「花束みたいな恋をした」観ました。
「花束みたいな恋をした」を観た。
ちなみに私は恋愛映画は基本観ない。興味がない。
壮大な別れのために取り急ぎ余命半年にしてみました、とか。ドラマチックな展開のために三角関係にしてみました、とか。
恋愛とかいう全人類共通の一大コンテンツで一発当てたいという安易な発想が透けて見えて辟易するのである。
にもかかわらず、どうしてこの映画を観たのか。
Xを眺めていると、ここ数年、数か月に1回単位で「花束みたいな恋をした」の感想や批評がTLに流れてくるのである。
公開から3年以上経つのに、である。しかも、その熱量が半端ではない。
興味深いのは、熱量は同じくらい、神格視するか徹底的にこき下ろすかに二分されることだ。
私は興味を持った。
自分が観たらどんな感想を抱くのだろう、と考えた。
ということで観た。
ちょっと疲れたので感想は箇条書きとする。
ちゃんとした映画の感想とキモ自我を分けておく。
温度差やばいけど、どちらも本音なので、すまない。風邪ひかないように気を付けてほしい。
【映画の感想】
・面白かったー!つまんねーと思いながら観ることになると思ったら終始引き込まれていた。ファンタジックキラキラ☆恋愛映画と違って、ちゃんと人間と人間の恋愛を描いているのが良い。 (作者あるいは読者の精神的オナニー用ハリボテキャラクターが一番嫌いなので。)あらゆるシーンに何か言いたくなる。応援上演してほしい。かなり楽しんで観れると思う。
・「好き同士でもうまくいかないことはあるよね。でも一緒に過ごした時間が美しかった事実は消えないよね。」これを「花束みたいな恋」という言葉で表すの、美しいな。でも枯れて腐るとこまで描くなよ。恋愛の綺麗な部分だけ見させてくれや!!!!!!!なんでこんなことするの。後半はきついきついきつい!って全身掻き毟る気持ちで観てた。
・「宝石の国を2人で読んでめっちゃ泣いた」←!!!???!!?? 2人で読んでめっちゃ泣く作品ではない。
・絹とオダギリジョーはヤってない絹とオダギリジョーはヤってない絹とオダギリジョーはヤってない絹とオダギリジョーはヤってないだってそうだったら残業終わりの麦と同じ電車にならないって、その後の登場シーンでもうちょっと湿度ある感じになるって、ヤってないヤってないヤってないヤってない!!!視聴後→はぁ………これはヤってますわ……………あーあ……お前最悪や絹
・トイレットペーパー買いすぎじゃない?そんなに使うことなくない?生活で。
・リアルな恋愛の湿度を感じるシーンが楽しい。本来はこうやって共感を楽しむ映画なんだろうな…。色んな感想が生まれるのは、製作陣は全部わかっててやってる感がある。
・絹が私好みの女でたまらんかった。チケット取ったお笑いライブより知り合い程度の男を優先するのとか、受け身なのに大衆には迎合できず、無自覚の承認欲求が強い為に安っぽい承認を与えてくれそうなほうにフラフラと流れる感じがかなり好きである。褒めている。
・この作品に限らずだけど、東京が舞台の作品って出てくる地名に意味があってその説明がされない(わかって当然とされる)ことが多いのがちょっと寂しい。(例:下北沢にいるのはサブカル好き、とかならまだわかるけど、それより細かいことになると読み取れてない)
・あのさ、最後にこれだけ言いたい、ファミレスの別れ話の時、2人とも運命的な出会いと思ってたけどお前らの出会いはありふれた普遍的なものでーす^^みたいなことさ、なんでやるの?どういう意図で入れたのかだけ教えてよ…。
【キモ自我】
・本映画は、Xというドブ川に生息する我々冷笑主義者にぶっ刺さりし、ピキりお気持ち表明せざるを得ない内容である。主人公の麦と絹は、メインカルチャーを冷笑し己を「個性的な人間」と思い込むサブカルオタクである。個性的になりたいが努力はしたくない凡人にとっては、冷笑はもっともお手軽な手段なのである。その浅さを言い当てられているような構成である。尊大な自尊心と特殊な選民意識が、キツイ。(自分にも似た部分がありキツかった)
・固有名詞の投げ合いを独自のコミュニケーション(=二人だけの世界)と思い込んでるあたりが、国語の教科書の暗記を教養と思い込んでいる我々X民と似ている。ライフステージが変わって共通言語がなくなれば、お互いの人間的な欠点が見えてしまい幻滅するのは必然である。
・感想が人によって異なる理由が理解できた。この映画を観て否定的なお気持ち表明をしたくなったなら、まずは己を見直すべきである。他人の恋愛の話でそこまでの熱量で否定したくなるというのは、自分側に問題がある。自分を見つめなおしたほうがいい。ちなみにこの文面は自分にぶっ刺さっている。
・恋愛の気持ちがわかる側の人間としてこの映画を観て楽しめたが、恋愛がわからない頃の自分が観たら何が面白いかわからないと思う。まあその場合は単純に顧客層から外れているだけの話である。この映画で泣ける人はきっと「いい失恋」をした人なんだ…。
最近観て面白かった映画でインセプションとかの話もしたいのに、なんで真っ先に「花束みたいな恋をした」の感想書いてんだよ。
メインの二人を肯定するでも否定するでもなくフラットに書かれているので、己がどう思ったかを語りたくなってしまう映画である。
(たいがいの映画って、それ観て何を感じてほしいか誘導されてるじゃないですか?)
映画の感想を綴っているつもりが、自分の人となりを綴ってしまうことになってるワケ。
みんな観て独自の感想文書いて欲しい!