「虹獣(コウジュウ)」3章:ルフゥ 8話:咆哮(ホウコウ)
難しさを痛感しながらも気持ちは慈善活動を成し遂げたい想いで一杯のルフゥであった。気持ちだけではどうにもならない、しかし気持ちばかりが逸るルフゥである。その理想と現実のギャップはルフゥの精神をより追い込み疲弊させていくのであった。疲弊した精神で悩み続けるルフゥは、悩みながら縄張りを散歩する事にした。悩みながらもいつもと違う違和感に気付く、気付いたのはある一匹の子猫に話し掛けられた時であった。
「今日は、ご飯ないの?」
そう問われて戸惑いつつもルフゥは平然を装うように答える。
「今日はないのだ…ごめんね…」
いつもなら近所の野良達が我先にとルフゥへと近寄って来ていた。今日は餌袋を持っていないからであろう、殆どの野良は餌袋を持っていないルフゥに用はなく、誰しもが近付く手間を省くかの様にひっそりと日常を過ごしていた。そんな損得勘定が解らぬ子供がたまにルフゥに話し掛けてはきたが、餌が無いと解るとガッガリとした表情を浮かべ去って行くのであった。
ルフゥは手痛い現実を思い知らされる事となった。餌を持っていない自分には価値がない、餌を持っていなければ存在する理由が無くなる、そんな仕打ちを受けた気持ちで一杯であった。今までルフゥに向けられていた笑顔も餌あっての事、餌への笑顔であってルフゥに対したものではなかった事、餌の無いルフゥには必要とされる価値が無い、その実感を思い知らせられ愕然とするルフゥであった。他の獣の為に尽くしてきたルフゥにとって、これはあまりにも酷な現実であった。自分も、自分に向けられる笑顔の為に餌を調達してきていたところもあるかも知れない。しかし、餌が無いだけでこうも態度が変わってしまうのか…。自分に向けられる笑顔は餌との等価交換、そんな虚しさにルフゥは今までの努力を否定された気分に陥っていた。
崩れゆくルフゥの精神、表出するルフゥの多重獣格。ルフゥは否定されたかのような気分に陥った事により、自我が情緒不安定になり出していた。リルトの時は生き抜く事に困り果てた故に、その多大なストレスが生きる為に適したドグマを新たに作り出した。ドグマの時は生き抜く事に特化し過ぎていた為に、我儘で貪欲、純粋で狡猾な自分を制御する為にルフゥを新たに作り出した。ルフゥの時は自制に特化し過ぎていた為に、生真面目で自己犠牲的であり生きる術を見失うようになっていた…。そう、今ルフゥを助ける獣格がいないのである。助けが無いルフゥの心は日に日に荒んでいった。やがて生き抜く為にドグマの獣格がメインを務めるようになっていた。生きるとは?喰らうとは?死ぬとは?自問自答しながらも、自己の生存に重きを置いたドグマに付き従う獣はおらず、ドグマを慕う獣もおらず、犬や猫から煙たがられる存在になり果てていた。そんな状況を省みずに、ただひたすら生き抜こうとするドグマは、生き抜く為に無我夢中で禁忌としていた養鶏場の鶏を喰らい尽くすようになっていた。精神不安定であったドグマに鶏の死体の始末などまで頭が回るはずもなく、やがて養鶏場の主によって警察に通報されてしまい、ドグマは人間からも追い詰められる日々を迎える事になっていた。
養鶏場の警戒が高まった事によってドグマは生き抜く術を失いつつあった。養鶏場に密かに近づいても人が監視をしていて鶏を捕獲出来ない。牙を刺し込むあの感覚が味わえない。ドグマは空腹による不安定な精神状態により、牙を刺し込む感覚を懐かしく思い、妄想に耽るようになっていた。張りのある皮を牙で刺し込む…プズッと入り込む牙の先端、同時に滲み出てくる血の味…。暴れる獲物の生命を削り取っていく高揚、時に激しく暴れ獲物の爪がドグマの体を傷つける、その傷がドグマの精神を揺さぶり更なる高揚を生み、刺し込んだ牙をより深く突き立てていく。やがて弱り始めた獲物はドグマにその生命を預けながらも本能的に抵抗を諦めない。しかし、その抵抗も当初の抵抗ほどの激しさはなく、まるでじゃれているかのような抵抗になり、その弱々しさがドグマの優越感を刺激しドグマの脳を酔わせていく…。
酔い痴れながらも衰弱していくドグマは夢心地の中、妄想により現実と夢の境界線が解らなくなり漁られ果てたゴミ収集所にて眠りこけるのであった。そんな野良猫を人間は迷惑な獣として捕獲していく…。ドグマは保健所の人間によって檻に入れられる現実を受け入れさせられるのであった。リルト、ドグマ、ルフゥの混迷が始まるのである。
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