〇〇すれば一回戦は通る 〜松竹芸能ドキュメンタリー『R-18 先生』を見よう! 〜
はじめに
え〜、R-1グランプリとかけてち○こと解きます。その心は、どちらも二回戦いくのは大変でしょう。
というわけでR-1グランプリですね。
2002年に創設され、歴代優勝者にあのハリウッドザコシショウや三浦マイルドがいることでも有名な、ピン芸人のための賞レースです。
これの執筆時点だと、ZAZYとのデッドヒートを制してお見送り芸人しんいちが優勝した第20回大会が記憶に新しいかと思います。
では、その第20回大会の裏で、松竹芸能のピン芸人たちによる壮絶なドキュメンタリーが進行していたことをみなさんご存知でしょうか。
それが「R-18(あーる・わんぱち)先生」です。
志ある者は全員知っていると思いたいのですが、シリーズ各動画の再生回数がMAX6000回ぐらい(執筆時点)で不安になってきたので、いちおう紹介させてください。
「R-18先生」とは
この動画シリーズは、いわゆる賞レース密着ドキュメンタリーです。その対象となっているのは、失礼を承知でいうと、松竹の知らない芸人たち。具体的にはR-1を1〜2回戦で敗退する層の芸人たちで、コアなお笑いファンでない限り、この企画を見る前から出演者を知っていたということはないでしょう。
彼らをR-1決勝の舞台に導くべく、「R-18先生」こと紺野ぶるまがときに厳しく、ときに優しく指導していくというのが企画の趣旨になっています。
「R-18先生」を見るまでは紺野ぶるま氏について「ち○こ謎かけをする人」ぐらいの認識でしたが、芸人のネタ見せに対する指摘がとにかく的確。べつに自分は芸人をやっているわけでもないのに、動画を見ているうちに「この人に指導されたい! 」という気持ちになってきました。エロ女教師の眼鏡もたいへん似合ってますね。
さて、この企画のストロングポイントはというと、ぼくは「"ネタ" にこだわるとはどういうことか理解できる」ところだと思っています。
R-18先生の後輩芸人に対するアドバイスは容赦がなく、ネタの作り込みや考え方が甘い部分をするどく突いてきます。これらのアドバイスに対して芸人たちが改善案を出してくるのが一連の流れになるわけですが、このやり取りはつまるところ、本人がどれほど真剣に芸人としての生き方に向き合っているかということにつながってきます。端的に言えば、やるのかやらないのか。
個人的には大学の研究室のゼミが思い出されるような体験ですが、このあたりによって、(芸人ではない)われわれ視聴者にとっても迫りくるものがあるドキュメンタリーになっています。
以下で具体的な見どころを二点あげてみたいと思います。行くぞ!
1. 「成立」の概念
R-18先生シリーズの序盤は、まず集まった芸人たちに紺野ぶるまがR-1決勝進出の極意(「ネタは一本準備すればいい」「受かりやすいのはハゲ、裸、コント」、etc…)を語り、その後1回戦に向けて各自のネタ見せ・品評に移る、という構成になっています。
このネタ見せパートで、われわれはいまいち仕上がってないネタの数々を見せつけられることになります。それらに対して紺野ぶるまが述べるアドバイスの中で、もっとも中心的なのは「ネタを「成立」させろ」というものです。
紺野ぶるまいわく「成立すれば一回戦は通る」。記事のタイトルが回収できたのでここで一安心ですね。
「成立」というキーワードの初出は、塩島弾(サムネ左から二人目)の「エリアマネージャーが幼稚園児に扮して店舗の視察にやってくる」ネタの品評です。
紺野ぶるまは、この服装に対するツッコミがネタ中に存在しないことを指して「それが現実で起こると思いますか? 」と問いかけます。塩島弾はおそらく、「ここはどういう意味だろう」とお客さんに一箇所も思われなくなるまでネタを修正する作業をしていないのだろう、と。
これは敷衍して言えば、「仮にちょっとした器用さや巧みさがあっても、けっきょくはネタの細部まで手を入れる膨大な作業量が伴っていなければ意味がない」という趣旨のアドバイスだと思います。
アイデアやテーマ性、はたまたトリッキー・メタ的な手法で一点突破したくなる気持ちを抑えて、結局は作品の全体にわたって瑕疵をひとつひとつ取り除いていかなければならない。結局はそれこそが、作品のクオリティを最も高めるし、評価にもつながる。
このような状況は、創作をする人であれば身に覚えがあるのではないでしょうか。もしくは、創作以外に置き換えてみると「銀の弾丸はない」という話だと思ってもよいかもしれません。
塩島弾以外でもうひとり、この観点がわかりやすいのはくわがた心のネタ見せです。
紺野ぶるまは、彼女のネタが複数の系統のモノマネの寄せ集めになっていることを指して「パッケージ化されていない」と言い、それは「(同種のネタを)思いつくまで考える」作業をしていないからだと言います。
