深夜零時の舞踏会
満月の夜。深夜零時になると、その扉は開かれる。扉の向かうでは、不思議な舞踏会が行われる。扉の向こうには、兎の仮面を付けた青年たちの舞踏会が始まる。その扉を開けることが出来るのは、たった一人だけ。兎たちの"王"と呼ばれている兎のように白い髪に赤い目の青年が現れて、舞踏会の招待状とも言えるカギを持って現れる。そのカギを手にした者が行ける舞踏会。
『さぁ、今宵は誰を招待しょうか?』
*****
「ねぇ、あの噂知ってる?」
「えっ?噂って何?」
「ほら、例の"深夜零時の舞踏会"」
「あ〜!知ってる、知ってる!!」
休み時間、女子たちの間ではそんな噂話で持ち切りだった。月島 蛍(つきしま ほたる)は文庫本を読みながら聞いていた。
そんな時、同じクラスで幼馴染の中原 理央(なかはら りお)が蛍に話しかける。
「おい、聞いたか?蛍?"例の噂"」
蛍は、読書を邪魔されたことが気に入らなかったのか、不機嫌さを含みながら答える。
「知ってるよ。今、隣の席で聞いていたから。で?その噂がどうしたの?」
「今日なんだよ!その、深夜零時の舞踏会があるのが!あ〜、ついに俺のところに来るのなぁ〜?なぁ?どう思う?」
そうしていると、蛍に近ずいて来る人物がいた。
「読書中に失礼、月島君」
そう声をかけてきたのは、生徒会長の有栖川 零二だった。蛍は、とりあえず今見てる本から、零二に視線を上げる。
「生徒会長様が、俺に何の用ですか?」
「ふふふ、そう警戒しないでくれ。ここでは言えない話なんだ、すまないが生徒会室に来てもらえないだろうか?」
零二は、そう蛍に笑いながら言う。蛍は、持っていた本を渋々閉じて立ち上がる。それに対して、先程まで2人の話を聞いていた理央が蛍に話しかける。
「おい蛍!マジでついて行くのかよ……?」
「なんで?話をするだけだよ?」
「そりゃ……そうだけどよ……」
そんな蛍を心配する理央に、零二は言う。
「そう、警戒しないでくれ。本当に彼と話をするだけだから。それとも、君も来るかい?」
そう言われた理央は、ちっと舌打ちして蛍の手を離す。
「それじゃあ、行こうか」
この時、蛍は零二の髪が黒から白に変わり目も赤に変わるのを気づかなかった。
*****
長い廊下を2人で歩きてようやく、生徒会室の扉の前についた。そして、前にいた零二がくるりと回って蛍と向き合う。
すると、零二は蛍に"なにか"を手渡す。
「えっ……?これは……」
蛍は不思議そうに、零二を見上げる。
「秘密の扉のカギだよ。今日の招待客は、君さ」
零二は、まるで兎のように真っ白な髪に赤い目をして、笑いながら言う。その時、蛍はつい先程理央が話していた話を思い出す。
『"深夜零時の舞踏会"』
蛍は、何かを察したように零二からカギを受け取る前に、兎の王となった零二に質問する。
「……一つ良いですか?なぜ、俺は招待されたのですか?」
「"なぜ?"か……。そうだなぁ……それは、君が――――」
零二が言葉の続きを言おうとした時、扉からクラシック音楽が流れてくる。蛍は扉にカギをさした。
そして、零二は蛍の手を引いて扉を開ける。
「時間だね。じゃあ、行こうか」
そう言って零二は、うさぎの仮面を付けた青年たちがいる広場へ蛍の手を引いて連れて行く。
*****
蛍は、うさぎの仮面を付けた青年たちが踊る隙間をすり抜けなかがら、ようやく彼らが歌っているのに気づく。
『談混じりの境界線上、階段のそのまた向こう。
全然良いこともないし、ねえその手を引いてみようか?』
『散々躓いたダンスを、そう、祭壇の上で踊るの?』
『呆然に目が眩んじゃうから、どうでしょう 一緒にここで!』
そう言って2人の青年は、蛍たちの周りをくるくると回りながら通り過ぎて行く。そんな蛍の手をさらに零二は引いた。
「先輩っ!どこへ!?」
零二は、蛍の唇に指をつけて言葉を遮る。
