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「虹獣(コウジュウ)」5章:ルノア 4話:雄飛(ユウヒ)

 七三一の家を出たルノアは七三一との別れを惜しみながらもエティとルナの待つ排水路へと急いだ。自分を必要として頼ってくれる存在がいる。これほどありがたい事はない、これほど嬉しい事はない。頼ってくれる想いに精一杯応えたい。そう思う気持ちがルノアの心を逸らせ走る速度を速めさせていた。

 エティとルナの待つ排水路へと辿り着くルノア。排水路の入口へと近付くや、
「ただいまー!」
と、排水路の奥へと向かって大きく叫んだ。
「あっ、ルノア兄ちゃん!おかえり!」
エティの背の上で丸まって寝ていたルナは飛び起きて前へと飛び出しルノアへと明るく応じた。
「うぅ…ルノアさん、お早いお帰りをありがとう…。うぅ…これから、よろしくお願いします…」
エティは低姿勢な相変わらずの口調でルノアの帰りに応じた。
「二匹とも元気そうで良かった!」
ルノアは自分を必要としてくれる存在達の安否を深く気にするようになっていた。自分を必要としてくれる存在がいて初めて自分の存在が活きてくる。その事を経験や知識から学び出していたのである。
「うぅ…これからの日々の生活…どうしましょう?定期的に食べ物にありつけると嬉しいのですが…うぅ…」
エティはやや不安そうな声でルノアへと解決策を仰いだ。エティとルナだけであった時は単純にゴミを漁るだけで、その日暮らしをしていた。その日によっては何も食べる事が出来ない事もあった。そんな不安からルノアなら何か新たな方法を示してくれるのでは?と期待したのであった。
「うん、食べ物については重大な問題だと思う。私には色々と心当たりがあるが考えなしに食べていっては人間からの反感に合い、結果的に長期間の食糧確保が難しくなると思う。人間からの反感を招かずに食糧を確保する事について話し合いたいと思う」
ルノアは冷静に落ち着いた口調でエティとルナに向けて説明を伝え更に続けた。
「食糧確保には養鶏場の鶏を食べる、ペットフードを扱っている店から盗み出す、人間が作っている畑の食べ物を盗み食う、人間がゴミとして出したものの中から食べられるものを探す」
「大まかに以上の四点があると思うが、先に述べたものほどリスクも高い。かといってリスクが低いものは大した食糧を確保出来ない」
「そこでよくよく熟慮した事はリスクが低く且つ食糧の確保を十分に出来ないか?といった事だ。その点を深く追求すると人間は人間の為に食糧を作る場所がある、そしてその場所では食べる側の人間が残した食べ物や古くなった食べ物は廃棄されゴミ箱へと処理される事だ。そこで狙いなのが、まだ食べられる食糧がゴミ箱に入っている内に私達がそれを頂くという寸法さ」
「実施に当たってはなるべくゴミ箱周辺を荒らさないように、人間に不快感を与えずに食糧だけを頂く事。人間に不快感を与えてしまっては対策を取られ二度と食糧が手に入らなくなるかも知れない。そうならない為に人間達の都合も考慮した上で行動したいと思っているが、どうだろう?」
ルノアは冷静に淡々とした口調で説明をエティとルナに伝えた。
「うぅ…なるほど…。私はそこまで配慮が回らず食い散らかすだけでした…。うぅ…やがて食い散らかした場所のゴミ箱は鉄格子のゴミ箱に変わってしまい食べ物にありつけませんでした…」
エティは自分の失敗談を交えつつ、ルノアの提案の評価を高めるような言い回しをした。
「ルノア兄ちゃん、頭いいー!ルノア兄ちゃんの作戦ならうまくいきそうだね!早速試してみようよ!」
ルナはまだ若い為か良いと思ったら率直に行動へと移してしまう傾向があり、ルノアの話を聞いたルナは早速試してみたく思った。
「エティ、私の考えを支持してくれて、ありがとう。ルナ…、早速といきたいところだが今はまだ夕方だ。人間達は未だ活動をしている。人間達が眠り出す時間まで待てるかな?」
