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#8ひかりの導き教団【無料】
『皆さんおはようございます!せーの!ピッカピカ!いいですねー。ボクは本当に嬉しいです。正直言っていい?正直言っていい?今、こんなに朝早くから、こんなに元気な集団、ここしかいないですよ。ここしかいないです。ボクが初めてセミナーを開催した時、今から八年前ですか。あの時は仲間の皆さんは二人でした。だよな青木?だなー。二人に三時間喋り続けました。それが今や。今日何人?三百人?せーの!ピッカピカ!三百人ですよ皆さん。それだけ今、宇宙の意思に気が付いた人が多いって事でもあるわけです。そう、美しい世界がいいって、幸せな人生がいいって、そう願う人が、そう皆さんです。そうですよね?せーのっ!ピッカピカ!
もう少し昔の話していいですか?いいですか?
そう。ボクの後ろに大きく描かれてる女神。妻です。彼女はね宇宙イチの女性なんです。知ってる?ああそうか知ってますよね。彼女と出会ったのはボクが大学一年生の時です。ほらボクってシティボーイじゃないですかー?嘘嘘、田舎者じゃないですか。だからもうびっくりしちゃって。大学のキャンパスのでかさに。それでウロチョロウロチョロしてたんですよ。そしたら彼女が声をかけてくれてね。「大丈夫ですか?」って。嬉しかったー。うん。嬉しかったですよ。とにかく不安で不安で。どこに行けばいいのか誰に話しかけたらいいのか、さっぱりだったんで。大丈夫ですかって。あの時の彼女の声も表情も、たぶん僕は一生忘れないだろうなあ。その日のうちですよ。ボクがプロポーズしたの。もうね、この人だ!!って。うん。彼女の反応?キョトンとしてましたよ。そりゃそうですよ。出会っていきなりプロポーズですもん。頭おかしいよね?せーの、ピッカピカ!そしたらね、彼女が言うんですよ。面白い人ですねって。ボクね、田舎者じゃないですか。更に根暗だったんですよ。自分に自信がなくて。なにもできないし。特技もないですよ。今もボクね、実は根暗なんです。ネガティブのかたまり。だけど彼女が面白い人ですねって。ボクに個性をくれたんです。ボクの人生は彼女の一言から始まった。そう思います。
今から八年前。そうです八年前です。
雨がね。
ずっと降ってて。ボクね。傘持って彼女のバイト先に走って。
雨がずっと。降ってましたよ。
雨がね。
救急車の真っ赤なランプで真っ赤に光ってました。
空も。アスファルトも。
真っ赤でしたね。
高級車がぐっしゃぐしゃに潰れてました。
病院の先生がね。言うんですよ。
残念ですがって。
残念ってなんだよって。残念ってなんだよって!
警察がね。ボクに言うんですよ。
犯人は捕まりましたがって。
無罪ですよ。無罪。
笑ってましたよ。法廷で。笑ってました。
笑ってましたよ。
テレビでね。総理大臣が言うんですよ。美しい国ニッポンって。
外国人観光客が言うんですよ。憧れの国ニッポンって。
ふざけるなって。
ふざけるなってふざけるなってふざけるなってふざけるなって!!
おい!!おいって!!なんだよこれって!!
だからね。ボク誓ったんですよ。わかったって。ボクが、ボクが美しい国にしてみせるって。本当に美しい国にしてみせるって。
愛する人がね。誰でもそう。愛する人が年老いていく。いつまでも若くはいられないから。年老いてね。しわしわになった彼女の手を握って。大好きだよって。あなたに会えてよかったよって。そしたらさ、恥ずかしそうにさ。いうのよ。ありがとうって。私も幸せですよって。
そんな未来。
八年前。
ボクのそんな未来はなくなりました。
皆さんはどうですか?今、幸せですか?
愛する人の笑顔は。愛する人の声は。当たり前じゃないよって。当たり前じゃないんだよ!!!!!!
守ろう?
世界。守ろう?
この汚れた世界。
一回。
リセットしよ?
彼女の笑顔があるはずだった世界。
ボクと作ろ?』
.
.
.
.
教団の広い施設は静まり返っていた。
長い廊下を抜けた一番奥。六畳ほどの広さの部屋の扉が無造作に開けられていた。中には数人の信者らしき人影があるが、何故か皆空を見つめたまま突っ立っている。
「伊丹さん、これって」
「おいお前らどうした!何があった!?」
伊丹の呼びかけには誰も答えない。いや、答えられないのか。
その時、伊丹の右腕が熱くなる。
「なんだ・・・?」
黒く丸い霧が伊丹の右腕から立ち昇り、それは七つに分かれた。分かれた球状の黒い霧は、伊丹の周りを周回し始める。
「悪意のある妖魔に反応するって言ってたな」
そう伊丹が呟くと、黒い霧は更に激しく回り始める。
すると伊丹の後方、何もない壁のほうから声がした。
「誰が悪意のある妖魔よ。失礼過ぎない?」
そこには少女が立っていた。
「いつのまに、おめえ何者だ」
「ずっとここにいたわよ。あんたたちが鈍いだけ。そんなんでまさかネクロノミコン取りに来たのかしら?」
そういう少女の右手には、一冊の古書が。
「それがネクロノミコン・・・。!?」
少女はネクロノミコンを伊丹に投げた。
「あげるわそれ。いらないし。空っぽだし」
「空っぽ?どういう意味だ?」
「え待ってレクチャー希望?嘘でしょ?無能過ぎない?え、嘘やだ。その妖魔、青天狗の妖魔じゃない?どゆこと?なに?え、なんかイやな予感するからちょっと死んで?」
少女がそういうと辺りの空気が一気に張り詰めた。
と同時に、伊丹の右腕から立ち昇る妖魔が、まるで少女におびえるかのように霧散してしまった。
「え待って冗談よ。あの小娘、私の事殺人鬼か何かと勘違いしてない?ほんと失礼ね」
「あんた何者だ」
「そんなことより」
少女はその部屋唯一の窓まで近づき空を眺めた。
「これ。どうしようかしらね」
「何がだ?・・・ん、あれは・・」
「伊丹さん何が見えるんすか??何も見えませんよ?」
「何かの・・・胞子か」
「いいえ」
少女は伊丹の前まで歩み寄り、まるで伊丹を値踏みするかのように見つめた。
「あんた、ちょっと変わってるわね。妖魔も見えるようだし。あんたこそ何者?」
「刑事だ」
「ふーん。ここの教祖様にでも用事があったのかしら」
伊丹は事情を説明した。
少女は少し考えるようなそぶりを見せ、ツカツカと歩き始めた。
「ついてきて。とりあえず青天狗の小娘しばいてから、私の会社に戻るわ。そこで色々と教えてあげる」
.
.
.
その頃。
致死性の高い新型インフルエンザが日本に上陸したとニュースが報じていた。その段階で死亡者数は数千人を超え、人々はパニックとなっていた。
#9剛龍寺麗奈 へ続く
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