「違うよ、蛍くん。ここでの僕は、"王"だよ」
「"王"……?」
「そう……。さぁ、僕と……」
零二は、蛍の手をそのまま引いて青年達のように踊り出す。二人は青年達の真ん中で踊る。まるで、そこに零二と蛍しかいないかのように。
『甲高い声が部屋を埋めるよ。最低な意味を渦巻いて!当然、良いこともないし……。さあ、思い切り吐き出そうか!』
うさぎの仮面の青年達は、楽しそうに歌い踊る。
『短い言葉で繋がる意味を、顔も合わせずに毛嫌う理由(わけ)を、さがしてもさがしても見つからないけど……』
『はにかみながら怒ったって、目を伏せながら笑ったって!そんなの、どうせ、つまらないわ!ホップ・ステップで踊ろうか?世界の隅っこでワン・ツー!ちょっとクラッと、しそうになる終末感を楽しんで!』
「………………」
「………………」
蛍は、不思議そうにうさぎの仮面の青年達の歌を聞きいているが、その反対に零二はにこやかに笑っていた。
『パッとフラッと消えちゃいそな、次の瞬間を残そうか!くるくるくるくるり、回る世界に酔う』
*****
一通り蛍は踊り終えると、零二に勧められて王が座りそうな椅子に座った。うさぎの仮面の青年達は、まだ踊り続けている。まるで、この舞踏会が終わらないかのように。歌い、踊り続ける。
『傍観者だけの空間。レースを最終電車に乗り込んで、全然良いこともないし……。ねえ、この手を引いてみようか?』
「…………あの、一つ聞いても良いですか?」
うさぎの仮面の青年達の踊りを見ながら、蛍は零二に聞く。
「良いよ。なんだい?」
零二は、先程持ってきたワインを回しながら答える。蛍は、うさぎの青年達から零二に視線を向ける。
「ここって、あの"噂"のところですよね?」
「あぁ、そうだよ。君たちが言っていた、"深夜零時の舞踏会"」
そんな事を話していると、二曲目が始まる
『なんだかいつもと違う。運命のいたずらを信じてみる。散々躓いたダンスを、そう、思い切り馬鹿にしようか?』
「せ、王様、さっき言いかけた事を教えてくれませんか?」
『つまらん動き繰り返す意味を、音に合わせて足を踏む理由(わけ)をさがしても、さがしても見つからないから……。悲しいときに踊りたいの、泣きたいときに笑いたいの!そんなわがまま、疲れちゃうわ!』
「知りたいかい?」
零二は、イタズラに笑う。そんな、零二にイラッときたのか、蛍は少しイラついた様子でもう一度聞く。
「……だから、俺をここに連れて来た理由です!どうして俺を、っ!?」
蛍がここに連れた来たと言うとした、その時にこやかに笑ったうさぎの仮面の青年が、蛍の目の前に来る。そして、蛍に囁くように歌う。
『ポップにセンスを歌おうか?世界、俯いちゃう前に。キュッとしちゃった心の音をどうぞ。まだまだ忘れないわ』
そこで蛍は、全てを察した。
「っ!?」
すぐさま蛍は、隣にいた零二を見る。すると、零二は先程と違って片膝を折って頭を下げていた。そう、まるで王様に頭を垂れるように。
一人のうさぎの仮面の青年が蛍の前に来て、笑いながら歌う。
『なんて綺麗な眺めなんでしょうか!ここから見える風景きっと何一つ変わらないから、枯れた地面を這うの。ホップ・ステップで踊ろうか?世界の隅っこでワン・ツー。ちょっとクラッとしそうになる終末感を楽しんで!パッとフラッと消えちゃいそな次の瞬間を残そうか!』
蛍には、その青年に見覚えがあった。それはそのはず、その青年とは零二が来る前に話していた人物。幼なじみの"中原 理央"なのだから。
「理央……」
蛍は、その一言だけ言うのがやっとだった。それはそのはず、いきなり視界が傾いたのだから。文字通り、蛍がいる世界ごと傾いたのだ。
零二は、立ち上がり蛍に言う。
「新たな王よ。さぁ……真なる世界をお作り下さいませ」
蛍は意識が消える前に、最後に心の中で呟いた。
(……さよなら、お元気で)
終わる世界に言う―――
END