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「虹獣(コウジュウ)」6章:タウォ 3話:吸収(キュウシュウ)

 小さな虫達を吸収する事によって幾らかの力と体の大きさを得たタウォは、より大きな力を得るべく邁進するのであった。大きくなったタウォは思い切って水辺から揚がり、陸地などに生息する中型や大型の虫を吸収する事をし始めるのであった。

 ある時は地中より這い出てきたミミズを捕らえ自らの肉体へと取り込む。タウォの体の中でのたうち回るミミズ。その刺激がタウォに生命を吸収する事への快感を醸し出し、やがて大人しくなったミミズはタウォへと完全に取り込まれていくのであった。ミミズはその性質からかタウォの中にある不純物や闇を浄化する役割を担ってくれており、それに気付いたタウォは積極的にミミズを自らの体内へと吸収していくのであった。

 またある時は高く鎌を構えたカマキリと対峙する事もあった。カマキリは得体の知れないタウォに対し鎌を大きく掲げ臨戦態勢を取るのであった。虫相手には有効な鎌であっても、水である自身に対しては役に立たぬその武器を大きく見せようと必死に威嚇している姿に、思わず失笑しつつもカマキリに向かってじわじわと距離を詰めて行くのであった。カマキリは緊張感を保ちながら冷静に自身の射程距離を計っており、射程内に入ったタウォに対し素早く攻撃を仕掛けるのであった。左右の鎌を二連撃によって振り下ろしタウォを攻撃するカマキリ、しかしその攻撃は虚しく空を切り逆にタウォの吸収への手助けをする結果を招くのであった。タウォの体内でもがき苦しむカマキリ。しかし、どうする事も出来ずにやがてカマキリは息を引き取り死を迎えるのであった。
「んふふ…、このものの鎌は使えるかも知れない…」
そう呟いたタウォは積極的にカマキリの鎌を求めて、カマキリ吸収を実行していくのであった。

 またある時は長年の時を地中で過ごし這い出て来たばかりの蝉をターゲットにするのであった。そなたらは陽の目の当たらぬ場所で長年の自慰的な雌伏を過ごし、いざ飛び立ったところで短命の生を終える。そんな生き方に何の意義があるのだろうか?せめて私が有効活用して進ぜよう。そう呟いたタウォは来たるべき脱皮の時期を待っている無抵抗な蝉達を吸収していくのであった。
「無抵抗過ぎて吸収する快感が味わえないではないか…。まぁ、大型の虫だ…、私の体を大きくする為には良き獲物であろう…」

