【小説】『Dystopia 25』~楽園~Phase Ⅲ
The Three Chosen part Ⅲ
「・・・ロキッチ医師、本当にこれでいいんでしょうか・・・・・・」
フィリップはまたもや心配そうにしている。
「大丈夫だよ。幸い、二人ともこれといった怪我も無いしそんなことでわざわざ上に報告しても、どうせその報告書なんて見向きもしないさ」
「でも・・・・・・」
「誰かが死んだとか、全員が改心しただとかの結果しか興味ないって」
「しかし、その後の対応がこれでよかったのかどうかなど指示を仰いでみるとか」
「その指示が厄介なんだよ。大概が保守的に走るか、めちゃくちゃ無責任な指示しか来ないよ。現場の『げ』の字も知らない連中だからな」
「そう・・・ですね」
「さあ、さっそく質疑に行こうか」
「はい!」
二人は三人の神や預言者と名乗る、簡易なパーテーションで仕切られただけの部屋へと向かった。
◉REC
「・・・・・・その時、タワーにぶら下がっとった黒い物に似とおる・・・この、目の部分なんかがな」
ライトとウェルバーは固唾を飲みこんで聞いていた。
「・・・で、長老は見たんですか?!その部屋の中を」
「・・・いや、わしは階段の上で待機させられてたんじゃ。みんな必死に駆けあがってきては新鮮な空気を目一杯、吸いながら汗が滝のように落ちておった。待っている間に物色していたその辺の物資から調達しておいた水をみんなに渡して、落ち着いた者から話だけは聞いての」
「そう・・・ですか。チェバラ先生から聞いていた話では、みんな『粛清』されたと聞いていたんですが・・・・・・」
「奴はその後、上層階に留まったメンバーとの間に生まれた子じゃ。親等からそう聞かされておったのじゃろう」
「それは・・・第二次フロア抗争とはどれぐらい前の事件だったのですか?」
「そうじゃのう・・・もう50年以上も前かの」
ライトとウェルバーはお互いに目を合わせて、驚きを隠せなかった。ウェルバーに至っては、ライトから『粛清』の言葉が出てきたのも驚きだった。
「そうして、17年前の第三次フロア抗争にて、配給場所にあるモニターがあるじゃろ。あれが設置されてわしはピンときた。チェバラの噂を聞いて、なんとか奴と接触を図り・・・そん時じゃの、お前らとの初対面は」
ウェルバーは頷いた。しかし、ライトはまだ小さくて覚えていなかった。
「チェバラから聞いた話では、これは『カメラ』と言われるもので、この目ん玉のような部分から映像を読み取り、あの大モニターのような壁に映し出されたものを表示させるという、魔法みたいな代物だそうじゃ」
「こ・・・この目が見たものが、遠くに移し出される・・・ということですか?」「・・・凄い・・・・・・」
「なので・・・これはここに置いて行け。お前らが持ってるといかん。分かったか?」
「・・・はい、もちろんです」「長老・・・は、大丈夫なのですか?さっき言われたように、下界した者たちはみな次々と謎の死や行方不明に・・・長老も危ないのでは?」
「わしみたいな、もう何の価値もない老人じゃ。いつ死ぬかもわからん者をわざわざ狙うモノ好きもおらんじゃて。・・・それに、わしゃもう十分に生きた。もう何かも解らんモノに脅えて暮らすのも、もう・・・・・・」
Prober&Cheater
「長老・・・本当に大丈夫かな・・・・・・」
ライトがずっと眉尻を垂らしながら憂鬱な顔をしている。
「・・・チェバラ先生が居なくなって、更に不安と言うか、孤独を感じているんだと思う。俺たちの為だけじゃなく、みんなの為にも先生を早く見つけなきゃな」
「・・・うん。さっき長老が言っていたように、熱狂的なセンター教徒が当時のレジスタンスを狙っているって話も、なんだか恐いね」
「ああ・・・どの宗派の者でもその厳格派、過激派たちは、例え自分達が死に直面してようがどんな理由があれど、SCタワーの破壊行為は重罪と判断しているからね。長老のように下へ降りずに、上で居た方がみんな安全だったかもしれないな」
「そういえば、なんで長老は下に降りてきたんだろう?」
「・・・昔に聞いた話だから恐らく、としか言えないが・・・長老の妹が何かの病気だったから、かもな。生まれつき、先天的ってやつだ。小さい時にその妹さんの葬式に出た記憶がある。見捨てられなかったんだろう。クーデターに積極的だったのも、その妹の為に奮起したんだと思う」
