見出し画像

❄『冬将軍と雪女郎』❄ 【6,342文字】 短編ホラー小説

不凍港


 これはもう昔に死んだ、じいちゃんから聞いた話です。

 時は明治の後半、じいちゃんは徴兵制度にて「後備軍」っていう戦時召集の対象になっていたらしく、ある戦争が始まってしまって召集令状が下りてきた時の話。常備軍として何とか生き抜いてきたのにも関わらず、また戦地へと行かねばならないなんて、とにかくその時は自分の不運を呪いつつも当時はそんなグチなんて巷で零せば非国民だの、裏切りだの言われる時代だってのもあり、漢おとことしての名誉だと息巻いて立派に戦地へと向かったそう。

 じいちゃんの配属先は、一応に戦の最前線では無かったにしても後備軍まで駆り出されるようになったのは、共に戦い守るべきその戦地だった土地の人間は戦術やら作戦などとても伝えられる様な人たちでは無かったそうで、戦闘員としても使い物にならなかったのが理由だと、当時の隊長やらが不満を漏らしていたらしい。

 それでもじいちゃんは

「わしらがやらにゃ、そりゃあもう、アジア諸国は占領されとったぜ?おめぇこりゃ、日本だけの話じゃねぇかんな。一昔前の”豪や新”のようになっていたかもしれん。んん。人攫いが横行し先住民は農奴、性奴となり、新たな疫病が蔓延っても、あちらは知らぬ顔。不凍港が欲しいとか言いよるが、それだけが目的じゃねぇだろしの」

 じいちゃんが、とにかく誇らしげにそんな話もしてた。

 その戦地はずっと北へ、海も渡った場所だそうで兵士たちみんなは凍えて震えている毎日だった。

 雪はずっと積もり、晴天でも溶けることは無く、あらゆるものが凍る世界。

 じいちゃんは元々雪国の人間なので慣れてはいたらしく、それらの対処も熟知していた。そんな考慮もいれての配属だったかもしれないが、当時を知る者はみんなそんな余裕もなくひたすら集めただけだろうと皮肉しか出なかった。

「小便も凍り、握り飯も凍る。ハイカラな設備もどんどん凍ってただの鉄屑になりよる。乗り物の燃料も凍り、溶かすのに急ぎにゃ車体ごと燃やすこともあるぐらいでな」

 まさか、というじいちゃんの話も、一体どこまでが事実かも分からない。どこまで過去の美談と化してんのかも分からないけど、でも聞いてて面白かったから今でも覚えてんのよねぇ。


野営地


 じいちゃんの部隊は、主に補給部隊が前線にあらゆる物資を送ったり、負傷兵を保護する衛生兵だったりが多く居る中間地点。勿論、前線への援軍、もしくは攻め入られた時には前線と化す場所なので非戦闘員以外の配備もあり、その小隊は中間地点の中では最前線に野営地を設けていた。

 通常であればテントか”かまくら”でも作る所だけど、命令があった場所の近場に小さな小屋があり、誰も居ないはずでもあるので自分達の塒ねぐらとして拝借することにした。

 寝床の準備などが省略されたので、配給されている食料等もあるが何が起こるか分からない戦場ではできるだけ節約が絶対だ。なので現地での調達として周辺の散策とついでの使えそうな薪や食料を集めていた。

 小隊は全員で6名。

 二人体制でそれぞれ分担して作業を行う。

 隊長と新人兵は小屋で防御を固め、じいちゃんは周辺の警戒兼散策を命じられた。逃げそびれた現地の人が居れば保護をしたり、民家があれば武器になりそうな物を撤収しておいたり。

 敵側の人間がどこかにもう潜んでる可能性もあるので、自分達の防衛の為にも周辺に自分達の存在を知らしめておく必要もある。敵のスパイが・・・なんて、分かり易いものであればまだいいのだが、たまに致命的になるのが一国民の村々が反旗を翻してくることが、ここのお得意な情報操作、洗脳教育により守ろうとしているのにも関わらず背後から攻撃や夜襲を受けることがあるんだって。

 ちょっと、意味が分からないですよね。

 今の時代では考えられないかもだけど、義務教育なんて場所によっては無かった時代。日本でも昔は同じこと。それが大陸での末端の辺境地ともなれば、教育どころかインフラですら行き届いていないのが世界の「普通」だと、じいちゃんがずっと嘆いていた。

