「虹獣(コウジュウ)」6章:タウォ 7話:蒸気(ジョウキ)
ルノアから冷たい対応を受けたタウォは、激しいショックを抑制する為に冷酷な状態になる事で心を落ち着かせようとしていた。
「わらわが誤っていた…。そこまで歪んでしまったルノアには厳しい躾けが必要なのじゃ…」
そう言いながらタウォはルノアを捕まえる為にヘドロ状の触手を伸ばしながら、抑制し切れない憎悪により自身の腐敗した体から腐臭のするガスを発するのであった。腐臭に気持ち悪さを感じながらもタウォの攻撃を避けるルノアが呟く。
「こいつ…どう倒せば!?」
タウォの攻撃を避けているだけでは事態は良くならない。しかし、生物と思えないタウォの姿に弱点はあるのかどうか?下手に攻撃しようものなら逆に捕まってしまうのではないか?そんな懸念からタウォの攻撃を避けるだけに止まるルノア。
「これならどうじゃ…?」
そう呟いたタウォは、嘗てルノアにプレゼントしようとしたネズミを取り出し、ルノアの前で動かしてみせたのであった。
「今更ネズミなど!!」
成熟したルノアはネズミには気を留めず、その隙にタウォの背後へと回り込み一撃離脱で様子を見ようと試みるのであった。タウォの背後を取り左前足を伸ばして爪で引っ掻こうと飛び掛かるルノア、突然目の前に現れたパラの姿。驚き叫ぶルノア。
「なっ!?」
「水と木を融合させ…」
パラにそっくり似た物質を作りルノアを驚かせたタウォは、ルノアの驚き叫ぶ声に合わせながら呟くと同時に、タウォの背後と思っていた部分から勢い良くツルが伸び出しルノアの足と体と首を捕捉するのであった。
「これは愛ゆえの躾けなのじゃ…。わらわも苦しいのじゃ…」
タウォはそう言いながらルノアの反応などお構いなしに、ツルでルノアの足と体と首を締め上げるのであった。締め付けられる苦しさから逃れる為に何とかツルを振り解こうと暴れるルノア、暴れれば暴れるほどに食い込んでいくツル。食い込み締め付けられる力によって、ルノアは暴れられるほどの力を失い意識を朦朧とさせていくのであった。
意識が朦朧とし薄れていくルノアに内からの声が聞こえる。
「ルノア、起きて。まだ諦めてはダメよ。起きて」
蘇生を担当していた獣格イレスの声である。
「イレスさんか…。私は何だか眠いのです…」
薄れゆく意識の中、窒息死しそうな苦しみを眠さと誤認するルノア。
「あなたの中には、まだルフゥとドグマとリルトが居るのよ。諦めちゃダメよ」
落ち着いた獣格であるイレスが強くルノアを励まそうとする。
「…、ルフゥ…、ドグマ…、リルト……。リルト…私の原点……」
朦朧としながら呟くルノア。
「そうよ、うち達はリルトを活かす為に、より良く生きる為に生まれたのよ、諦めちゃダメよ」
イレスは朦朧とするルノアを励ましながら話を続ける。
「タウォは悲しい存在ね、でも同情していたらこちらがやられるから同情は禁物ね」
「タウォには恐らく前後左右という概念がないわ。でもあれだけの大きな体を動かすにはどこかに核となる存在があるはずよ。その核を探して壊すのよ」
生物には心臓があるように道具には電池があるように、タウォにもタウォを動かす何か核のようなものがあるはずとイレスは推測を立てるのであった。
「しかし…、この状況…。どうすれば……」
イレスの声に反応しながらも弱気な態度を示すルノア。
「自分に任せて下さい!」
内なる声、ルフゥの声が聞こえたかと思うと同時にルフゥの姿へと変わり、追い詰められた事で普段以上の力を発揮し、少し緩んだツルの隙を衝いて左前足と顔を近付け、左前足のツルを噛み切り首元のツルを掻き切り、残りの拘束された部分のツルも掻き切るのであった。
「なっ…!!リルトは酷い反抗期なのじゃ!!」
絶対的な優位性を自覚していたタウォは拘束が解かれた事に動揺し、あくまで責任は相手にあるという姿勢を崩さずにルフゥとなったリルトを責める。
「世迷い言を!!」
タウォの独善的な姿勢に怒りを叫びながら、核を探す為にタウォへと勢い良く接近しようとするルフゥ。
「水と土を融合させ…」
勢いに驚いたタウォはそう呟くや接近するルフゥを土壁によって阻害し、
「水と金を融合させ…」
ルフゥに向かって高圧力の水鉄砲を発射するのであった。土壁に阻まれ水鉄砲を直接視認出来ていなかったルフゥであるが、空気の微かな振動を察知し違和感を覚え咄嗟に後方へと跳ね下がる。しかし、発射されレーザーのように鋭くなった水はルフゥの左目を傷付けるのであった。
「ちっ!」
左目に痛みを感じ短く叫ぶルフゥは、流れ出る血によって左側の視界を奪われ出すのであった。
「わらわに反抗するのは悪い事じゃ…。躾けには体罰が必要なのじゃ…。これはわらわの愛なのじゃ…」
