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「虹獣(コウジュウ)」3章:ルフゥ 5話:心蝕(シンショク)

 食糧奪取に失敗したルフゥ達は食糧調達場所の分散を図る事にした。分散させ縄張りを作り食糧調達の安定度を高める。そうする事で安定した食事が取れ定期的な食糧供給が可能になると考えたのであった。しかし問題点はある、食糧調達の安定度を高めるまでの間の食糧をどうするか?である。
「まずいですが、虫でも食べますか…」
ルンテがそう呟く。
「虫だと!?虫…か…」
ルンテにしてみれば妥当な提案であったが、ルフゥの反応に戸惑いを感じていた。ルンテは一匹で生きていた時にはよく虫を捕まえて食べていた。他の獣でも虫を食べる獣はたくさんいる。虫を食べるという事は人にとってみれば米やパンを食べるようなものである、その当然な事へのルフゥの反応、ルンテは戸惑いと同時に自分の提案の何がいけなかったのかと萎縮して考え出してしまった。そんな様子を察しまずかったと思ったルフゥは、
「虫は…まずい、だから止めておこう…」
そう静かに言い聞かせるように、そしてやや懇願するようにルフゥはルンテに伝えた。ルンテは何か怒られでもするのかと肝を冷やしていたが、ルフゥの言葉にほっと胸を撫で下ろし安心するのであった。そんな二匹のやりとりをぼんやりと眺めるウェンス。ウェンスはただただお腹を空かし、ぼんやりと食事の時間を待っていたのであった。そんなウェンスの様子を見てルフゥは一つの選択をする、養鶏場へ行って鶏の餌を横取りする案であった。ルフゥにとって出来れば近付きたくはなかった養鶏場であったが、背に腹は変えられず今日の食糧の為に意を決して行動するのであった。食糧の備蓄はまだ相応にあった、あったが備蓄は備蓄として確保しておきたいルフゥであった。