 上水、下水の区切りも無く、川の水は汚染され飲むことも浴びることも出来ない。自然の恵みのバランスも無いに等しく、捕れるだけ採って全ては”早い者勝ち”。個々がその日、生きるだけに必死な毎日であり未来のことなど考えている暇・・・というか余裕が無い。草木一本残らないというのは、生命、生物、生活の息吹そのものが無くなることを指すのだと、じいちゃんは痛感したそうだ。

 そんな場所の人にとって、お偉いさんが言うウソや洗脳を疑問視することは到底無い。みんな純粋に騙されてしまう。

 そんな辺境地を助けるべくして、みんな頑張っている。その先に得られるかもしれない自国の安全のためにもだが、先ずはその凄惨な現場を見て嘆いたそうです。

 周辺は、もちろん極寒の地域だってのもあったが土からも生命の灯火を感じることもなく、別の調達班二名に期待は出来ないと思っていた。

 小隊が最初に見つけた小屋は「見張り用の小屋」の可能性があり、もしかして近くにちょっとした集落があるのではないかと隊長も言っていたので、そこも踏まえ小川に沿って上流へと登ってみると本当に小さな小さな、家とも言えない見張り小屋と似たようなまた建物が幾つか点在している場所に出てきた。

 村とは決して言えない。小屋が凡そ五つほど。耕されていそうな畑が真ん中にあり、例えば逃げ隠れているような一家がそこに住んでいたのだろう、小規模の集落を見つけた。

 その建物群を調べるのも一瞬で終わり、当然のように誰も居なかった。

 目ぼしい物すらも無く、ただ全てを焼き払われてはいないのでどこかからに侵略されたようには見えない。

 じいちゃんともう一人の捜索員は、とりあえず報告も含めて最初に陣取っている小屋に戻ろうとした。

 その時、捜索済みだった小屋の開け放たれた窓に人影のような、『白い物』が目端に入り込んできた。

 誰か居る!と、思ったじいちゃんは、相棒に無言の指示を送り二人で警戒しながらその小屋内部をもう一度調べたけど、やっぱりそこには誰も居なかったらしい。

 気のせいかと思いこの時はそのまま戻って行った。干されたままで凍った布生地がそう見えただけだと思ったのかも。

 恐らく、どうせ野営地をここへ移すだろうと見越しながら、少しの違和感を残しつつ再度、帰路に就いた。


白い影


 立ち並ぶ木々は骨組みだけとなり、積もる雪が花々や針葉の変わりに咲き乱れる。

 ザクザクと踏みしめる純白な大地は、膝下まで埋まる雪に足取りの軽快さを奪われ、体力と体温までも奪っていく。

 二人は真っ白な吐息を吐きながら、凍てつく空気を肺に入れていく度に外で寝ると確実に死ぬ予感を感じていく。空気中にある水分の殆どすら凍り、喉が痛くなる。

 小さな山の斜面に、そのまた小さな集落はあったのだ。

 じいちゃんは隊長へ集落の有無を報告し、やはり野営地をその集落へ移すという隊長の判断だった。

 調達班が戻って来て直ぐに、じいちゃんたちは戻ってきた道をまた戻り、各小屋の物色も再度行われていく。

 六人全員で調べても、やはり人は疎かその気配の痕跡すら無く、ますます気のせいだったという方向に確信していった。

 破損が無い小屋が丁度三つあり、そこに今夜は先ほど班分けをした者同士で泊ることにして、今後の作戦会議終了後に鋭気を養う事となった。この集落を起点として、物資の補給班とも連携を取りながら作戦を実行する流れとなり、明日はその補給班を待つだけとなる。

 じいちゃんたちは冷たく乾燥した風を凌ぎ、薪で火を焚き温まる身体に喜びを感じ、ここまでの移動の疲れを精いっぱい癒そうと羽根を伸しだした。


「さっきのは、何だったんだろう」

「気の所為だって」

 そんな、じいちゃんは少しだけまだ気にしつつも、軽い世間話程度に言っていた。

 その、じいちゃんが見たっていうその白い影の小屋は、先ほど調達班だった二名が泊まる事になり、山を下るように次は隊長と新人の二人、そしてじいちゃんたちの順番に配置している。