一方的な気持ちを昂らせたタウォはルフゥの反応など気にもせず、躾けや体罰と自己正当化で自身を納得させながら、虐待を強めていくのであった。
「水と火を融合させ…」
反抗された怒りにより、なぶりたい気持ちに駆られたタウォは、石油を撒き散らし廃棄物を混ぜ合わせて発火し、ルフゥを包囲するように炎を燃やすのであった。
「獣が火を怖がる事は知っておるのじゃ…。厳しいほど躾けになるのじゃ…」
力で強引に従わせる事を躾けだと大きな勘違い思い込みをしているタウォは、ルフゥが焼け死ぬ危険性すら意識せず、石油を炎の内側へと継ぎ足し炎の包囲網を段々と狭めていくのであった。
「ちぃっ!炎とは…!!」
ヘドロ状の暗い色合いなタウォと対峙していたルフゥは、突然の燃え盛る炎により視界が激しく明るくなった事に戸惑いを感じるのであった。
「獣では炎に太刀打ちできないじゃろう?大人しくわらわの言う通りにするのじゃ!」
今度こそは屈伏させたと思い込み意気揚々と満足気に語るタウォ。炎に包囲されこのままでは焼け死ぬ危険性を感じつつも、炎は高く燃え上がり燃えている範囲も内からでは解らぬ為に、炎を走って突破する事も跳ねて飛び越える事も出来ず、左目の傷により視界が狭まっているルフゥは焦り戸惑いを激しく抱くのであった。
迫りくる炎により息苦しさを感じ呼吸困難を醸し出すルフゥ。
「俺に任せろ!」
内なるドグマがそう叫び姿はドグマへと変化しながら、炎の壁をタウォの声がした方向へと突っ切るのであった。屈伏させたと安心しきっていたタウォは炎の壁から現れたドグマに驚き、咄嗟に上手くいった手段であるパラに似た作り物をドグマの前に差し出すのであった。
「俺がパラと愛し合っていた訳じゃねえぜ!」
そう叫びながらパラに擬態したタウォの一部を咬み砕き破壊したドグマはタウォに肉薄するほど接近する。炎の壁を通り抜けた事により衰弱したドグマは、
「リルト!オマエはもう弱くはない!後は任せたぜ!!」
そう叫ぶと同時にドグマの姿はリルトへと変わり、基本獣格となるのであった。
ルノア、イレス、ルフゥ、ドグマ。それぞれの体験を糧に新生したリルトは、タウォに肉薄したまま周囲を素早く動き核を探し続ける。
「わらわを倒したところで誰もリルトを認めてはくれない!人間は歴史を遺し、後世の人間は先人を称えた。獣は歴史を遺さず、誰もリルトの行いなど見てはいない!リルトだって迫害されてきたのじゃろう!」
打つ手が思いつかなくなったタウォは、咄嗟にリルトへ共感を求める。
「嫌な人間、嫌な獣も沢山いた…。けれど、好きになった人間、好きになった獣もいた。そして、そのもの達と過ごした場所…。ただ、その光景を護りたい!」
リルトはタウォへの憎しみよりも、好いたもの達との想い出を強く意識するようになっていた。数々の躾けと称した虐待を突破された事や共感も得られなかった事により激しく動揺し弱気となるタウォ。
「ち…違うのじゃ…。わらわは…ただ…。リルトに愛して欲しかった…承認されたかったのじゃ…」
弱気になったタウォが小さく素直に呟くが、必死になっているリルトにその声は届かない。リルトは動きの無くなったタウォに違和感を覚えつつも、突然の攻撃を警戒しながらタウォの周囲を機敏に巡り核を探し続ける。
「リルト…どこを見ているのじゃ?わらわはここに居るのじゃ…、ここにいるわらわを見て欲しいのじゃ!」
核となる一滴の雫であるタウォは、なかなか自分を見てくれないリルトにもどかしさを感じ、自ら弱点である核をリルトの前に曝け出すように移動していく。全体的には動かなくなっていたタウォのほんの微かな一部分の動きを鋭敏な感覚により察知するリルトであったが、左目から流れる血により視界が奪われ視認出来ずにいたのであった。
「リルト!何をしているのじゃ?わらわはここに居る!ここに居るのじゃ!」
タウォはリルトがなかなか自分を見てくれないもどかしさを募らせ、リルトが自分を見つけやすいようにと、視界の塞がっていない右目側へと移動し、純粋な一滴である自身をリルトの前へ露にするのであった。
「そこかっ!!」
タウォの気持ちは露知らず、ようやく核を見付けたと思ったリルトは、タウォの核へ向かって伸ばした左前足を振り下ろす。
「リルトがわらわを見てくれた!…、わらわは……」
リルトと目線の合ったタウォはただただ感激し、次の瞬間自身である核をリルトの爪によって掻き消されるのであった。と同時に核が壊れた事により牛四頭分程度の死骸や廃棄物がリルトへと崩れ掛かり、リルトは瀕死のダメージを被うのであった。
還っていく。還っていく。皆と一緒に。
還っていく。還っていく。新たな場所へ。
還っていく。還っていく。母なる下へ。
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