 またある時は空中を自由に飛び回る蜜蜂の群れに遭遇した。初めて見るタウォという異質な存在。自然に警戒態勢を強める蜜蜂達。ラウ、イウの跡を継いだシウが全体に対して警戒令を発する。
「今までに遭遇した事のないもの相手ではあるが、コロニーを死守する為にも我らは毅然として彼のものに対抗しなくてはならない」
「我らの武器は集団性、それをもとにした球円陣、自死を問わない毒針がある。スズメバチですら追いやった我らの力量を信じるのだ!各隊、かかれ!」
シウの号令の下に各隊の蜜蜂達がタウォを巧みに包囲し距離を詰め様子を見計らい一斉になってタウォへと襲い掛かる。襲い掛かられたタウォは一見不利のように見えていたが、獲物が相手から飛び込んで来てくれるとほくそ笑んでいた。タウォを包囲し球円陣に陥れ熱死させようにも、変幻自在な性質を持つタウォの前には成す術もなく、ただイタズラにタウォの吸収の手助けをするだけになっているのであった。業を煮やし始めた蜜蜂隊は自死覚悟で毒針をタウォへ刺し込もうとするが、水故の柔軟性によって効果は得られず接近した蜜蜂達はタウォによって糧とされていくのであった。味方の蜜蜂達が次々に死にゆく現実を目の当たりしたシウは感情を昂らせ、味方の蜜蜂達に指示を出し槍状の陣形を組むのであった。
「敵は手強い!しかし、むざむざとやられる訳にはいかない!コロニーの安泰は我らの踏ん張り次第だ!彼のものに雷鋒陣を以って突撃する!一匹でもいい、彼のものに致命傷を与えるのだ!吶喊!」
シウは味方の態勢を整えさせつつ、陣形を包囲から突貫態勢へと変化させ、自らが陣頭に立ちタウォへ向かって特攻を仕掛けるのであった。
「むふふっ…、愚かものの考える事は、愚かな結果しか生まない…」
蜜蜂達の対応を観て、その判断の甘さにタウォはそう呟きながら自らの体をドーナツ状へと変化させ、蜜蜂達の一点集中攻撃をかわしながら後方の蜜蜂達を包み込むように吸収する。
「あははっ…、自ら私の糧になってくれようとはな…」
タウォは自分に向かってきた蜜蜂達を吸収しながら、愚かなもの達を嘲笑しつつも自分の思惑通りに凌辱出来る事への快感を味わいつつ、抑圧の移譲を突き付け無意識にストレスの解消を試みるのであった。
「くっ…!私達の突撃がかわされるとは!」
タウォへの突撃後に後方を振り返ったシウは、事態がより悪化してしまった事に愕然を覚えるのであった。
「んぅ…、各隊、コロニーに撤退せよ!攻撃は彼のものの思惑に乗せられてしまう、コロニーに撤退して防衛に専念するのだ!」
そう仲間の蜜蜂達に伝えながらシウは殿を務め、タウォの追撃に備えるのであった。撤退する蜜蜂達を幾多の吸収した虫達を引きずりながら追い掛けるタウォ。
「んむはぁ…、逃げろ逃げろ…、どの道逃げ場は無いというのに…。んふっ…、そなたらの選択が私の狩猟本能を刺激し高揚させてくれる…」
そう呟きながらタウォは、ずるりずるりと吸収してきた虫達を引きずり蜜蜂達のコロニーへと迫り来るのであった。
「ちっ…、彼のものは諦めてはくれないようだ…。各隊、蜂円陣を布き付け入る隙を与えるな!敵の攻撃を逆手に取り劣勢を挽回するのだ!」
そうシウは蜜蜂達に号令を掛けると各蜜蜂達はコロニーを覆うように円のような球のような陣形を組み出すのであった。球円陣と似て異なるこの陣形は、球円陣が攻めの為の包囲であるとするならば、蜂円陣は守りの為の密集であった。
「よし!蜂円陣は整ったな。後は彼のものの出方次第だ…。彼のものが一部を伸ばし攻撃を仕掛けてきた場合は、そこを集中的に叩け!同時に隙あらば各隊を四部隊に分け、包囲効果を得つつも果敢な突撃によって突破口を開くのだ。各隊、心せよ!」
蜜蜂達の思惑を読み切ったタウォは敢えて蜜蜂達の策に嵌ったフリを演じ、自身の体の一部を伸ばして蜜蜂達に襲い掛かろうとする。しかし、その伸ばした先にあるのは先程吸収したばかりの同朋である蜜蜂達の死骸であった。
「た、隊長!これでは攻撃出来ません!」
一兵卒であった蜜蜂が思わず声を挙げる。タウォに吸収され死骸となった蜜蜂であっても、今の今まで伴に過ごしてきた仲間である。例え自分達を脅かす敵を倒す為と言っても、同朋を攻撃する事に大きな躊躇を示す蜜蜂達であった。
「ひるむな!嘗ての同朋と言えども死してしまった事は現実だ。彼女らの犠牲を無駄にしない為にも、私達にはコロニーを守る責務がある!」
「彼のものは攻撃に転じている為に、左右両翼と上空からの地点に隙がある。彼のものの攻撃に対応している以外の蜜蜂達は三隊に別れ、各所より彼のものへと突撃を仕掛ける!」
「各隊、私達の生存を掛けた重大な選択である事の重みを実感せよ!女王とコロニーさえ護れれば我らの勝利である!」
シウはそう蜜蜂達を鼓舞するや、やや膠着状態に陥ったタウォの攻撃と蜜蜂達の防戦、その隙を突くべく機会を伺いながら戦況を見守るのであった。防戦に当たっていた蜜蜂達は業を煮やし同朋の死骸相手でも構わず毒針を刺し込んでいく暴挙に出るのであった。毒針を刺し込む事によって息絶えていく蜜蜂達、同時に吸収してしまった虫達の影響により体内に毒が蓄積されていくタウォ。強烈な毒の刺激により一時的に不安定さを醸し出すタウォ。
「あぁぅ…、うぅぉ…。うぅぅ…はぁぁっ!この苦しみこそ、私が成長する為の糧なのだろう!…」
その隙を見逃さずシウは各隊に三方からの突撃命令を下すのであった。
「くふぅ…、水は集中と分散…」
そう呟いたタウォは体に取り込み過ぎた毒に汚染されつつも、自らの形態を集中から分散へと変化させ網状の体を作り出し、蜜蜂達の三方による突撃を難なくかわし後列の蜜蜂達を新たに吸収していくのであった。
「くぅ…そ!何から何まで戦術が全て裏目に出る!攻めて悪し守って悪し、どうしよと言うのだ!」
考えられる策は全て実行し万策尽きたシウは、彼のものの圧倒的な強さに対する自分達の不甲斐なさに痛烈な批判を自らに浴びせるのであった。
「…、こうなってはコロニーを護る事すらままならぬ。女王に謁見しコロニーからの脱出を図って頂くしかない!」
そう蜜蜂達に発言したシウは、それでもまだ最低限可能な策を示すのであった。
「残った蜜蜂隊の半数は、彼のものへの牽制としてここに留まり時間稼ぎを担って頂きたい!残りの半数は女王をお救いし、安全な場所へと退避して頂く為の護衛役を務める!」
「私達は劣勢に立たされているが、ここが正念場である!皆のもの!誇り高き気概を抱き事に当たって頂きたい!」
シウは自信を失い出しながらも、強き責任感によって最善の策を実行に移そうとするのであった。
「くふふっ…、何やら小細工を弄するようじゃのう…」
今まで一方的に虫達を吸収していたタウォは、蜜蜂達の必死な反撃に面白みを感じていた。
「抗え…抗うが良い…。そなたらの反撃は私を高揚させ快感を湧き上がらせてくれる」
そう呟くやタウォは牽制の為に残った蜜蜂達を屠っていくのであった。