ルノアはエティやルナの発言に合わせ自らの話す口調を変え適切に応対した。
「うん!あたし待てるよ!さっきルノア兄ちゃんがくれたご飯たくさん食べたからさ!」
ルナはそう言いつつ元気さをアピールする為に排水路の中で得意の空中戦を披露した。

 排水路の中で話し合い微笑み合っていた三匹に深夜の時が訪れた。
「よし!そろそろ頃合いだろう…」
ルノアは排水路の出口から空を眺め周囲の気配を感じそうエティやルナへと伝えた。
「うぅ…いよいよですな…」
「よーし!やっちゃうぞー!」
対照的なニュアンスを語るエティとルナ。それを聞いたルノアは排水路の中へと少し戻り、
「エティ、あまり緊張する必要はない。リラックスしていこう!」
「ルナ、意気込み過ぎると要らぬ失敗を招いてしまう。もう少し落ち着いて冷静になろう」
と、二匹それぞれに注意を促し、二匹の顔をしっかり確認してから排水路の出口へと向かって行った。その後を着いて行くエティとルナ。
「よし!行こうか。行先は住宅街の飲食店。繁華街の方が飲食店は多いが深夜でも徘徊している人間がいる。人間にいかにして認識されずにご飯にありつけるかを重視してみたい。頑張ろう!」
ルノアは二匹にそう説明しながら励ますと、目的の地点へとやや小走りに進んで行った。そんなルノアに着いて行くべくエティもルナも小走りに付き従うのであった。静寂に包まれた夜、大きな道はたまに通る車があるけれども人の姿は殆ど見掛けず。ルノア達の進行を阻むものはおらず、難なく目的地の飲食店へと辿り着いた。辿り着いたルノア達は正面から裏側への細道を歩みゴミ捨て場へと到着するのであった。ルノアはゴミ箱の蓋を咥えたり前足で動かそうとしたが一向に思うようにはいかず焦り出したルノアの様子を気遣ってエティが声を掛けた。
「うぅ…ルノアさん、私がやってみましょうか?」
そうエティに促されたルノアは、体格の大きいエティにしてもらった方がうまく事が運ぶと思い、
「うん、よろしくお願いする」
と、短くもエティの意見を評価するよう懇切に応えた。ルノアに変わってエティは大きな体格を活かしゴミ箱の上部へと前足を掛け、口をゴミ箱の取っ手に近付け取っ手を咥え蓋を難なく外してしまった。蓋が外れると同時に湧き上がる高揚、匂ってくる食べ物の匂い、ルノア達は少し興奮し出していた。匂いを強く発する袋をエティがゴミ箱の周囲へと運び出す。運び出されたものをルノアとルナが仕訳する。仕訳され食べられるものを数個の袋に詰めなおすルノアとルナ。ゴミ箱からめぼしいものは全て外へと出し仕訳の様子を眺めるエティ。やがて仕訳も終わり最後の仕事としてゴミを再びゴミ箱へと戻し始めた。エティが踏み台となって、その上をルナが自在に乗り降りし不要になったゴミ袋をゴミ箱へと戻していく。全てのゴミを戻し終えたところで三匹は顔を見合わせ満足そうな笑みを浮かべた。そして、それぞれが適切な食べ物の入った袋を咥え排水路へとの帰還を急ぐのであった。

 排水路へと帰還した三匹は、排水路の中へと入ろうとした瞬間、何かの気配を感じた。自分達と同質でありつつも何か違和感を覚える気配…。慎重になりつつ奥へと一歩一歩進むと排水路の奥には一匹の雌猫がいた。その雌猫はルノア達の存在に気付くやいなや、
「何だい?あんた達は?ここはあたいの居場所だ。とっとと出て行ってくんな」
と、ぶっきらぼうにルノア達へと言葉を吐き捨てた。それを聞くと同時に残していた食べ物が食べ尽くされている事実を目の当たりにし憤慨するルナ。
「あー!あたし達の食べ物を勝手に食べちゃってる!許せない!」
ルナはそう叫ぶと同時に食べ物が入った袋を地面に置き、エティの背中へと乗り戦闘態勢を取り雌猫を威嚇する。
「ん?…なんだ、ここは君らの縄張りで食べ物は君らのものだったのか…。それはすまない事をした謝るよ」
謝りつつも自我を保とうとした態度だった為か、ルナにはそれが高圧的な態度に見えてしまい、ますます威嚇モードを強めるのであった。
