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「虹獣(コウジュウ)」3章:ルフゥ 7話:孤高(ココウ)

 独り残ったルフゥは以前と変わらぬように慈善活動に勤しむのであった。何が正しいのか解らなくなってしまったルフゥは水だけを口にして過ごす日々を送り、ペットフードには一切口をつけなかったのである。そんな心身の疲労を悟られないように気丈に振る舞い、ペットフードを分け与えていくルフゥ。そんなルフゥの内情にはお構いなしに配給を心待ちにし貪り尽くす野良猫や野良犬。そしてルフゥに向けられる数々の笑顔。この笑顔の為に頑張ろう!という気持ちが湧き上がると同時に、利己的な事を利他的な行動で隠し騙しているのかも知れないという懸念が頭に浮かび上がるのであった。自分のしている事は本当に善なのだろうか?笑顔が見たい、ただそれだけの為に慈善活動をするのは善なのだろうか?いや…、自分は笑顔が見たいのではない、自分に向けられる笑顔に満足感を得ているだけではなかろうか…。そして、それは善なのか悪なのか。慈善活動を行う事によって得られる名声、それは自分にとって大きな生きる意義となる、しかし実態は保護される立場の味方というスタンスを取る事によって、そういった評価をされやすい自分を演じる事で、周囲の獣に人気取りをしているだけではなかろうか?ルフゥの終わり無き自問自答は果てしなく続いていく。

 そんな思案も束の間、備蓄していた食糧も底を突き掛けてきており、新たに備蓄を増やす必要に迫られていた。ルフゥはしつこくペットフード平水の倉庫へと出掛けるのであった。ウェンスやルンテと歩いた道のり、ほんの少しの間であったが楽しかった日々。思い出を噛み締めながら、やるべき慈善活動に自身の生を賭し、すがりつくように愚直に繰り返す。ルフゥにはそれ以外の生を見出す術が無かった。ルフゥは心の底から助かりたい気持ちが強かったのかも知れない。その気持ちが意識や思考の固執を生みルフゥの自由さを縛り付けていく。自由を好むルフゥが自らの無意識により、自分で自分を束縛しているのであった。が、その事に気付かぬまま心身を疲弊させ慈善活動を続けるルフゥ。

 そんな意識も無意識も、一歩一歩踏みしめながら歩くルフゥは、ペットフード平水の倉庫へと近付くにつれ異変を察するのであった。動物達の叫び声が聞こえる…。その叫び声を聞き警戒心を高めつつもルフゥは更に倉庫へと近付いていく。普段のトーンとは違うけれども聞き覚えのある声…シガール達の声である、ルンテ達の声もした。最初はシガール達が倉庫の食糧を奪おうとしているものだと思ったルフゥであったが、近付くにつれその叫び声は助けを求める悲痛な叫びであった事を認識させられた。シガール達は倉庫の食糧を奪いにきていた、ウェンスとルンテの両名もシガールに付き従い倉庫へときていた。しかし、度重なる食糧の損失によりペットフード平水の社長は奪ったのは獣だと判断し、対獣用のトラップを多数倉庫の内側へと配置していたのである。そんな事は露も知らずに食料を奪わんとし罠に嵌るシガール、ドイン、イワン、ウェンス、ルンテ。罠に嵌ったシガール達を建物内の屠殺場へと連れて行く平水の従業員。屠殺場は薄汚れた暗い雰囲気を醸し出していた。その雰囲気を察してか檻に入れられた現実の為か、シガール達は助けを求める遠吠えを繰り返すのであった。しかし、その遠吠えは空しく響き渡り、一匹ずつ檻から出され頭部をハンマーで殴られ殺され、毛を削いで血抜きをされ解体され、ペットフード用の食糧として変わり果てていくのであった。
「死ぬとはぁぁぁぁーーーー!!」
シガールの断末魔の叫びである。あっけなくシガール達五匹は肉片と化してしまった。その肉片を均等に機械へと詰める平水の従業員。淡々と犬猫の餌の為に犬猫の肉片を詰める…。記載する食品成分はいつも鶏肉としていた。犬猫が鶏肉かどうかなど分かる訳がない。偽装行為はいつもの事であった。