「なるほど・・・長老、かわいそう」
「そうだな、そして、長老もいい人だ。なんとかしないと」
「僕も・・・何か出来ないかな?ずっと何もせずに居るなんて耐えられないよ」
「前にも言っただろう。もし俺ら二人ともが留守中に先生が帰ってきたらどうするんだ。それに最近、変な奴が多いからライトも気を付けろよ。そいつらは『|Prober《プローバー》』や『|Cheater《チーター》と呼ばれている」
「|Cheater《チーター》は聞いたことがある。けど、その狙いは女性でしょ?」
「ああ。だが、最近はターゲットが女性だけでは無いみたいだ」
「ええ?!」
「レイアが言っていた。彼らから身を守るためにも作られた第3コロニーだが・・・女性の|Cheater《チーター》も最近現れるようになったんだって」
「・・・つまり、同性をターゲットに襲い、犯した後に殺されるってこと?」
「第3のチーターは少し違う感じがするがな。どちらかというと|Prober《プローバー》に近い。女と子供を狙い、そして食い殺す奴らに」
「食い?!・・・なんのために?!十分に食料はあるじゃないか!」
「静かに!・・・どこに誰が潜んでいるか分からない。家に帰るまではもう少し声を潜めろ」
二人はまだ長老の家からの帰宅途中である。
「・・・あぁ、ごめん・・・・・・」
「第1や第7コロニーでも多発しているらしい。第3の奴は、幼児、子供だけをターゲットにしている。レイアは嫉妬とか私怨だと言っているが、ただ不可解なのが・・・育児放棄をしだす母親も多く見られ、狙われている幼児の殆どがその放棄されて外で寝泊まりしている子供達だそうだ」
「酷い・・・どうしてまた、そんな・・・・・・」
「個々に、お互いに警戒心を強く持つようになり、コミュニティなんて在って無いようなものだそうだ。自衛団が別に出来たりして、それぞれの代表、ボスはその治安の維持や統率にばかり注力されそれ以外が疎かになりつつあるらしい・・・同じコロニー内外問わず、移住の際にわが子を置き去りにしその家や小屋ごと放置されるケースもあり、そこをそのまま仮宿にしてあちこちを点々としているので足取りが中々掴めないでいる。・・・そして、放棄されしっかりとした教育をされないまま、逞しくもそのまま愛情も受けずに成長してしまった孤児たちも、今ではどうなっているだろな・・・・・・」
「・・・つまり、ずっと前からそのphaseは始まっている・・・と、兄さんは考えているんだね?」
「・・・ああ。恐らくは・・・表面的になってきたのが今であり、その水面下ではどれほどの数とケースがあることか・・・考えると恐ろしくなる」
「・・・分かったよ、兄さん。僕は非力だし足手まといにしかならないからね・・・大人しくしておく。でも、絶対に兄さんも気を付けて、無理はしないでくれ」
「ああ。分かってる。俺は足で情報を集める。お前はその知識で先生を追ってくれればいい。そういったのは俺には無理だからな。頼む」
「了解、任せて!一緒に頑張って先生を見つけて帰ってこようね!!」
Savage Killing
ライトとウェルバーは翌朝、長老の死の報告を受ける。
昨日、二人が長老の元へとやってきていたことを目撃していた証言を元に事情聴取という名目の、第一容疑者としての目線を感じながら、経緯をウェルバーが調査隊の隊長であるヘクトールと警備隊長であるオーヴィルの二人に話していた。
「・・・つまり、日が沈む前には長老の家から帰宅した、ということだね?」
「ああ・・・お前も知っているだろう。チェバラ先生が行方不明なんだ。そのことで長老とは定期的に情報交換をしていたんだよ。荒探しばかりしてないで、早く先生を見つけてくれよ調査隊長殿よ!」
「まぁまぁ、逆に目撃証言があるんだから、この二人は白ってことは間違いないどろう?ヘクトールよ」
「・・・ああ、現時点ではな」
あからさまに納得がいっていない顔を見せる。