「ルナ…私が変わろう…」
そんな二匹の様子を伺っていたルノアは、このままでは争いになってしまう危険性を考慮し、穏やかに雌猫へと接していった。
「初めまして、私の名前はルノア。あなたの名前を教えて頂けませんか?」
ルノアの穏やかで丁寧な語り方に意表を突かれた雌猫は、素直にルノアの問い掛けに応じるのであった。
「あたいの名はパラ。しがない野良猫さ。人間に散々利用されてね、用済みとなったらこの通り野良にされたのさ」
淡々としながらも言葉の端々に人間への憎悪を含ませる言い回しをしたパラ。その言い回しを聞いたルノアは、嘗ての母犬の生い立ちを連想していた。人間は金儲けの為に動物を利用し、不要となれば平然と捨てたり廃棄処分をする…。ルノアは回想していた事によって言葉が出なくなっていた、そんなルノアを見兼ねてパラはある提案をする。
「君らの食べ物を食べてしまった事は事実だ。今更どうしようもない…。見たところルノアが君らのリーダーのようだ。どうだい?あたいと一回交わる事によってチャラにしてくれないか?」
パラは人間によって交尾する事を頻繁に取らされていた。そしてそれが生きる為の術と思い込まされていた。野良になってから食べ物がない時は食べ物を保有している雄に対し売春をする事によって生を繋いでいたのだ。そのような経験を経てきたパラにとって自分の体を切り売りする事は当然であった。しかしルノアは母犬から聞かされた現実を知っていた。悪いのはパラではない、そう思い込むようにまで仕向けた人間なのだと…。
「いや、そこまでしてもらわなくて大丈夫だ。お腹が減っていたのであれば仕方がない。私達も誰も残さずに居場所を留守にしたのは失態であったと思う。これからは一層用心するようにと学びの機会となった。ありがとう」
ルノアは冷静で大人の対応をパラに向けて示した。
「ふん…。それならお互い文句はないな。しかし、ここは君らの棲み処のようだ…。あたいはここらで、おいとまさせてもらうよ…」
パラは排水路の出口へと向かいつつ強気にそう喋りながらも、どこか寂しそうな雰囲気を醸し出していた。
「待ってくれ、パラ!私達は人間から虐げられ迫害され野良となった動物達が心豊かに幸せに暮らせるにはどうしたら良いか?という事を実現させようとしているグループなんだ。もし良かったらパラも私達の仲間になって欲しい!」
ルノアは純粋にストレートな気持ちをパラへとぶつけた。
「…そんな事可能なのかい?現実は人間に都合良く利用され、利用価値が無くなったら捨てられ、惨めな野良として最期を迎えるだけじゃないか…」
パラは自分の経験から生きる事に幸せなど求めていなかった。その日その日の食べ物さえ確保出来ればいい、その為にだったらなんだってやってきた…。そんな想いがルノアの理想論に聞こえる提案を否定する。
「まだ私達は始まって間もないグループだ。けれども人間の性質をなるべく深く理解し、人間と野良の動物達がうまく共存していく為にはどうしたら良いかを日々試行錯誤の中考えている。仲間は一人でも多い方がいい。是非パラにも私達の仲間になって欲しいんだ」
ルノアは真剣な表情で熱っぽくパラを勧誘する為に力説した。
「…あたいなんかいても…。ただの足手まといにしかならないだろう…」
パラは虐げられてきた期間が長かったせいか、自分への肯定感がいまいち掴めず動揺していた。
「うぅ…パラさんの自立心旺盛な点や苦境を乗り越えてきた強さは私達もあやかりたいです…。うぅ…ぜひとも仲間として今後一緒に生きていきましょう」
ルノアとパラのやり取りを静観していたエティが、パラを引き留める為に声を挙げた。
「パラさん!最初は食べ物を勝手に食べちゃった奴!と思っていたけど、パラさんも色々と大変な獣生を送ってきたのが解った!パラさんには是非とも仲間になって欲しい!そしてあたしのお姉ちゃんになって欲しいな!」
