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「虹獣(コウジュウ)」4章:イレス 1話:無気(ムキ)

 高き理想を深き現実により思い知らされたルフゥは、その現実に打ちのめされ生きる気力を失い始めていた。生き抜く術を人間によって削ぎ取られたドグマも同じく生きる気力を失い始めていた。彼らに比べ唯一リルトだけがいくらかの気力を保っていたが、狭いケージの中は何の楽しみもなく、そのリルトまでが気力を失い始めようとしていた。

 ルフゥがぼやく。自分は動物達が日々幸せに笑顔で過ごせる環境を作りたかっただけなのだ。それなのに、人間達は自分達の事しか考えていない。動物達の幸せは人間達に都合良く握られてしまっているのだ。人間達の利己を満たす為に利他的な動物達は利用され続けている。この動物は可愛いから愛玩用、この動物は美味しいから食料用、この動物は働き者だから使役用…。この動物は害をもたらすから害獣…殺処分。なんと身勝手な事か!そんな人間達の独裁的な支配から自分達は独立したかったのだ!独立の想いは高望みだったのであろうか?理想が高過ぎたのであろうか?独立ならずともせめて共存・共生が出来ていれば…。しかし、仲間となるものが同じ理想を持ち合わせていなければどうにもならん。彼らに気概がもっとあれば何かが変わっていたかも知れないのに…。結局のところあれでは…無駄に殺されて…。シガールに付き従ってそれで幸せだったのか?満足だったのか?一時の選択が無残な最期を迎えただけではないか!……いや…、自分も悪かったかも知れない。自分は動物達の笑顔を心から求めておらず、自分に向けられる笑顔を求めていたところがある。そんな心が行動にも表れ彼らの心に不信感を植え付けていってしまったのかも知れない…。自分は他の動物達から認められたかった、生まれてきた意義を感じたかった、同時に自分が感じた苦しみを社会的に改善したかったのだ。だが、現実の壁は厚く冷たかった。何かやり方が悪かったのかも知れない。どうすればうまくいっていたのであろうか?うまくいかせる方法はあったのであろうか?成し遂げられなかった熱い想い、虐げられた深い悲しみ怒り、想いは溢れるのに…それなのに…それなのに…。

 気力を失ったルフゥに代わりドグマが叫ぶ。貪る事、欺く事、屠る事、全ては自然の摂理だ!俺は自然に従って貪り、欺き、屠っていただけだ、どの生物も生存の為にやっている事ではないか!特に人間達は飽くなき欲望をさらけ出し食を求め、必要な分以上を貪ろうとし結局のところ食べ物を廃棄処分して生命を無駄にしている。牛、豚、鶏などを始めとした動物を家畜と呼び幸せを与えるフリをしながら、その実は彼らからいかに効率良く搾取し欺くかを考えている。彼らは死ぬ時になってやっと気付くのだ、人間が俺らに幸せを与えてくれていたのではなく、食料として利用され続けていた存在なのだと!その狡猾な人間達に比べれば獣の行動など、俺の行動など純粋たるものではないか!それなのに人間達は野生で暮らす動物達を尊重しない!人間達の営みを少しでも阻害しようものなら害獣と評され殺処分されてしまう。なぜ、動物ばかりが食われ殺処分される対象になるんだ?害があるという観点からすれば人間達の方がよっぽど幾多の生物にとって害のある生き物ではないか!その人間達は食われもせず殺処分もされず悠々と幸せを謳歌し日々を暮らしている。狂ってやがる!奴ら人間達は自分達の幸せの為に森林を切り拓き俺ら獣の住処を横取り占領し、挙句の果てには餌不足に陥らせ、たまたま人間達に占領された住処へと歩み入るとたちまち害獣と叫ばれ殺処分される。それどころか、奴ら人間達は残された数少ない山林にわざわざ侵入してきて獣を殺しにやってくる。狂ってやがる!狂ってやがる!奴ら人間達に比べれば俺の狂い様など正気の範囲内だろうが!家畜である鶏を屠っていただけだ!酔い痴れながら鶏の旨みを味わっていただけだ!何も鶏何万羽を虐殺した訳ではない、何万羽もいる内の数羽を屠っただけではないか!それだけで人間達は俺ら獣の生存を脅かすような対処をしてきやがる!ちくしょう!ちくしょう…