ヘクトールの家系はずっとこの第6コロニーに代々暮らしているという生粋の”地元民”の血筋で、チェバラ氏がここにやって来なければヘクトールの今の親の代がここの代表になるはずだった。それをどこの馬の骨とも分からなかった”落ちてきた上層の民”というだけで、当時、祭り上げて代表にしたことに親子して不満に思っていて、チェバラの養子というライトとウェルバーへの”アゲンストの風”当たりは子供の頃から激しく、何かと対立して来る。実際はチェバラが当時の下層には無かった医療技術と知識によって、多くの人の命を救ったという経緯が評価されたからではあるが、代々からの血筋、家系によるこのコロニーへの貢献度の方が高いとヘクトール一家は考えていて、実質や現実をずっと受け入れられないでいた。しかし、長くこの地に居たということで多くの親族・親戚がこの第6に住んでいるために今のヘクトールの地位、調査隊長という立場でいられている。敬虔なセンター教徒一族であり、その熱心な姿勢から多くの指示を古くから得ている。悪い意味で民主的に、敵に回したくない一家であり周囲の人の殆どが内心、その偉そうな態度の一家を煙たがっていはるものの、表面的には良い顔を見せている。ウェルバーは昔から何かとライバル視してくるヘクトールにはウンザリしていて、第6では唯一といっていい反発者だった。
「あ、あの・・・で、長老はどうなったのですか?」
ライトが半泣きの状態でこの殺伐とした空気を切るかのように、疑問を投げかける。
「・・・ああ、えっと、言いにくいんだが、酷い有様だったよ。恐らくは|Forester《フォレスター》の仕業だと推測している」
オーヴィルがその空気を読むかのように答えた。
「・・・|Prober《プローバー》とか言う奴らも居ると聞いたが」
「おお、よく知っているな、ウェルバー。奴らは捕食と自己顕示欲などを満たすために食い殺すのが目的だ。しかし長老は、殺すことが目的として殺されている。目的と主旨が違う気がするんだ」
「現場はまだ保存されているのか?」
「・・・いや、長老に遺族は居ないし”なぜか”遺体は早々と埋葬される手筈となったよ」
そう言いながら、オーヴェルはヘクトールの方へ背後から視線を送る。それに何かの意思と意図をウェルバーは感じた。
「・・・そうか。・・・もう、ライトと二人にしてくれないか?俺たちにとって長老とは、先生の次に懇意にしてくれた人だったんだ。だから・・・・・・」
「OK、すまなかったな。行こう、ヘクトール。血の固まり具合からして犯行は深夜から明朝だ。彼らは白なのは動機からも証言からも明白だよ」
ヘクトールは無言で立ち去る。オ―ヴェルは他人行儀に黙祷をするかのように一礼をしてから去って行った。
「・・・兄さん、まさか・・・・・・」
「・・・まだ詳細が全然、分かっていない。なんとも判断がし難いな」
「長老・・うっ、うう・・・・・・」
ライトは我慢していた悲しみを露わにしていく。
「ライト・・・仇は、必ず取ってやろう。相手が誰だろうとな・・・・・・」
Reasoning
後にウェルバーは長老の死因や状態を詳しく聞いた。
長老が寝ている間に無数の鎌や斧を突き刺していて、なんらかの烙印を背中に”わざわざ”刻み去って行ったそうな。ただ、その印をオ―ヴェルは見た訳ではなく、ヘクトール率いる隊が現場に先に到着していて、そそくさと遺体をまるで隠すかのように片づけた後だった。その違和感に不審を感じるが、調査は慎重を期す必要がある。
それぞれの宗派には『過激派』と総される敬謙な信徒がいる。
Forester《フォレスター》の場合、その熱心な信者は住居を森へと移しコロニアの住人と完全に繋がりを経ち、原始的な生活を主としている。コロニア内部にいるForester《フォレスター》達は、家系や個人的な事情によりそこまでには様々な要因にて至らず、内部から外部のForester《フォレスター》を応援、支援、そして心の支えにしている。
Centerの場合、正にSCタワーを基礎として周辺のコロニーを分ける壁や扉といった設備、そして各々のルールや主義はなんであれ現状の秩序を死守したいという『保守派』思考の徹底にある。
今回、長老の死とヘクトールの不審な行動を目の当たりにしたウェルバーは長老の話をオ―ヴェルにだけしようと決意した。それは今回の事件と関係がありそうだったからだ。
「・・・なるほど、長老は第二次フロア抗争の一員だった・・・ということか」
「ああ。他の当時のレジスタンス仲間は、不審死や行方不明が続出していったらしい。長老はそのことを上層民だったチェバラ先生にしか話していなかった。話した理由は、上に残ったメンバーの現状を聞きたくて・・・だと思う。そして、先生の消失・・・俺たちにその話をしてくれたのも、先生が消えた原因が何なのかは自身への影響を心配して、でもあると思う」
