日光を旅する④-日光金谷ホテル 誕生の物語
「みなさま、ようこそお越しくださいました。まずはこの金谷ホテルの始まりについてお話をしまして、そのあと館内の案内へと移ってまいります。途中で二階に上がりますのでね、足のおわるい方はご遠慮なくおっしゃってください。エレベーターで上がることもできますので……といいますか、私がエレベータ―に乗りたいのでして、これが」
座りきれないほど宿泊客が集まったロビーに、古参らしいホテルマンが現れて話しだした。黒の制服。彼自身に宿の上客のような風格があり、視線を一身にあつめてユーモラスな語り口で人を金谷ホテルの世界へと誘っていく。館内ガイドツアーの始まりである。
「金谷ホテルの創業者、金谷善一郎はもともと幕府のお侍でした。お侍、とはいいましても、日光東照宮で雅楽を演奏する楽人。笙の奏者をしていたんです」
(ほぉ)と感嘆のような声が、参加者の口々から漏れた。
お侍で、笙の楽人で、それでいてホテル経営者。およそ結びつきそうにない三つのイメージを重ねてみるが、うまくいかない。わたしは笙を奏でることで有名な、かの芸能人の顔を思い浮かべる ―――
「それが…ヘボン式ローマ字を考案したことで知られるヘボン博士を、あるとき自宅にお泊めしたんですな。時代が時代ですから、外国人を泊めたことで怒りをかって東照宮から破門になったんですが…そのヘボン博士から、ホテルの開業をすすめられまして。そのことが外国人向けの宿を始めるきっかけになった、とまぁ、そんなわけです」
ここで少しだけ余談だが、ヘボン博士は、本当の名を“ヘップバーン” (James Curtis Hepburn)という。
「日本人には、”ヘップバーン”が、”ヘボン”と聞こえたんですね。博士も、『もうヘボンでいいよ』というふうになったようです」
(ふふふ…)という微かな笑いが人々の口から漏れた。わたしはティファニーで朝食をとったり、ローマで休日を楽しむ王女の顔を思い浮かべる ―――
それにしても東照宮を破門とは…。ヘボン博士のすすめで宿を開業したという経緯も、突飛でモヤに包まれている。
通説では、日光に来て泊まるところがなく途方に暮れていたヘボン博士を、気の毒に思って泊めたということになっている。1870(明治3)年の出来事だ。(宿の手配をせずに旅に出たのか?)とか、(見知らぬ外国人をうちに連れてきて泊めたのか?)という疑問は残るだろう。残るだろうが、ここは少しばかりお待ち願いたい。
ヘボン博士のすすめによって、金谷カテッジインは1873(明治6)年に開業した。ときに善一郎21歳。いま金谷ホテルが建っている場所から、1kmほど離れたところに東照宮の楽人が屋敷を拝領して住んでいた町があり、その自宅を外国人向けの民宿にしたという。
宿泊している外国人から「SAMURAI HOUSE」と呼ばれ、金谷侍屋敷として知られていた武家屋敷。2014(平成26)年に国の登録有形文化財になり、2015年から「金谷ホテル歴史館」として一般公開されている建物だ。
現在の場所で金谷ホテルとして開業したのは、1893(明治26)年のこと。建設当時は、いまの2階と3階部分の二階建てだった。
「1階の天井が低くなっていますでしょう。その理由もこれからのお話の中に出てまいります」という。
ホテルマンは、「あちらが別館ですが…」といって、窓の外へ参加者の注意をうながした。
「昭和天皇や、ヘレンケラーもお泊りになった建物です」
金谷ホテルに宿泊した著名人は、枚挙にいとまがない。ビリヤード台のそばには、150年の歴史の中で宿泊した方々の写真が展示されている。
本館の15号室はアインシュタインが宿泊した部屋。
「新館には夏目漱石や、渋沢栄一が泊まりまして…」
ホテルマンは、錚々たる人物名をあげていく。
「新館は明治34年に建てられた建物ですが、それでも“新館”、なんですねぇ。いつまで経っても新館なんです」
いきなり崇敬する渋沢栄一の名前が出て、背筋が伸びた。といってもわたしの場合、2021年の大河ドラマ『青天を衝け』で渋沢栄一役だった吉沢亮さんの名演に惚れ込んでいるのか、それとも栄一の激動の人生そのものに感動しているのかが不明だが…。たぶんその両方だろう。どちらが欠けても、これほど背筋の伸びることはあるまいと思われる。
実のところ館内ツアーに参加する直前まで、自分の部屋の古さに少々落胆していたところだったのだ。昭和36年建設の第二新館も、自動ロックになってはいない。昔ながらの木製ドアだ。部屋の空調にしても調整がききにくい。最新式に慣れた現代の感覚でみれば、設備そのものは全国チェーンのビジネスホテルのほうが格段にすぐれているだろう。
しかしホテルマンの話を聞いているうち、設備や新しさなんてものは、もうどうでもよくなってきた。この歴史の重みには、便利さなどをものともしない迫力がある。なにより吉沢りょ…ではなく、渋沢栄一と時代を超えて同宿できる。ここに泊まること自体に価値とロマンがあるのだ。先ほどまで「設備が…」などと物足りなく感じていたのが、急に恥ずかしくなってきた。
「では、これからエントランスに移りまして、バーの中をご案内したあと、階段で二階に上がってまいります。エレベーターをご利用になりたい方はご遠慮なく、どうぞ、どうぞおっしゃって ―――」
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