 程なくして、薪が切れそうになってきたのでじいちゃんは小屋の外で干しているだろう木材が積まれた馬小屋のような場所まで取りに行った。眠りに付く前に補充しとかないと結局、寝てる間に凍え死んでしまうからね。

 外はもう夜、若干、空は吹雪いていて冷たい風が生き物かの様に鳴いている。

 薪を取りに行くと斜面の上部で、また白い影をじいちゃんは目撃した。今度は目端に捉えた見間違いなどではなく、ハッキリと確認したそうです。

 北陣地の兵士が着る迷彩服は、典型的によく見るような緑や茶色じゃなく雪景色に隠れるように欅の木のような白と灰色の色を基調とした物で、この時じいちゃんは敵の単独で行動している者かもしれないと最悪の可能性を踏まえて、そのままその白い影を追いかけました。


孤独


 降り積もる雪がもう膝上にまで達し、なかなか前へ進まないその歩行はどんどんと白い悪魔に距離を取られて行った。


 あ、「白い悪魔」とは当時、雪国用の迷彩服を着た兵士を指して言うんだそうなんです。

 白い影を見失って、その延長上線の先にはじいちゃんが最初に見たって言う小屋にたどり着いた。一応に人らしき者を見たことを報告にとも思い調達班の二人の小屋へ入ると、二人ともが顔色を失い真っ白に凍り付き息絶えていた。

 扉と窓も開け放たれていて、焚いていたであろう火も消えている。

 じいちゃんは何とかその場で火を再点火して、二人を火に近づけて蘇生措置をとるも、息を吹き返すことは無かったそうです。

 少し途方に暮れながらも、直ぐに隊長へ報告をしなければと思いたちまだ吹雪く中、隊長たちがいる次の小屋へと向かった。


 隊長と新人の小屋の中へと入ってみると、そこには新人だけが同じく凍って死んでいた。

 隊長はどこを見ても居ない。

 窓の外を見てみると、ひとり分の足跡がまだ残っていた。

 急いでじいちゃんはその足跡を追跡する。急がないと直ぐにこの吹雪では足跡すら消えてしまうから。

 もしかして隊長だけが敵から逃れたか、相手よりも先に見つけて追い詰めているかもしれないと。

 この時のじいちゃんは、他の仲間が凍結したという不審死に疑問を馳せる余裕はなかったそう。敵の正体も分からずに、ここは戦地。敵だという認識で動くことしか出来なかったそうです。

 足あとを追っている内に吹き荒れる吹雪は強くなっていき、瞬く間に足あとは消えてしまった。

 隊長のだと思われる足あとの行く先は森林が生い茂る方向へと続き、その先は最初に寄った見張り小屋の方向だった。じいちゃんは一旦、引き返して偵察班だった相棒の元へと戻った。

 すると、そこには誰も居なくなっていた。

 三人の凍結死体と、二人の行方不明・・・・・・

 じいちゃんは、一人寂しく、見張り小屋へと向かう事にします。


絶頂


 見張り小屋へと向かおうとしたその時、じいちゃんたちが居た小屋の玄関先に『白い者』が立っていた。

 じいちゃんは持っている小銃を構えて「フリーズ!」って、一応に知っている外国語で権勢するが、その対象は構わずに近づいてきた。

 微笑みながら、そしてゆっくりと、白い悪魔どころか『白い天使』が舞い降りてきたかのようだって。

 髪も肌も真っ白で、長身の美しい女性がじいちゃんの首に腕を回しクスクスと耳元で微笑みかける。

 一瞬でじいちゃんは恋に落ち、抵抗の「て」の字も出なかったらしい。今まで見た事も無い澄んだ青い瞳が空や海のように、全てを見透かしているようだった。

 見る見るうちに着ぐるみ剥がされ、一糸纏わぬ姿へとされる。

 しかし温かいまでもはいかないが、まるで”かまくら”の中に居るかのように、いや、”かまくらのスーツ”でも纏っているかのように周囲の風と言うか、空気が止まり凍える程ではなくなったそう。

 白の女性も、薄手の着物を脱ぎ一糸纏わぬ姿となってじいちゃんと馬鍬まぐわい出す。

 白の女性の鼻は高く、接吻時によく鼻先が当たるそうで、乳房も日本人離れした豊満さ。雪のように白い肌は薄明りには際立ち、雪のように冷たかった。

 奪われる体温が抜ける度に、絶頂感を味わう。

 どんどんと体温が抜けるその連続は、オーガズムが連続しているかのようにこの世の快楽が濃縮されていた。

 意識が遠のき、心臓がどんどんと鼓動の感覚が長くなっていくうような、しかし苦痛は無く、まだ絶頂は続く・・・・・・


 バァン!・・・バァン!!