「つまり・・・お前が考えていることを当てよう。ヘクトールは敬虔なセンター教の家系だ。当時のレジスタンス達は事情があれど、SCタワー内部の扉や壁を破壊して上へと乗り込んだ・・・当然、そういった破壊行為はセンターとしては大罪であり、”見せしめる”必要がある、と。SCタワーを作ったとされる『神々』とその信者達にね」
「・・・ああ」
「何らかの方法でその話を知ったセンター教の過激派が、長老を殺した・・・動機は完璧だな」
「それに、俺が森から持ち帰った『カメラ』という物が具体的にどういうモノかは知らないが、『原始的な』を思想の基礎としているフォレスター達がそんな俺たちにも分からないような技術を使うとは考えられない。長老いわく、このカメラはその場所の風景を遠くに投影することが出来るそうだ。中央のモニターに配給の様子が映るのはこの機械の力だと、長老は先生から聞いていたみたいだった」
「そうだったのか・・・では、そのカメラという物が長老の家に今もあるかどうか・・・そして、その投影先は何処か、だな」
「ああ。一緒に行ってくれるか?」
「そりゃ、もちろんさ」
長老の家の内部の物は誰も触っていない、というか強盗や窃盗という犯罪はこの世界にはあまり存在しない。それほど配給は充実していて、レア物と言えば動物のはく製や鹿の角や狼の牙の骨、そしてウェルバーが嘆いていた木製や石器製の『オモチャ』ぐらいであり、それらもこのような手間をかけてまで入手するぐらいなら物々交換で手に入れた方が早くて安全でタイム・パフォーマンスが良いはずである。
ウェルバーはライトを家に置いてオーヴェルと長老の家に到着した。
寝床と思われる場所には凄惨な血溜まりが残り、事件の痛々しさを物語っている。ウェルバーの目にも、死という現実を突きつけられるこの光景を見て、涙が浮かぶ。ライトがこの状態を見たらもう、精神状態がどうなるか分かったものじゃない。
「・・・どうだ。やはり無いか?」
「ああ、見当たらない・・・長老は少し怯えた風でもあったから、どこかに埋めるかなにかで処分をしたか、それとも・・・過激派に持っていかれたか・・・・・・」
「手がかりが無くなったな・・・それぞれのツテ伝いで追うしかないか。ウェルバー、だれか良い感じの心当たりの人物は居ないか?センター教に深すぎず、浅すぎず、みたいなさ」
「・・・レイアに聞いてみよう。彼女達の助力が貰えたら、密偵なんかはこれ以上に適任者は居ない」
「おお、第3のアマゾニス軍が味方になれば怖いもの無しだ」
「・・・第3でその呼称はマジ止めとけよ」
「分かってるって、串刺しの刑はマジ勘弁だ」
Nocturnal Assault
「・・・兄さん!起きて兄さん!」
昼間、長老の件で泣き疲れて寝ていた為に夜寝れず、夜が更けても起きていたライトが小声で寝ているウェルバーを起こす。
「・・・あぁ、どうした、ライト」
「静かに!誰かが・・・家に入ってきたよ」
その言葉を聞いた途端に勢いよく起き上がったウェルバーも、耳を澄まして足音や息遣いを確認する。
「一人ではないな・・・行こう、逃げるぞ」
二人は着の身着のままで、部屋の出入り口の影に潜む。あまり広い家ではないので直ぐに大きな影が部屋に侵入してきた。その刹那、ウェルバーは影の足を払い大きく転倒した。
ドドン!バタッ!「ぐわぁっ!!」
「行け!走れ!!」
ウェルバーはライトに命令をした。ライトはワンテンポ遅れてその指示に反応する。倒れた影の頭部に一発蹴りを入れて、ウェルバーも外へと向かう。
入口、玄関の方でライトの声が聞こえた。
「この!離せぇ!!」
ウェルバーは直ぐにその二人の影に全力で走っている勢いのままタックルをかける。三人は外へと倒れ込み、不意を突かれた影は手に持っていた斧を手放す。外は少し月明りがあり室内よりかは視認が可能となった。ウェルバーは敵が斧を離す光景を見逃すことなく、獲物を取りに犬の様に斧へと飛びついた。
ウェルバーは斧を拾い、敵はライトをまた捕まえようと這いずるその背後を取り、斧を背中へと振り降ろした。
「ぐわぁぁぁ!!」
敵は仰け反り、必死に背中に刺さった斧を抜こうと両手を背中にやるが、痛みからか衝撃からか、なかなか手が届かないで藻掻いている。
