もし催眠龍っていう力士がいて、まわしを脱がせる暗示をかけてきたら

ぼくは恥ずかしながら最近知ったが、大相撲に不浄負けというのがある。

勝負規定 第十六条
前褌がはずれて落ちた場合は、負けである。
(日本相撲協会寄附行為施行細則附属規定)

 古いものとしては1917年、男嶌(おとこじま)という何とは言わないがいかにもデカそうな力士が不浄負けとなった例が知られている。じっさい、話によると「なかなか立派なモノであった」らしい。このエピソードが語り継がれてるの、めちゃめちゃカッコいいですね。すごかったんだろうな。
 ところで、不浄負けの適用範囲だが、もちろん故意に脱がせたばあいは脱がせたほうの負けである。これは、①試合中に ②相手の故意以外の理由で ③前ふんどしがはずれて ④陰部がまろび出たばあいに適用される。

 「試合中に」ということは、だ。大関・露出山(ろしゅつやま)が生まれたままの姿、フル・フロンタルにて、陰部を露出しつつ花道からあらわれ、取組前になって悠然とまわしを締めこみ、きっちり陰部を隠した状態で取組に臨んだとしよう。得意の突き押し相撲で相手を押し出し、そして、行事の軍配があがって勝敗が決すると同時に、まわしを豪快にパージして陰部を満場の観客に見せつける。ひびく歓声、飛び交う座布団。これでも不浄負けにはならないってこと?
 とうぜん相撲協会には苦情が殺到したが、「試合中には」露出していないので処罰のしようがない。露出山は親方の再三の説得にも応じず、不撓不屈の精神で己の露出道を貫きとおす覚悟を満天下にしらしめたという。相撲協会会長は責任をとり、いさぎよく切腹した。

 「相手の故意以外の理由で」というのも気になるポイントだ。もし催眠龍(さいみんりゅう)という力士がいて、取組相手に「まわしを脱ぎたくなる暗示」をかけたとしたらどうなるだろう。
 さて、催眠龍の取組がはじまる。いざ立合いとなって、両力士が蹲踞の姿勢で向かいあう。余談だが、相撲は、審判の合図などではなく両プレイヤーの合意によって競技が開始するという、まことに稀有なスポーツである。定番の誤解だが、「ハッケヨイ、ノコッタ」はべつに開始の合図ではないのだ。ジャン・コクトーはこれを「バランスの奇跡」と絶賛した。ボードリヤールもフーコーもたぶん絶賛した。
 そんな立合いのさなか、催眠龍が相手の眼をグッとにらみつけて「お前はまわしを脱ぎたくなる」という暗示をかけるわけである。まわしを無理やり脱がせたところで不浄負けは成立しないが、自分で脱ぐなら話はべつだ。いやしかし、催眠状態の意識で脱いだものが、果たして自由意志による行動といえるのか? こんなわけで、相撲協会の評議員会は七日七晩にわたって紛糾し、その間会議室は厳重に締め切られ、餓死者を出すまでの騒ぎになったという。

 ここまでくると催眠龍と露出山、世紀の対決も見てみたい。まあ露出山は己の露出に誇りをもっているので、催眠暗示ごときでホイホイ脱いだりはしないと思う。あくまで取組の前後で露出するのが大事なのであって、取組中に陰部を出すことは彼の露出道に反するに違いない。一方の催眠龍も、プロの催眠力士としての意地があるから、かけようかけようと必死になる。これは見ものだ。

 いや何の話だこれは?

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