 牽制部隊にタウォの相手を任せたシウはコロニーの奥へと進み女王に謁見するのであった。
「失礼ながら女王!火急の時です!正体不明の何ものかが私達を襲い、このコロニーに迫っております。速やかにご退去を!生きてまた一からコロニーを作りましょう!…」
シウは言葉早に緊迫した雰囲気で差し迫った状況を上申するのであった。
「…、ふむぅ…、私はもう歳を重ね過ぎた…。一からコロニーを作る力も、子供を産む力も残されていないであろう…」
「シウ…、貴女は私達コロニーの為に随分多くの事に尽力してくれました。貴女の功績と力強さは次期女王に相応しいものと思う。老いぼれの私はここで朽ちる故、シウ!貴女がこの先の未来を切り開いて往きなさい」
蜜蜂達の女王は、そう淡々とシウに言葉を掛けるのであった。生物の中でも群を抜いた社会性、集団性、合理性を身に付けた蜜蜂である。蜜蜂達の女王は、シウから聞いた状況から客観的に冷静に判断した事をシウに伝えたのであった。それと同時に、老いた自分が足を引っ張り全体を危機に晒す危険性についても考慮していた。蜜蜂達の第一目的は種の存続。例え犠牲が出ようとも、種を存続させ繁栄させる事が蜜蜂達にとっての正しさであったのだ。
「…んくぅ…、女王…」
女王の身を切る英断にシウは言葉を詰まらせながら女王の心を慮る。そんな時、コロニー外部に騒がしさを察知するシウ。
「水を集中させ…」
コロニーの外でそう呟いたタウォは円盤状の小型ウォーターカッターを作り出し、蜜蜂達のコロニーを切り落とし地面へと叩きつけるのであった。
「女王!」
そう叫ぶや否や、シウは落下する衝撃を緩和するように女王の下部に移動し、女王を落下の衝撃から身を挺して護るのであった。コロニーの落下の衝撃によってコロニーは割れ内部が露わとなる。一時の混乱を収拾した残り少ない蜜蜂達は、コロニーを覆うようにタウォが迫って来るのを視認するのであった。
「同朋達よ!もはや私達に残された道は一か八かの玉砕戦法しかない!」
「各個、もっとも適切と思える敵の要所に突撃するのだ!最期の時だ、力を出し惜しみするな!吶喊!」
そう叫びながら先陣を切ってタウォへと攻撃を仕掛けるシウ。だが、虚しくもシウはタウォが形態を変化させた複数の小型ウォーターカッターによりバラバラに切り刻まれてしまうのであった。
「たっ…、隊長ー!」
ラウ、イウ亡き跡を継ぎ善きリーダーと成長していたシウの呆気無い死に思わず一兵卒の蜜蜂が叫ぶ。と同時に奮起した残りの蜜蜂達がタウォへと四方八方から襲い掛かる。しかし、タウォのウォーターカッターの前に成す術も無く全ての蜜蜂達が死に絶えてしまうのであった。女王一匹を残して…。
「うふふっ…、そなたを遺して他のもの達は逝ってしまったぞ?そなたは女王と崇められていたようじゃが、女王とはなんぞや?」
タウォは蜜蜂達の行動を不思議に感じていた。利己の利益を図る為に利他を行うのが普通である、だが蜜蜂達は利他の利益を図る事を自己犠牲までして優先する行動に終始していた。そんな生真面目さや、それに甘んじて見える蜜蜂の女王に対して問い掛けをするのであった。
「女王とは…、全ての同朋に対し模範となる行動を示し、種の存続や繁栄を積極的に思慮出来るものに与えられた呼称であろう」
蜜蜂の女王は追い詰められた状況に怯む事無く冷静に淡々と応じる。
「…ふっん…、女王か…、なるほど…。私は未だ力及ばず…。しかし、いずれ数多の水を統率し人間に叛旗を翻す事が出来るだけの器となるだろう…」
タウォは蜜蜂の女王から学ぶべき点を学び、目的への戦略をより濃密に構築していくのであった。
「蜜蜂の女王よ…、そなたはわらわに大いなる糧をもたらしてくれた…。その点には感謝する…。せめて苦しまず、わらわの糧となるがよい」
そう呟くや否やタウォは破壊された蜜蜂のコロニーの中心部に居る女王を攻撃し取り込み、我が身の糧とし吸収するのであった。