もう一人、敵が家から出て来てこちらへと突進してくる。足払いをした奴とは別で体格は少し小ぶり、ウェルバーと同じぐらいの背格好だ。しかし、そのタックルは交わすことができずにウェルバーは真面に食らった。敵にマウントポジションをそのまま取られ、何発もパンチを貰う。何か獲物を持っていなかったことが幸いだった。今度は立ち上がったライトがマウントを取っている敵にタックルし、ウェルバーは解放される。ライトと敵がもみ合う中、ウェルバーは敵の首元へチョークスリーパーを背後から取りそのまま締め上げる。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・」
二人とも必死に足掻き、何とか逃げ伸びることが出来た。
Inside the forest
暗すぎる森の中を、二人は手を繋ぎ歩いて行く。逃げ場所なんてこんな所しか無かった。振り返ると、闇夜の中にまるで巨人の足のようなSCタワーの影がずっと追いかけてくるようだった。星々の輝きを遮り、そこだけが時空を切り裂かれ、深く漆黒なブラックホールのような何でも吸い込む化け物みたいだと、ライトにはそう見えた。
コロニア周辺の森はウェルバーにとっては庭だが、それはフォレスター達にとっても同じで、すぐに追いつかれるか、日が開ければ足跡を追われておしまいである。逆に保守の過激派センターであれば、決して森深くまでは追ってこない。そういうセンターの教え、決まり事なのである。そういった結果でも犯人の目星が確信に迫れることだとも考えながら、ウェルバーはとにかく第3コロニーへ、レイアの元へと向かった。
オーヴィルに助けを求めることも考えたが、そこまで迷惑はかけれないのと彼には表舞台で正式に動いてもらう必要があった。ここでオーヴィルがチェバラや長老、そしてライト達の「裏側」に引き込んでしまうと完全に敵対構造となり、今度こそ大規模な『表層戦争』が始まりかねない。
『表層戦争』とは各フロア同士のもめ事が大半で、第1と第8が。第2と第3が。隣同士のフロアーでケンカすることはここでは頻繁に、多発的に起こっていたことではあった。しかし、今までは最大でもフロア規模以下だったが宗派同士の争い、センターとフォレスター、そして各々の過激派と保守派との戦いとなると、規模が多き過ぎる。表層界全ての人々が関係してしまう。
各代表、ボスが決められるという選挙の度に、こういった「抗争の火種」があちこちで巻き起こることをウェルバー達は気づいていた。選挙を優位にさせようというそれぞれ宗派の裏工作が始まるのである。今回も第6の代表を決めるという最中、その渦中に巻き込まれた可能性を考えてた。
それらの「第三者」としても、レイアの元へと保護してもらえればどのような組織であれ迂闊には手を出せない。頼みの綱でもあった。
「・・・兄さん、大丈夫かな。夜の悪魔の森は流石に危険じゃあ・・・・・・」
「こうなっては中よりはマシだろう。大丈夫だ。素人では危険だが、俺はほぼ森の住人だぜ」
「兄さん、それ、自分はフォレスターだって言ってるみたいに聴こえちゃうよ」
「はは、確かに。いや・・・殆どそうかもしれないな。中よりも森の方が居心地が良くなってるよ。それに・・・オーヴェルと長老の家に行った時に話していたことだが、今回の長老の件や俺たちが襲われた背景には、保守の過激派センター教の陰謀の可能性があるんだ」
「・・・僕もそんな気がしていたんだ」
「?!」
「いや、誰だって・・・あ、従順なセンター信者以外は・・・だろうけど、センター教にとって最大の罪は上階への反旗、そしてタワーの破壊でしょ?多分、長老以外にも消されたり事故に見せかけて殺されてきたのも、その過激派センターだと考えるのは自然だよ」
「・・・ああ、そうか。はは、悪かったな、子供扱いしてしまって。そうだ。俺とオーヴィルもその可能性を考えているんだ。しかし、ライト、お前はその比較的『従順なセンター』だと思っていたよ」
「・・・兄さん、先生と話してたことがあるんだ・・・・・・」
そうして、ライトはチェバラに口止めされていた上階のこと、そしてゲート教、ファティマ正教、コロニア伝記のことを話した。
「・・・なるほど、そんな繋がり、というか伝承と変革があったってことか・・・・・・」
ウェルバーは一時立ち止まり、深く考え事をしだした。今度はライトが先導するかのように手を引っ張り、止まらないように無言で促す。
「・・・じゃあ、もしかすると保守の過激派センター教の一存だけの事件では無いかもしれない、ということも考えられるのか」