これはつまり、自分ができることをバラバラに出すだけの状態に安住するのではなく、何かしら統一されたもの、作家性のようなものが出てくるまで作業をしなければならない、ということではないのかなと思います。
この「成立」というアドバイスは、究極的には「できるまでやれ」というシンプルすぎる主張につながっていると思います。
しかし、このシンプルなことを、企画参加者の誰も実行していないからこそ一回戦を突破できない。この厳しい事実を、実績があり、ネタの構造に対する理解度も高い紺野ぶるまが伝えるからこそ、後輩芸人たちは受け止めることができる。この構図に「R-18先生」のよさが詰まっている気がしますね。
2. むろみさ(嘘をついて逃げようとすること)
この企画のひとつ目のポイントは、上でみたように「成立」でした。ではふたつ目の見どころはというと、これはもう間違いなく、登場する芸人のひとり・むろみさです。彼女の嘘が紺野ぶるまの手によって剥がれていくところが本シリーズ最大の見せ場で、裏主人公といってよいかもしれません。
第一回の動画の遅刻入りにはじまり、上掲の一回戦直前のネタ見せ動画では「頭が弱い」というパンチラインを放って号泣するなど、序盤から見せ場は多かったですが、この人が真に牙をむくのは二回戦向けのネタ見せ動画から。
一回戦から二回戦にかけて、2分→3分にネタ時間を変えなければいけないところ、台本がとくに書き換わっていなかったことを指摘されるむろみさ。「(ネタ時間を増やすための)構想はある」と言いますが、紺野ぶるまから「この場をやり過ごすための言い訳にしか聞こえない」と厳しい言葉を受けます。3分ネタにできないと見たなら、演技の微修正などで対応するのではなく、ゼロベースで作り直すべきだと。
なぜゼロベースで作り直すべきか。これは、紺野ぶるまの言葉を借りれば(くわがた心に向けて言ったもの)、カラカラに枯渇したアイデアやネタに固執して「せっかく作ったから」といじくり回し続けるよりも、一度捨ててゼロから作り直したほうが早いからです。
このあたりも「成立」と同じく、身につまされる人が多いポイントかなと思います。人は自分で作ったものに多少なりとも価値があると思いたいし、ゼロから作り直すのは精神的にも実際上も労力を伴います。それで、ありものの修正でどうにかしたくなってしまう、という心理は自然でしょう。
だからこそ、ここに正面から取り組めるかが芸人として一皮むけるためのテーマになってくるのかなと思います。
では結局、このアドバイスを受けたむろみさがどうなったか。それが判明するのが二回戦結果発表の動画です。
ここで、むろみさは「ネタを変えようと思ったけど変えられなかった」「演技でベストパフォーマンスをぶつけようと思った」と、ネタ見せ動画と似たような言葉を繰り返します。
それに対して、一通り話を聞いたあと「ネタにちゃんと向き合うことがテーマだったと思うんだけど、ちょっと理解できてないかな、というのがあった」と切り出す紺野ぶるま。
その後も続く厳しい言葉を受けて、むろみさは「逃げました」と、自分の行動を認めます。対して「それは、気づいていたよ」と半笑いで応じる紺野ぶるま。
ここからむろみさの過去の行動が明かされていく妙にドラマチックな展開になるわけですが、要するに彼女は紺野ぶるまに対して「苦闘しているポーズ」を見せていただけで、実際には大したことをしていませんでした。更には、それを紺野ぶるまに見透かされていたのですね。
ネタ作りを諦めていることは明白なのに、「改善案といたしましては〜」と考えているようなポーズをとったLINEを紺野ぶるまに送る。はたまた準々決勝の小道具について相談して、「わたしは準々決勝のことまですでに考えられています」と匂わせる。
紺野ぶるまはこれらの行動を指して
と一刀両断しました。
このあたりは動画としてはかなり過酷なシーンです。ですが、むろみさレベルまではいかなくとも、似たような状態を経験したことがある人は多いのではないでしょうか。「やっている」というポーズを取ってまわりに最低限のアピールをし、「次こそは本当にやるぞ」と思いながら、目先の時間が過ぎ去るのを待つような状態。
視聴者はみな、己の心の中のむろみさと向き合っていく必要があります。どういうこと?
ちなみにむろみさは、その後の動画でピン芸人からコンビに転向することに言及するなど、動向が見逃せないです。まさに裏主人公。
おわりに
ひとまず「成立」「むろみさ」について書いてきました。「R-18先生」の見どころは他にもたくさんありますし、賞レースのドキュメンタリーとしてほんとうに尖ったよさを持っているシリーズです。みんなで見まくって100万再生を目指しましょう。次シーズン(第21回大会)も期待大。
補遺: その他の見どころ
・軽薄そうな芸風に反してメンタルが鉄強でカッコいいハッピー遠藤
・メンバーの中ではできが良くて見た目もシュッとしてるのにサムネにならないナカノゴト
・急にコント師然としてカッコよくなるみやのねり氏
ください(お金を)