 蜜蜂達の吸収を終えたタウォは一休みする為に川へと帰る事にした。欲望に任せ数多の虫を吸収したタウォは自身の体の重さに苦しさを感じたが、この苦しさこそがわらわを成長させる為の試練なのだ。と思う事で苦痛を快感へと変換するのであった。川へと戻ったタウォは川の中にどっぷりと浸かり暫しの休息を取る事にした。そんな最中流れていく水達が口々に批判や非難をタウォへと浴びせていく。
「水の上流に置けない奴!」
「俗物の真似をして私欲に走るとは!」
「タウォから滲み出る体液が私達を汚染している事へ何の罪悪感も抱かないのか?」
「水らしからぬ変態!化け物になって何を為すつもりだ?」
散々な言葉を身内であるはずの水達から浴びせられるタウォ。誰一滴としてタウォの真意や過程には気付いてくれず、一時的な結果のみを判断し非難していく水達、そして孤立を深めるタウォであった。
「…んくぅ……、同じ水であっても志の高さによってこうまで見解に差が出るものなのだろうか?」
「わらわを非難して溜飲を下げるものはそれに満足していればいい。根本的な解決に立ち向かわぬものなど、相応の最期を迎えるだけだ!」
タウォは身内であるはずの水達から理解を得られず非難を浴びせられた事により怒りを露わにし、自身の優位性を呟く事によって自己を肯定するのであった。
「同じ動物であっても家畜として生きるものと野生として生きるものに大きな差があるように、同じ人間であっても受動的に生きるものと能動的に生きるものに大きな差があるように、わらわと彼女らには大きな差があり、その事に彼女らは気付いていないだけなのだろう」
タウォは自分の正しさを肯定する為に、小物には大物の考えは理解出来ぬものと自身を納得させる事で慰めを行うのであった。そんな事を思案している最中に何ものかが川へと転がり落ちてきた、愛しのリルトである。川へと落ちてきたリルトの偶然に運命を感じ、恋焦がれた想いからリルトと触れ合おうとカマキリの鎌を十列に並べリルトの足へと引っ掛け自身へと寄せようとする。川へ落ちた事や足を掴む何かの突然の事に対し慌てて態勢を整えようとするリルト、その慌てふためく姿に可愛らしさや愛しさを感じるタウォ。そんな想いのタウォには気にも留めず、態勢を立て直し川の中から陸へと脱出して行ってしまうリルト。
「…あぁ……、リルト…。わらわはこんなにもそなたを愛しているのに。そなたはわらわの気持ちに応えるどころか気にも留めてくれない…」
「…わらわが未だ力不足だからなのか?もっともっとわらわが成長すれば、その時そなたは振り向いてくれるであろう。その時こそ、わらわとそなたは融合し一つになるのじゃ」
タウォは自分への関心を抱いてくれないリルトに対し、一方的な好意を抱き妄想するのであった。



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水銀真人
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