エティに続きルナも自分の想いの丈を率直にパラへと伝えた。パラは嬉しかった、今まで生きてきた世界は全て損得勘定で計算された世の中であったから、それが当たり前の事と思っていた。しかし、目の前には損得勘定ではなく仲間として心を大事にして寄り添ってくれる獣達がいる…。
「…ありがとう…、ありがとう……」
嬉し泣きをしながらパラは三匹にお礼を伝えるのであった。

 パラが泣き終わるまでの束の間、それを温かく見守った三匹。頃合いを見計らって、
「さぁ、皆でご飯を食べようか」
とルノアが皆へと語り掛ける。
「待ってましたー!」
とルナが元気に叫ぶ。
「うぅ…パラさんも遠慮なく食べて下さい…」
エティは新入りのパラを気遣い、そう声を掛けるのであった。
「…ありがとう…」
それに対しパラはルノア達のグループに未だ馴染み切れていないせいか、ボソッとお礼を述べた。そんな二匹のやり取りの間にルノアとルナは早速食べ物の分配をし始めていた。それぞれの体格に合った分量、なるべく均等化させバランス良く種類を分配、途中ルナがわがままを言い出し見た事のなかった食べ物を多く欲するよう主張する場面もあったが、ルノアは寛容にそれに応じ分配を進めていくのであった。
「分配終わりー!」
ルナが元気よく誇らしげに告げた。と同時に早く食べよう食べようと皆が食事にありつくのを焦りながら待っていた。そんなルナの逸りに動かされルノアは、
「さぁ、皆食べようか。パラも遠慮なく食べて欲しい。皆で食べる方が食事は美味しい」
と新入りのパラに気を遣いながら、皆に対して食事を促したのであった。早速急いで食べ始めるルナ、そんなルナを見守りつつ、ゆっくりと食べ始めるエティ、ルナやエティが幸せそうに食べる姿に満足を憶えつつもパラの様子を伺いながら食べ始めるルノア、皆が食べているのを確認してから申し訳なさそうに食べ始めるパラ。人間の残した残飯と言えども十分にまだ食べられる食べ物ばかりであった。人間に合わせた味付け故に味が濃い事もあったが、そこは贅沢を言っていられない。ルノア達は味覚を人間に合わせながら限られた食べ物を大事に食べ尽くすのであった。体が一番小さく皆より先んじて食べ始めたルナは一番早く食事を終えた。わがままを言って多くしてもらった食べ物も美味しかったようでルナは満足げに、まだ食事中のエティへと寄り掛かり至福の時を過ごした。ルナから少し遅れて食べ終わる三匹、皆が満足げな表情を浮かべ温かい雰囲気に包まれる排水路。ルナは元気良くエティの背中の上で飛び跳ね幸せをアピールするかのように舞っていた。

 食事を終えた四匹達は水を飲む為に川沿いへと降りた。各々は自分のペースで川の水を飲み水分補給をしていた。そんな時にルノアの脳裏に響く声がどこからか伝わってくる。
「人間を滅ぼしなさい。人間は全ての生物にとって悪だ…。生きる事は常に競争、人間を滅ぼさずして獣の繁栄はない…」
どこから伝わった声であろうか?ルノアは水を飲むのを止め周囲を警戒する。しかし何の異常も感じ取れなかった。ルノアのそんな仕草を気にも留めず水分補給を行う三匹。ルノアはただ一匹、何者かに監視されているような不快感を覚えるのであった。ルノアの様子に気付いたパラが声を掛ける。
「ルノア?どうしたのさ?」
パラに声を掛けられて、ふと我に帰るルノア。
「いや…。今、何か聞こえなかったか?」
ルノアは自分の脳裏に響いた声が、自分だけに聞こえたのかどうか疑問に思った。
「いや…何も聞こえていないが…。何か聞こえたのかい?」
パラはおかしな問い掛けをするものだと思いつつも、ルノアの様子の変化に気遣いながらルノアの反応を伺った。
「そうか…。聞こえていないのならばそれでいい。恐らく気のせいだろう…。」
「さぁ、パラも気にせず水分補給をしっかりしてくれ」
