市民も含む)の発言は、ほとんどの場合は保存されています。
 
 しかし、このオープンレターは、彼らの軽佻浮薄な発言を吊るし上げるために書かれているのではありません。この問題について背景にある仕組みをより深く考え、同様の問題が繰り返されぬよう行動することを、広く研究・教育・言論・メディアにかかわる人びとに呼びかけたいと思います。
 
 私たちは、人権団体やフェミニスト団体やそれに同調する人々が、黒岩氏および草津町全体に向けておこなってきた数々の誹謗中傷と差別的発言について当然ながら大変悪質なものであると考えますが、同時に、この問題の原因は各種団体の資質のみに帰せられるべきものではないとも考えています。
 
 実際、私たちが考えるべきは、自分たちに「正しさ」があると信じた時の振る舞いです。同じ現象は、どんな集団でも発生します。この問題は、人権について生涯で一秒も考えたことがなさそうな人権団体や、女性当事者を無視しているとしか思えない政治的主張を壊れたラジオめいて繰り返すフェミニスト団体に限ったものではないのです。
 
 私たち人間は、目の前にいかにも「自分たちの主張を補強するのに都合のいい」事件に出くわすと、司法に基づく適正手続きの保障(due process of law)や無罪推定の原則を無視し、自分たちの正義に陶酔することを優先してしまいます。
 
 自分たちこそが「哀れな被害者」の味方であり、また「正しさ」の代理人だという認識によって、無罪推定の原則の無視(つまりは人権の無視)が正当化され、そうした問題点を認識することが難しくなります。これにより、誹謗中傷やヘイトスピーチに対するハードルが極めて低くなってしまうという特徴があるのです。
 
 私たちもまた、反省するべきなのです。事実、新井氏の虚偽告訴罪は有罪であると確定してはいません。それはちょうど黒岩町長の性加害が確定してはいなかったことと同じです。いま「やはり新井氏は嘘をついていたのだ」という断定をすれば、人権団体・フェミニスト団体の二の轍を踏むことになるでしょう。
 
 人権思想と適正な司法判断に基づいて、黒岩町長に無罪推定の原則が適用されるべきだとするなら、新井氏にもまた無罪推定の原則が適用されるべきです。「時事性」「ニュースバリュー」を重視し、日々加速していく現代のインターネット社会ではありますが、それとあたかも反比例するかのように、今こそ最も落ち着いた態度と極めて慎重な判断が求められているのです。
 
 「性加害疑惑」のかかった黒岩町長を現代的司法と対立するはずの人民法廷的な「ムード」によって悪だと断罪することが、あたかも適正な「政治活動」や「抗議運動」であったかのように扱おうとすることは、公正で冷静な「議論」「論争」を成立させない効果をうんできました。その事実を隠蔽しようというのが、今まさに行われているSNS投稿の一斉削除でしょう。
 
 ごく一部の人は少なくとも形だけは謝罪をしましたが、その人と「遊び」その人を「煽っていた」人びとはその責任を問われることなく同様の活動を今後も続け、そこから利益を得ているケースもあります。このような「自分たちの正しさへの信仰とその暴走」の仕組みが残る限り、また同じことが別の誰かによって繰り返されるでしょう。
 
 以上により、私たちは、研究・教育・言論・メディアにかかわる者として、同じ営みにかかわるすべての人に向け、中傷や差別的言動を生み出す文化から距離を取ることを呼びかけます。
 
 「距離を取る」ということで実際に何ができるかは、人によって異なってよいと考えます。無罪推定の原則に準じて軽率な「抗議」などに加担しない、というのはその最小限です。「有罪推定」で他者を罵る発言を見かけたら「傍観者にならない」というのは少し積極的な選択になるでしょう。何らかの形で「距離を取る」ことを多くの人が表明し実践することで、本来あるべき人権思想が取り戻されるのだと信じます。古くはフランス人権宣言において、

何人も有罪と宣告されるまでは無罪と推定される。ゆえに、逮捕が不可欠と判断された場合でも、その身柄の確保にとって不必要に厳しい強制は、すべて、法律によって厳重に抑止されなければならない。

フランス人権宣言(1789年)第9条

と謳われています。
また、日本も批准する国際人権規約においてもこのように書かれています。

刑事上の罪に問われているすべての者は、法律に基づいて有罪とされるまでは、無罪と推定される権利を有する。

国際人権規約B規約第14条2項

私たちは、貴重でかけがえのない人権思想の精神を今一度取り戻すべきなのです。
 
最後に、このオープンレターに賛同署名を下さった方々のご芳名を列挙させて頂きます。なお、賛同した覚えがないのにお名前が掲載されている方は銀星レンのDMまでご連絡ください。ご本人からの連絡であることを確認の上、お名前を削除します(ご本人からの連絡でない場合は対応いたしかねます。これは過去のオープンレターの事例に倣いました)。

■賛同署名一覧
 
ジョー・バイデン  アメリカ合衆国大統領
習近平  中華人民共和国国家主席
リシ・スナク  グレートブリテン及び北アイルランド連合王国首相
オラフ・ショルツ  ドイツ連邦共和国首相
エリザベット・ボルヌ  フランス共和国首相
ジョルジャ・メローニ  イタリア共和国首相
シリル・ラマポーザ  南アフリカ共和国大統領
尹錫悦  大韓民国大統領
シャルル・ミシェル  欧州理事会常任議長
アントニオ・グテーレス  国連事務総長
ジョン・クラウザー 2022年ノーベル物理学賞受賞者
モーテン・P・メルダル 2022年ノーベル化学賞受賞者
スバンテ・ペーボ  2022年ノーベル生理学・医学賞受賞者
アニー・エルノー  2022年ノーベル文学賞受賞者
アレシ・ビャリャツキ  2022年ノーベル平和賞受賞者 ……以下略。

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