 気力を失ったドグマに代わりリルトが呟く。僕は…僕はね…。ただ楽しく毎日を笑顔で過ごしたかったんだ。四八の温もりを受けながら、母犬の厳しい愛を受けながら、自由奔放に毎日色々な生き物とじゃれあって、色々な所に探検に行って、毎日を楽しく過ごしたかったんだ。それなのに四八も母犬も僕を置いて遠い所へと行ってしまった…逝ってしまったんだ…。僕を一匹残して…。一匹になった僕はどうすれば良かったの?獲物を捕らえる練習なんかしていなかったんだよ、どうやって生き抜けば良かったの?助けてよ…四八…、教えてよ…ママ…。僕を一匹にしないでよ!僕は一匹で寂しかったんだ、とてもとても寂しかったんだよ?四八やママと一緒に暮らした日々がとても嬉しく幸せだったんだ。嬉しく幸せだったからこそ寂しさが色濃く僕の心をえぐってきたんだよ。どこへ行っても四八はいない、どんなイタズラをしてもママは僕を叱らない。僕は本当に一匹になってしまったんだ。行く当てもない、生きる術も知らない、心の居場所がない。そんな時に僕の中から新たな彼が生まれて、彼は名前をドグマと言った。

 ドグマはとても強かった、生きる事、生き抜く事に特化した獣格だったから。僕は自分に少しずつ自信が持てるようになっていた、その反面自分に嫌悪感を憶えるようにもなっていたんだ。ドグマは生きる為なら何でもしちゃうんだ!でも生きる為には何でもしなくちゃ生きられない状況でもあったんだ。僕はどうしたら良いのか解らないまま、ドグマの内からドグマの行動をただただ眺めているだけだったんだよ。でも、眺めている内に段々と嫌悪感が罪悪感へと変わっていき、募る罪悪感はドグマの精神を内部から蝕んでいったんだ。彼の破滅への足音がもうすぐそこまで近付いてきていたんだ。ドグマは狂い始めていた、自らの尾を食べてしまいそうなほどに。僕はドグマの内から必死に助けを求めたんだ、どうかドグマを…どうか僕を助けてよ!そんな時に生まれた新たな獣格がルフゥだった。

 ルフゥは格好良かった、自分だけの生だけではなく他の動物にまで食糧を分け与え慈善活動を盛んに行っていたんだ。自分の食い扶持を減らしてでも分け与えようとする姿に感じ入り慕う動物も多かったんだ。しかし、ルフゥは生真面目で完璧主義過ぎたんだよ、後は自分に向けられる笑顔を求め過ぎていたんだ…。ルフゥの内にいたからこそ良く解るんだ、ルフゥの心身が徐々に疲弊していくのを…。思うようにいかない苛立ちを周囲に振りまいてしまった事を。精神が不安定になるにつれルフゥはおかしな行動が見え隠れするようになってきたんだ。

 そして、シガールとのやりとり、あれが精神崩壊への始まりだったんだ。初めて気付かされた猫という性、欺瞞が見え隠れする慈善活動。僕が抱いていた母犬という見本、僕が想い描いていた利他的な慈善。全ては勘違いと妄想により行っていた事のようにすら思え、ルフゥを助けるべく僕もドグマも表に出て行ってしまったんだ。それから僕達は少し共存するようになったんだ。しかし、しっかりと統合された獣格ではなく、皆が皆バラバラに動きまくってしまい、どうにもこうにも収集が付かない状況にまでなってしまったんだ。そして、ついにはウェンスやルンテを始めとし多くの動物から愛想をつかされるようになってしまったんだ。気力を失ったルフゥに代わり生きる事に特化したドグマが主導権を握る事になった、ルフゥも僕も疲れ果てていた、それはドグマも同じ事だったんだ。そんな状態でも生き抜く為に必死だったんだ、けれどもこうして狭いケージに入れられてしまった…。何の自由も…何の楽しみもない、この狭いケージの中に!どうして…?どうしてさ…。何かに頼りたい何かに甘えたい、そんな強い想いがリルトに新たなる獣格を作り出す。女性獣格…雌獣格のイレス誕生である。



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