ルノアは自分への気遣いを薄めるように明るくパラへと応え、自らも川の水を飲み出すのであった。水辺で起こった不可思議な事、自分へ語り掛けてきたと思われる声の主、その正体。ルノアには一抹の不安が残り、何の意図があっての事か、それとも単なる幻聴なのかと悩む自分が新たに生まれるのであった。

 食事が終わり水分も補給し終わった四匹は、和気藹々と排水路の中で和やかな時を過ごしていた。人間の残飯であるけれども満足に食事が出来る。自分達に危害を加える存在がいない。心の通った仲間達がいる。切羽詰まった事もなく時間的余裕もある。贅沢と呼べるほどの事はしてはいないが幸せな時間がここには流れていた。エティの上ではしゃぐルナ、それを包容力豊かに応じるエティ、そんな二匹を眺め楽しそうに笑うパラ。ルノアはこの幸せを維持させたい、より大きく拡大させたい。そんな夢を思い描いていた。やがて各々が眠りへとつく、ルナは決まってエティの腹部の辺りへと近寄り丸まって一緒に寝ていた。そこから少し離れた所で眠るルノア、全体を見渡せるような位置で眠るパラ。そんなパラの様子を見ながら眠りへと入るルノアは、まだこのグループに慣れておらず不安があるのだろうか?その不安をほぐしてあげるにはどうしたら良いか?そんな事を考えながらもいつしか眠りへとついていた。

 皆が目覚めだしたのは夕方も過ぎた頃であっただろうか。エティが起き、ルナの寝顔を見つめながら微笑ましい笑みを浮かべ、ようやく起きたルナは元気よくエティの背の上を飛び回り、その騒がしさでルノアとパラも目覚める事となった。皆が目覚め、ある程度の時間が経ったところでルノアが提案を出す。
「今日は人間が多くいる繁華街へと食糧調達をしに行ってみたい」
人間に多少なりと嫌悪感のある三匹達は意識を高め警戒心を強めた。
「理由としては毎回同じ場所では人間側から何らかしらの対策を取られやすくなる事。食べ物を得る場所を分散して確保する事によってリスクの低減を図る事。その為にたくさんの供給源を作っておきたい」
ルノアは長期的な判断を元に自分が考えている構想を三匹へと伝えた。
「うぅ…ルノアさんの先々まで考えた考察にはいつも感服致します。うぅ…やってみましょう」
エティが賛同する形でルノアを後押しする。
「この前とは違った食べ物が食べられそうだね!賛成ー!」
楽観的なルナはリスク云々よりも何が食べられるかに興味を抱いていた。
「そうだな…リスク分散は正しい判断と思う。あたいもルノアに従うよ」
皆の意見を聞いてから意見を述べるパラは、まだ皆に遠慮をしているのか皆の意向を汲んだ発言を重視するようにしていた。そんなパラを気に掛けつつも、
「よし!では異論もないようだし、来たるべき時刻になったら人間の住む繁華街へと向かおう!」
とルノアは皆へと号令を掛けるのであった。

 やがて時も深まり深夜へと時は進んでいた。排水路の出口から空を眺めていたルノアは、そろそろ頃合いと見て皆へと声を掛ける。ルノア、エティ、ルナ、パラの四匹は闇夜にまぎれ繁華街へと歩み行くのであった。途中稀にすれ違う酔っ払いの人、家への帰宅を急ぐ人、そんな人達に対し時には隠れ、時には横目にやり過ごし、目標とした大きな飲食店のゴミ箱へと辿り着いた四匹。しかしそこには先客がいた、二羽の鴉である。一羽はヴァロと言い雄の鴉であった、もう一羽はソルカと言い雌の鴉であった。ルノア達の存在に気付きヴァロが言い放つ、
「ここは俺様達の縄張りだ。潔く去って頂こうか…」
そう発言され戸惑うルノア達四匹、人間と争う事はありえるかもと心構えをしてはいたが、別の生き物と確執が生まれるとは予想だにしていなかったのだ。意表を突かれながらも冷静に現状を分析するルノア、
「ヴァロ、ソルカ。君達が先に餌場を取得した以上は君達に権利があるのは当然だと思う。しかしゴミ箱の蓋を開けるのに困難をきたしているようだ。どうだろう?ここは一つ我々と協力して分け前を分配してみては?」