 乾いた銃声が鳴り響き、じいちゃんは遠のく意識を呼び戻した。

「おい!大丈夫か?!」

 隊長の声が聞こえた。

 でも、それからはそのまま意識を失ってしまったんだって。

 そして、次に意識を戻した時にはもう補給部隊にタンカーで運ばれている状況だった。

 目の前には曇天から雪が優しく舞っている。

 朦朧と微睡む中で、またあの白い女性が空から見守ってくれているような、そんな、寒くて仕方が無い中でも芯に温かさを感じる。昨晩のような感覚でまた、昇天するかのように気を失っていった。


怨念


 そして・・・・・・

 隊長と、相棒の二人は行方不明のままだそうで、一時、捜索隊を編成し方々を探したそうなんですが行方は疎か死体すら上がらず、表向きは戦死として片付けられた。

 あの時、じいちゃんを助けてくれた銃声と声は本当に隊長だったのかどうか、今でも少し疑問に思うらしい。しかし、声は間違いなく隊長の声だったんだけど、後の調べで小屋にはどこにも弾痕は無く、薬きょうも無かったそうで、夢だったのか、それとも・・・・・・

 この時、生き残ったのはじいちゃんだけだそうで、その後の取り調べで全てを話したが誰も信じては貰えなかった。

 しかし、じいちゃんが野戦病院で入院中、何人かの隊長以下の三等兵クラスの仲間がやってきて、隊長と相棒の姿を見かけたという証言を聞かされた。

 それと同じくして、白い女も一緒に・・・・・・

 みんな口々に言うそのタイミングは、あの夜と同じく風と雪が吹雪く夜だそうで、視認も難しくなんとも要領は得なかったが、体験しその目で見たじいちゃんには確信があったそうです。

 そして、その戦争は日本が見事に勝利し、勝鬨かちどきを上げるその時にも何人かの日本兵が『白い女』を見たって言う人が現地で多発したらしい。

 更には、何人か捕まえた敵側の捕虜は外国語で

「女が現れて、みんなを殺していった。それが無ければ負けることはなかった」

 とまで言い放つ始末。

 誰もがただの負け惜しみにしか聞いていなかっただろうけど。


 これは、俺がこの話を聞いてから後で調べて聞いたことなんだけど、そのじいちゃん達が陣取っていた辺りには現地の皇帝だか領主だかなんだかの慰み者として妾めかけていた女中の何人か逃げ出したそうで、その人たちが隠れ住んでいた集落じゃないかって。

 その皇帝はめっぽうの色好き者で、国中から色んな種類の女性を集めていたらしい。達磨と言われる、手足を切り取り薬漬けにしたり、奇形な子や虚勢した男の子など・・・そして、異国の娘・・・・・・

 個人的な感想だけど、その白い女性やみんなはとっくに亡くなっていて、怨念、みたいなのが残りじいちゃん達と共に復讐をしたかったんだろうね・・・・・・


 その後、じいちゃんは下半身の凍傷が酷く、治らないまま戦地で亡くなりました。


 ・・・え?じゃあこの話は誰から聞いたんだって??それに、聞いた話にしては詳細な部分まで、まるで自分が体験してきたみたいだな??


 ああ、俺は、『ばあちゃん』に育てられたからね。

 だからほら、目も少し青く、肌も白いでしょ?

 後、ばあちゃんいわく、その時のじいちゃんの種が、間違いないらいしい。女性には分かるんだって。

 それに・・・ちゃんと、じいちゃんからも・・・なんならタイムリーに今もこの話を”聞いて喋ってた”よ?

 ほら、その窓の外。

 冬の、降り注ぐ「雪」と共に・・・・・・



~冬将軍と雪女郎~   了


いいなと思ったら応援しよう!