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コミュ障は試着室の扉をどんな顔で開けるべきかわからない

残暑残る9月。一週間天気は真夏日の表示が7つ。
それでも最近涼しくなってきたと感じるのだから、私たちの体は随分と夏に毒されている。
そんな現実の天気とは異なりネットや雑誌には秋服の紹介が散見されるようになってきた。

今回は秋服を買いに行った時の話。




秋服。
もう少し過ごしやすくなれば、いろいろ着れるのだけど年々秋が短くなって夏と冬のブリッジがなくなってきているように感じる。
35℃が連続していたと思ったら急に20℃切ったりする例年。
比較的寒がりだから夏でも長袖、秋冬に一枚羽織るのが苦じゃないのが幸いなのだけど。
夏みたいなギラギラした柄シャツだったりジャラジャラアクセサリつけるのも悪くはない。
でも秋服の厚ぼったくないけどもこもこしてるあのカワイイ感じが好きなのだ。
そんなわけで秋のおしゃれにはすこしほかの季節より気持ちが厚い。

そこで数日前秋服の情報が出回りだしてきたことだし、少し町へ出かけて服屋さんに行ったり古着屋を見て回ろうかと思って町へ繰り出した。
ビールの宣伝が垂れ下がり、アイスの広告が犇めく夏真っ只中の街の中、マネキンだけが秋服を羽織って直立している。
そんなちぐはぐな街の中私は服屋さんをチラ見しては古着屋で服を物色するという不細工な面も相まって職質一歩手前の挙動をしながら町を練り歩いていた私。
そこで何度か行ったことのあるだけの服屋さんに何気なく立ち寄った。

服屋さんでの体験談


「今日はどうされましたー?」

底抜け営業スマイルを武器に不審者の私に店員さんが話しかけてきたのだ。
店員さんはまさしくアパレル店員といった出で立ちだった。金髪に大きな二重、爛々と輝くエネルギッシュな笑顔。

「ええっっ…と。あーー………。」

この時の私はキモかった。かなり。
まさか人に話しかけられると思っていなかったから。
何度か来たことがあるといっても何か月も前だし、何を目的に来たわけでもないせいで曖昧な返事もできないし。
さらにお休み中引き込まっていたせいで人と会話するのが久しぶりだったせいで声は出ないしで、ひどく無様だった。
というか「今日はどうされました」ってなんだ。含みに来たに決まってんだろ、ここ何屋だと思ってんだ。と思いつつ

「あー…秋服を…ちょっと…ね。」

どもりながらそう答えた。

「秋服ですかぁー、まだまだ全然暑いですけどねー。でもそろそろ出だす頃ですよね。」

「いちおうウチだとー、こ、の、へ、んですかねー。ちなみにぃー、どんなのがいいとか決まってますかねー?」

「あー…えっとぉー…………軽く見に来ただけなんで…」

「ソーーーナンデスネェ!!??(高音)、お客様だとぉーこれとかに会うと思うんですけどぉ、いかがですか????」

この時のいかがですかに何か圧を感じてしまうのがコミュ障の性。

「あーー…いい…です…ね。」

「デスヨネェ(高音)!!!いいですよねぇ!!すっっごく似合うと思うんですぅ!どうですか、試着とかいかがですか??」

この時の店員さんの目は完全に獲物を見つけたハンターの様だった。
大きな目に光が入り煌々としていた。
こいつは押しに弱い、押し切れば無抵抗のままヤれる。
そんな確信を持っていたような気がする。

「ああ…じゃあ、着てみまぁすぅ………。」

「ハーーーイ、ドォゾオ、ご案内しまーす!」

あれよあれよという間に私は試着室に入ることとなった。

「ごゆっくりどううぞー!」

試着室と外の隙間に店員さんの笑顔が消えていった。
さて。
どうしようか。
改めて渡された服を眺める。
グレーのベスト。
別にダサくないし、なんならオシャレ。(な、気がする。)
餅は餅屋だ。
私のような芋人間のセンスより間違いなく店員さんのセンスはずっといい。
持ち前の審美眼でちゃんと似合う服をセレクトしてくれたに違いない。
んー、でもなー。
お金そんなに余裕ないんだよな。
まあまあいいお値段のするこれをホイホイ買っていいものか。
値札には¥20000。
いや、そんなのは後付けの理由に過ぎない。
本当はホイホイ口車に乗せられているのが癪なのだ。
なんだ、あの強引さ。距離の詰め方がプロすぎる。我妻善逸かよ。霹靂一閃かよって。キルアの神速かよって。あの自信に満ちた表情と話し方。自分の顔、態度が他の人間にとって魅力的で圧倒できることを無自覚に自覚している。恐ろしい。あんなんに押し切られていいのか?腹立たしいな。
まるで反抗期の中学生のような理由のない理不尽な怒りを向けられる店員さんはかわいそうだが絶対に買いたくない。
しかしそう思ったのだが私は試着室に入ってしまった。
ここで着ないで出たらなんだこいつと気まずい空気になることは必至だが、着て出てもそのあと断れば「なんで着たんだよ」というもっともな疑問も浮かんでしまう。
手詰まりだ。完全に嵌められた。試着室だと思った場所は袋小路だった。
一応着てから出るか。”試着”とは試しに着ると書くのだから一度着れば買わなければならないということはあるまい。
そう思い込み私は渋々グレーのVネックベストを着てみた。
似合う。さすが餅屋。こんなちんちくりん体型の私でも多少様になって見えるものを瞬時に見繕えるのか。そしてこういう私のチョロさも瞬時に見抜かれているのだろう。
だがいらないものはいらない。
なんとか断ろうと決意しつつ試着室内の鏡の方から扉側へと向き直った。
そして私は試着室の扉を開けた。

んん????あれ???