 闇夜に紛れ養鶏場へと進む三匹の獣、ルフゥ、ウェンス、ルンテ。ウェンスとルンテの両名は食糧が食べ放題だとルフゥから聞かされ勇んだ気持ちで歩を進めていた。そんな両名とは対照的に歩の進みが重いルフゥ、養鶏場への深い嫌悪感がルフゥの歩の進みを遅らせていたが、単独ではなくウェンス、ルンテを引き連れての事である。ルフゥはなるべく嫌な事を考えないようにしながらリーダーらしく二匹を引率して歩を進めて行くのであった。養鶏場へと辿り着き周囲を警戒するルフゥ達、何も物音はせず鳴き声もせず、そのままの状況が維持されるのかどうかという不安を抱きながらルフゥ達は中央部へと進みゆく。が、中央部に進み着いても静寂は変わらず、物音も鳴き声も聞こえず、ルフゥ達の独壇場であった。
「野生の心を忘れたものは、こんなものか!」
ルフゥは安心をしきっていた鶏達に憤りを強く感じていた。と同時に情けなさも感じていた。人間によって作られたシステム、家畜。来る日も来る日も餌を食べるように促され、自らの足腰では立てぬようになる鶏もいる。餌の心配をする必要はないが飼育された結果に待っているのは確実なる死である。人間に喰われる為に飼育され餌をたっぷり与えられ肥えさせられ、終いには屠殺されていくのである。しかし、この鶏達は今しか見えていない、今が平穏であって餌をたっぷり食える事に満足しきっていた。たっぷり食べた結果どうなるか?人間のそばで生きるという事はどういう事か?そういった事への関心がまるでない、欠如し家畜に成り下がってしまったもの達。そういった人間の狡猾さや、利用され続けられる鶏の境遇が解るが故にルフゥは憤慨するのであった。憤慨しつつも当初の目的通り鶏の餌を奪おうとするルフゥ、左右に目をやると既にウェンス、ルンテの両名は食べ始めていた。そんな両名の姿を見て心を落ち着かせたルフゥも鶏の餌を食べ始めるのであった。しかし、食べ始めてすぐに気付く視線、餌を食べるルフゥを見詰める鶏達の沈黙の視線、その沈黙が故にルフゥは恐怖した。なぜ、沈黙なのか?人間によって作られた偽物の平穏に甘んじているから?否、隙を見て一斉に復讐を果たそうとしているから?復讐される?ルフゥは嘗て若い頃に食べた鶏への罪悪感が体内に蘇り、その罪悪感がルフゥの脳を染めていくのであった。
「家畜風情が!」
思わずそう叫んだルフゥ。その叫びに驚くウェンスとルンテ。驚いたウェンスとルンテの様子など気にも留めず錯乱していくルフゥ。ルフゥの脳は罪悪感によって染め尽くされていった。その罪悪感がルフゥに幻影を見せる。鶏達に、家畜風情に喰われるルフゥ自身の姿である。喰うか喰われるか、生か死か、全ての生き物に通じる大きな問題である。家畜風情に喰われる事など甘受出来ぬ気持ちのルフゥであったが、自らが生み出す幻影は絶えず自分を襲ってくる。消えない幻影、迫りくる鶏の群れ、
「自分が何をしたっていうのだ!?」
ルフゥは必死に幻影を追い払おうとする。しかし、すればするほど鶏達への意識は高まり、高まる意識がより現実味を帯びた幻影を作り出す。そんな悪循環にはまり込んでしまったルフゥは、現実のものへと接触する事によって幻影を振り切ろうとする。無我夢中でルフゥは叫ぶ、
「ウェンス!ルンテ!喰うのを止めろ!復讐されるぞ!!」
ルフゥのフラッシュバックによるパニック、ルフゥが提案した食糧確保への否定、ウェンスもルンテもルフゥが何を言いたいのか、何をしたいのかが理解出来なくなっていた。そんなルフゥを心配しながら見守ろうとするウェンスとルンテの気持ちなどお構い無しに、錯乱し続けるルフゥは一匹で何かと戦うような素振りで暴れるのであった。暴れるルフゥを落ち着かせようと近付くウェンスとルンテ、しかし近寄る二匹を鶏と勘違いし、
「来るな!来るなー!死ね!消えろ!」
そう叫びながら近付くウェンスとルンテを攻撃するルフゥ、しかし錯乱した状態のルフゥの攻撃は空を切りウェンスとルンテには当たらなかった。当たらなかったがルフゥの攻撃に驚いて間合いを取るウェンスとルンテ、幻想が離れたのを見てもう一押しだとより暴れるルフゥ。暴れ続けたルフゥは気分が悪くなり吐気をもよおし嘔吐する…せっかく食べたものを吐いてしまったのは飢えたルフゥにとって手痛い行動であったが、吐いた事によってある意味スッキリしたルフゥは冷静さを取り戻すのであった。
「ウェンス、ルンテ…そろそろ帰ろうか…」
冷静さを取り戻したルフゥは再び幻影に襲われぬように、そう両名へと促すのであった。促されたウェンスとルンテは、もう十分に餌を食べていたせいか、ルフゥの錯乱に驚いていたせいか、はたまた両方か…黙って頷き棲み処へと帰るのであった。棲み処への帰り道はルフゥが先頭を歩き、ウェンスとルンテは五、六歩離れた後ろを歩いていた。その距離がウェンスとルンテの心境を物語っていた。ルフゥがまた錯乱して攻撃してこないだろうか?そんな不安にも増してルフゥの独裁的な言動に反感を抱き始めもしていた。そんな二匹の心境を察しつつも何も対策の取れないルフゥ。対策云々よりもルフゥの意識はフラッシュバックした鶏への事、生きる為には何かを食べ続けなければいけない事、その為には何かを犠牲にし続けなければいけない事。何かを助ける為にも何かを犠牲にしなければいけない。ルフゥは答えの出ぬ問いを考え続ける事に精一杯であったが、そんなルフゥの心境を知る由も無い二匹はルフゥとの確執を深めていくのであった。やがて棲み処へと辿り着くルフゥ達、ルフゥとウェンス、ルンテの両名は距離を取って寝にへと入るのであった。ルフゥは二匹との距離感が出来てしまった事、それ以上に鶏達の幻影、何かを食べて生きる事、何かを助ければ何かが犠牲になる事、そんな幾多の問題に頭を悩まし寝付けないままの夜を過ごした。



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