 時を少し遡り、ペットフード平水から漏れる動物の声がうるさいと近隣の住民から警察へと通報が入っていた。その通報を受けペットフード平水へと出動する警察官。平水へと到着した警察官はシャッターを乱暴に叩きノックをしながら声を掛ける、
「平水さーん、平水さーん。警察署の者ですがー」
突然の警察官の訪問とシャッターを叩く音に驚く解体中の従業員。驚きながらも応答しない訳にはいかず、解体用のエプロンなどを外しシャッターを開け求めに応じる。この時間帯は平水は留守であり従業員が代理を務めていた。出てきた従業員が警察官へと話し掛ける、
「どうかされましたでしょうか?…」
出てきた従業員の返答を聞き警察官は話を始める、
「いやね、お宅の会社から動物の声がうるさく響いていると近隣の人から苦情が入ったものでね。そういえば、お宅は以前にもペットフードが盗まれたと被害届けを出していましたな。その後の様子や今日の動物の叫び声など、どうなっているのでしょうな」
「いやはや、今日の叫び声は動物達がなかなか寝付かず遠吠えを繰り返しておりまして、先ほど落ち着き皆寝だしたところでして…」
と従業員が話しを終えようとしたところに一部の光景を窓から見てしまっていたルフゥが猛り叫び声を揚げた。その叫び声を聞いて不審を抱いた警察官は、
「何やら話に不可解な点がありますな。念の為に中を拝見させて頂きたい」
そう言うや半ば強引に中へと入り込む警察官、そこには解体中であったシガール達の死体が散乱していた。そのあまりの酷さの光景により警察官は本部へと連絡を入れ応援を頼むのであった。解体場の隅で呆然としながら下を向き、事の成り行きがただただ過ぎるのを待つ従業員。応援が来て内部の状況を詳しく調べる警察官達。旧時代の屠殺手段、動物を守る為の法が未だ施行されていないとはいえ残酷な殺し方、また犬猫の肉を鶏肉と偽装し販売する形態。ペットフード平水での事は、一つの事件として問題となり世間で騒がれる事になるのであった。

 ルフゥ達の活躍と犠牲により、ペットフード平水のペットフードは犬や猫の肉が使われている事が判明した。犬猫を生かす為に犬猫を犠牲にしている、そんな矛盾点に憤慨した人々によって、平水はバッシングの嵐の中、ただただ呆然としていた。取り分けバッシングが激しかったのは、一九四八年に設立されたばかりの日本動物友愛協会によるものであった。
「犬猫を生かす為に別の犬猫を犠牲にする。こんな事があってはいけません。人に例えて考えてみて下さい。一部の人間を生かす為に一部の人間が犠牲になる。こんな社会は間違っていると声を大にして私達は訴え掛けていきたいです」
日本動物友愛協会の主張は尤もであった、生きとし生きるもの全てのものが可能な限り幸福に生きる。動物に限らず、その動物を支配している人にとっても当然の願いであった。そこに呆然としつつもしっかりとした平水のインタビューで反論が交わされる。そう、当然な事が当然とまかり通らないのが今の時代だったのだ…。
「人権のように犬や猫の権利を主張する人がいますが、実際は犬や猫の権利や自由などは人によって蔑ろにされています。悪質なブリーダー、責任感の薄い飼い主、動物を玩具と勘違いしている飼い主、虐待…遺棄…処分…。人の身勝手さによって毎年多数の犬や猫が殺処分をされている現実を省みず偉そうな事が言えるものでしょうか?」
「私は仕方なしに処分されて無駄死にするよりかはと、処分待ちの犬や猫を引き取り、餌として改良し、まだ生きている犬や猫の為の糧を提供してきたのです。ただ処分をし焼却する行政と、餌として他の犬や猫の血肉とする事、どちらが人道的にまともな事なのでしょう。私にはハッキリとした答えは解りません。しかし、人のエゴによる殺処分は後に大きな災いを生むような気がしてなりません」
「以上、日本動物友愛協会と平水社長のコメントをお送り致しました。続きましては「日本の復興・資本主義の罠」をお送り致します」

 一件落着したようにみえた平水の事件であったが、ルフゥの失ったものは大きかった。短い期間であったが交流のあったウェンス、ルンテ、シガール、ドイン、イワン。同じ野良として…そういう意味では確執はあれども仲間であった。ルフゥは母犬や四八と別れてから独りでいる事が多かったから独りに慣らされていたところもあったが、それでも哀しみを感じ棲み処から夜空の月へと向かって長く哀しい遠吠えを叫ぶのであった。もう一つ失ったものは食料の供給元である、ペットフード平水の杜撰な管理はルフゥのような野良にとっては格好の供給源であった。これを失うと残るは養鶏場かゴミ捨て場か…いくつも思い付かず、また他の野良達に配れるようなものではない為、ルフゥは悩み出していた。自分の食は水で何とかなろう、しかし他の野良達となると…。ここへきてようやく慈善活動を継続させる事の難しさを痛感すると同時に、自分の心身が思った以上に疲弊してきている現実に気付かされていた。



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