誰もいない。
いや、まあそりゃあそうか。ずっと試着室前で待っていてくれるはずない。
どうしようかな…。
しばし周りをきょろきょろ見探す私。
すると店員さんがやや小走りで走ってきた。
私の目の前まで走ってきて、足元から上に向かって目線を上げていく。
上半身まで目線を持って行った後

「オオ似合いですぅーー。いいですねぇー。」

大げさに口元に手を持っていく店員さん。
そしてそのまま私と目が合った。
その時の私は試着室の扉を片手で持ったまま、体を前側に傾け首だけで周りを見回していた。
そして表情は試着室を開けてみて店員さんがいないと思ったときの

んん????あれ???

の表情そのままだったのだ。
口をぽっかりと開け、前傾姿勢で首だけ揺さぶる私。
つまり馬鹿面である。
都会のハトを思い浮かべていただきたい。あんな感じ。
そしてその顔のまま口元に手を当てた店員さんと見つめ合う。
そしてなぜか私は数秒の間に極端に冷静になってしまった。
そしてこの馬鹿面の自分がとてつもなく恥ずかしくなった。
黙ってしまった店員さんとの間に流れる気まずい空気。
コミュニケーションのプロでもある店員さんがこの気まずさに気づかないわけもなかろうが、そこはプロ。

「いかがいたしますか?」

と務めて平静に訪ねてきた。
でも店員さんの営業スマイルも少し引きつっていたような気がする。
が、一方の私は完全に感情が吹き飛んでおり、恥ずかしさも相まって頭は真っ白、完全にフリーズしていた。
応答がありません。

「どうされます?」

口を開かない私に店員さんは健気に話しかけてくれた。

「ああ、もういいです…。」

突然豹変した私にさぞ困惑されただろうが、店員さんは

「ああ、そうですかぁ…。」

と言いつつ試着室の扉を閉めてくれた。
その後の私は素早く服を着替え足早に店を去った。
あの時の店員さんにはご迷惑をおかけしました。



試着室の扉を開ける表情についての個人的考察

ということがあったのが数日前。
家に帰ってきてなんであんなことしたんだろうと一人反省会に明け暮れたのは言うまでもない。だが、ちょっと待てよと。
キムタク。チョマテヨ。
突然冷静になったのも阿保面だったのもなんの計画性もなく店に入ったのもコミュ障なのも全部私が悪いのは間違いない。
だが、試着室の扉を開けるとき私はどんな顔をするのが正解だったのだ?
あの瞬間どうすればええんよ。
考えられるケースとしては…
キリっとキメ顔?
まあそれでも店員さんは「お似合いですぅーー」と言ってくれるだろう。
彼ら彼女らは試着室の扉を開けた客が全裸でない限りは
「お似合いですぅーー」と答えないといけない法の下で生きている。
のでちんちくりんがキメ顔で出てきても褒めてくれるだろう。
ただ容姿に自信のない人間が一人鏡の前でキメ顔をするというのはなかなか難しい。ましてや普段の自分とは異なる服を身に纏っているので、おかしくないか笑われやしないか不安でいっぱいなのだ。
なのでキメ顔は無理だ。
じゃあケース2として思案顔は?
というか困り顔というか、相手にアンサーを求めていることをアピールする表情。
「似合ってますか?」を表情で訴えるのだ。
多くの人はこの顔で開けてるんじゃなかろうか。
「どうですかー」「いいですねー」
これが試着室に求められるコミュニケーションの理想像だろう。
しかしコミュ障にはなかなかこれも難しい。
コミュ障にとって自ら扉を開けて自身が人前に出るというのはそれだけで大変なストレスである。
自身をもって前を向いて相手に委ねるような表情は、自分の想定する返答が返ってこなかった時の不安によって塗りつぶされてしまう。
「どうですかー」の後に「いいですねー」以外の返答、
例えば「よくないですねー」とか「こっちはいかがですー?」みたいなのが返って来るとどうしようという不安だ。
結果として私は相手に委ねるような表情、一般的な表情を目指すものの、様々なハードルと不安によって顔が歪み、最終的には不気味な笑顔になってしまう。
はにかむような、不安なような、でも務めて不安を顔に出さないように努力する。そんな感情が混ざり合った表情がコミュ障の見せる曖昧で不気味な笑顔なのだ。
どうかあの不気味で不器用な笑顔に引かないでいただきたい。コミュ障なりの努力なのだから。
皆さんはどんな表情で試着室の扉を開けますか。













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