「・・・うん。本当にもしかして、だけど、あの黒い物も本当に遠くを投影できるのなら、兄さんがアレを回収する光景も、そして長老との接触も、誰かに見られていたんじゃないか・・・な」
「!?・・・なるほど。アレは、どんな場所でも映すのかもしれないな。そう考えると、タイミング的な辻褄が合う・・・・・・」
「・・・あ、兄さんが悪い訳じゃないよ。長老はもしかして、概ねの現状を把握した上で、あのカメラを受け取って自分の運命を覚悟したんだと思う。色々と疲れていたんだ。やっとこれで解放された。あの最後の言葉は・・・そういうことだよ」
「・・・でも、しかし・・・・・・」
「長老はその命を使って、状況や時間を僕らに託てくれたんだ。自分の運命や、この世界の運命も。その先に、先生が待っているかもしれない」
「・・・長老・・・・・・」
「・・・・・・」
ライトは兄であるウェルバーを始めて、そっと優しく抱きしめた。
Surface War
ライトとウェルバーの二人は、第3の領土と思われる森で隠れながら待機していた。
その二日目。
「・・・どうやら、追手がこないということは、少なくとも俺たちを襲ってきたやつらは過激派センターの可能性が濃厚ってことだな」
「ってことになるね。でも、レイアさんは大丈夫だとして、第3の中にも過激派センターは居るんでしょ?どうやってレイアさんと接触するの?」
「普通に、宗派関係なくただの男が第3に入れば忽ち排除されるか、襲われてから監禁・・・いや、運が”良ければ”殺されるだけだよ」
「じゃぁ、尚更どうやって?」
「レイアの所有する別宅への抜け穴を掘ってるのさ」
そう言うと、ウェルバーは森の境界線である土手の中腹にある茂みを掻き分けた。そこには人が一人通れる幅の穴が掘られており、足からその穴に入って行こうとしたその時、遠くの方から微かに悲鳴が聞こえた。
「・・・兄さん」
「・・・ああ・・・ん?あれは?!」
コロニアの方向から煙が上がっている。
「・・・行ってみよう。不謹慎だが、騒ぎに乗じて動きやすいかもしれない。この穴は出入口は隠すために小さくしているが、下は屈んで進めるぐらいの高さで掘ってある。着地するように飛び降りろ。深さはそんなに高くはない。俺が先に降りるから、合図が聴こえたらこの松明を投げ込んでくれ」
二人は第3コロニー内部へと向かった。
「・・・この上だ。この階段を登れば床下に出られる」
「行こう、兄さん。ずっと外が騒がしい。さっきの悲鳴や煙はやっぱりここ、第3だったんだ」
「俺から離れるなよ、ライト」
「・・・はい!」
床下の扉を開こうとするが、鍵がかかっていた。洞窟への縦穴から床下を這いずり、床下から顔だけを出して周囲を伺う。すると、広間では第3の住民らしき女性同士が何人も争い、まるで本当に戦争でも始まったかのような白兵戦が繰り広げられていた。
そんな中、ライトは見てはいけないものを見てしまった。
赤子を奪い合う女性同士が取っ組み合い、母親と思われる人の胸に槍が刺さり倒れこんだ。母親はピクリとも動いていない。そして奪われた赤子は四肢をバラバラにされ4、5人が群がりまるでゾンビかのように食い散らかしていく・・・・・・
The Three Chosen part Ⅳ
「それにしても、三人ともタイプが違いすぎるんですよ。チャーリーは農家の初老、シェーファーは作家崩れ。ジムにいたっては大学を中退した青年ですよ。意気投合とかする訳なんて無いんじゃないですか?」
「あえて、だよ。フィリップ君。聖母のケースでも自分達の発言と相対する人物との客観視点から、内一人が自己の『妄想』から脱却できたんだ。お互いの相違点、そこから矛盾点を自らが気づき開眼することこそが真の精神治療だというものだ。仲良くしてもらうなんて想定は最初から無い」
「・・・そうなんですね。すいません、知らなくて」
「いや、いいんだ。私もこうして説明しながらも、自身の脳内の整理ができるってもんだ。インプットだけではなにも実に付かんよ」
「・・・あ、そうそう、地元の新聞社が是非この実験・・・あ、すいません、『治療』の取材をしたいと言ってきてますが、どうします?」
「ほう・・・いいだろう、受けよう。ちょうど私たちよりも更に外部の人間の客観的な視点が欲しかった所だ・・・・・・」
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