ルノアの提案は適切であった。ヴァロもソルカも大きなゴミ箱の蓋を開ける為に四苦八苦をしており、なかなか中の食べ物へと辿り着けずにいた。ヴァロとソルカは互いに目線を合わせ納得したかのようにルノア達一行へ食糧調達の行為を一任するのであった。一任されたルノア達は早速ゴミ箱へと近付きエティが蓋を開け袋を取り出し、ルノア達は出された袋から食べ物を仕訳していくのであった。
「ほぉー、なかなか綺麗にうまく仕訳するものだな」
ルノア達の仕訳の様子を眺めていたソルカがそう呟く。
「おいおい、先に見付けたのは俺様達なんだから、配分を多めにしてくれよ!」
ヴォロは均等に配分するルノア達の様子を眺めながらそう主張を伝えた。
「解った、君達の分と私達の分を半分ずつになるようにしよう。君達の体からして十分過ぎるほどの量になりそうだ。こちらには体格の大きいものも一匹いる、それも考慮すると妥当なところと思うがどうだろう?」
ルノアは仕訳の手を休めヴァロとソルカの方を向きながら意向を伝えた。
「あいよ、私はそれでお構いなしさ」
ソルカが率直にそう返事をした。
「おいおい、ちょっと待てよソルカ。多ければ多い方がより良いだろうが」
ヴァロは少し慌てた様子でソルカの意見を否定する。
「ヴァロはいつも考えが浅いな、そんなに多くを得ても食い切れずに腐らせてしまうだろう?無駄に腐らしてしまうくらいならば彼らに譲って恩を作っておいた方が良いさね」
ソルカはそんなヴァロを窘めるように冷静に意見を述べる。ソルカの意見に納得したヴァロは黙ってルノア達の仕訳の様子を眺め待つのであった。やがて仕訳も終わり食べれそうな食べ物は六つの袋へと分けられた。
「この袋二つが君達の分だ。受け取ってくれ」
ルノアはヴァロとソルカに向かってそう伝えつつ袋二つを前へと差し出した。
「あいよ、ありがとさん!これからも何かあったら協力しようじゃないか」
ソルカは含みを持たせて伝えたつもりであったが、
「こちらこそ、よろしくお願いしたい」
と、純粋なルノアは真面目に応じるのであった。その応じに対し軽く笑みを浮かべるソルカ、ソルカのそんな態度に猜疑心を抱くパラ。少しの沈黙を破り袋を咥えたヴァロが漏らす。
「お、重てぇ…」
いつもはその場で食べ物を食い漁っていた二羽であったが、欲張ったせいもあり食べ物の入った袋が重くなっていた。
「あははは!これくらい持てなくてどうするのさ?ヴァロが欲張った結果なんだ、しっかりおし」
ソルカは情けない言葉を漏らすヴァロをからかうように励ますと同時に、
「ほいじゃ私らは、ここいらでおいとまさせてもらうよ。また機会があれば…」
そうルノア達に告げたかと思うと袋を咥え上空へと飛び立つのであった。
「ま、待ってくれ!ソルカ!」
ソルカが飛び立つのを見て、ヴァロはソルカにそう声を掛けつつも自らも飛び去って行くのであった。
「うぅ…行ってしまいましたな…」
彼らの飛び立ちを眺めつつエティがそう呟く。
「ルノア…。失礼な話かも知れないが、あの二羽は信用ならない。気を許し過ぎないようにして欲しい…」
雌としての直感であろうか、パラはルノアを気遣ってそう言葉を掛けた。
「ん…?そうか…解った。警戒しつつも信じ、信じつつも警戒するよ」
ルノアは自分の経験やパラの略歴を考慮した上でそう応じた。警戒し過ぎれば信用は得られ難い、信じ過ぎれば裏切りを未然に防ぐ事が出来ない。バランス感覚が大事だなと自戒すると同時に、自分を気遣い出してくれたパラに好感を抱き始めるのであった。
「ねーねーったら!早く帰ろうよ?」
その場に佇む三匹へ向けてルナが不満を漏らした。そんなルナに促されルノアは皆へと号令を掛ける。
「よし、目的のものは手に入った!皆、棲み処へと帰ろう!」
ルノアがそう叫ぶと同時に皆々は食べ物の入った袋を咥え走り出すのであった。袋を咥える時に目と目が合うルノアとパラ、一瞬であったが心が少し通じ合ったような気持ちになった二匹であった。



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