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第90回 東京優駿を終えて

今年もダービーがやってきた

今年もこの季節になりましたね。ウチの関係馬がこのレースにでて早、2年が経ちました。今回も私は上の方からレースを観戦してました。
出走関係ではないので8階や7階のある部屋にはいませんでしたから…まぁ、当事者ではないからこその余裕がありました。

ダービーの日は皆くる!

今回は以前の記事と違って出走関係ではないダービーの話をします。関係側の時の気持ちは過去の記事(以下参照)を読んでください。

ダービーの日は各馬主協会の役員様や長を始め殆どの馬主の先生がいらっしゃります。畏れ多くも私もその席でご挨拶などをさせていただきました。

今年のダービーはちょい悲しい

もう多くの人がご存知だと思うが、ゴール後に鞍上C・ルメールのスキルヴィング号が騎手下馬後に倒れ、心不全により亡くなってしまいました。とても悲しい光景でした。本来なら勝ったタスティエーラ号や鞍上のD・レーンには惜しみない賛辞と喝采を贈らねばならないのに、私は拍手をする手が止まってしまいました。
同じ頂きを願った人間としては恥ずべき、失礼な行為であったと反省しております。
 

馬を走らせる競馬とは

だいたいこのような事故があった後は「動物愛護」や「人間のエゴでなんたら」みたいな言葉が乱立します。
確かに、人間のエゴで彼らを走らせ、夢を背負わせていると言うのは紛れも無い事実でしょう。ですが、サラブレッドとはその為に命を繋がされている生き物なのです。もし競馬がなければ彼らの存在価値はなくなります。

お前が思う馬主って何ぞや?馬名に込めた思いとは?

自分が思う馬主ってなんだろう?馬主って競馬に対して何をしているのだろうか?ふと思ったのでこの際だからここに書き記そうと思います。あくまで自分の意見です。
馬主にできることって何があると思う? 結論なんもねぇんだよ。金出すだけ。それしかできない。ボクらの多くは騎手でも調教師でも厩務員でも牧場スタッフでもない。もちろん中には牧場主で馬主もいるよ。 だが、多くの馬主は馬の権利を「金」で買ってきたり、種付けて育成したりする所を運営するだけなんだよ。 つまり、何もできないのさ。出来ないけど、我々は金で馬を買い、必死になって考えてレースして、馬に夢を、余生の現実勝ち取るという傲慢な願いを背負わせて鞭入れて欲のために勝利を願う。 話は逸れるが、馬主なんかやってて天国に行けるとなんて思うなよ?絶対地獄に堕ちるからな?? だからこそ金以外にはね、感謝しかないんだよ。感謝だよ。馬に、人に、スタッフに、競馬場に、競馬会に、ファンに。 全てに感謝して、金を出して、己の欲望を満たし続けることなんだ。 だからこそ家族であって、息子であって、娘であって、命であって、半身であるんだよ。 ボクなんて初めての所有権得た馬がいきなり重賞馬になっちまったからかも知れないけど、本音を言えばウマ娘はおろか、競馬ゲームにだってその名前を貸したくなんてないよ。でもね?それじゃダメなんだよ。だってファンに感謝無くして競馬はあらず、さっきの章につながるが競馬無ければ経済動物のサラブレッドは存在価値がない。 そういうことなんだよ。だからね…どうか、その名前。登録馬名という願いを馬主含めてリスペクトし合えたら最高だなってボクは思うよ。

いつかはこの舞台に……

せっかくその資格を得ているのだから……いつかは自分名義だけの所有馬でこの舞台に立ってみたいなと思いつつ。今回は締めたいと思います。

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