バンザック列伝
驚異的なバンザックブームから1年が経った。
今でもなおその勢いは衰えを知らない。というより世の中に溶け込んでいると言った方が良いだろう。
バンザックの作者でもある自分はその光景に未だ苛立ちを撫でられていた。
ツーイター
しけぜ『カブトムシと友達になった後にドロドロに溶かしてグミにして食べたい』
リプ欄
『ばんザック続きかいてーーー!ーーれ!!』
『ばんざつくのつづきがみたいですはよかいて』
『ばんザックおもんないからはよやめろwwwwww』
…
何時からだろうか
SNSに投稿するもの全てに子供が、蛍光灯に群がる虫のように集まってくるようになったのは
YouTUPUを開けば流れてくる動画は八割がバンザック関連
22chを開けばバンザックの議論がほぼ全ての板を埋めている。
インターネットの話題がバンザックで溢れかえった頃、自分はSNSを開く事が苦痛に感じるようになっていた。
自分の趣味といえばスマホでSNSを見て寝る。それだけのつまらない男だった。
だが、今はバンザックの話題しか流れて来ないような、むしろバンザック以外の話題をするだけで邪険に扱われるような世間だ。バンザックの身内ノリが全国で当たり前になっているのを見ると最高に気持ちが悪い。
そんな世間といのもあり、唯一の生きがいであったSNSすらも見るのが辛くなっていた。現在は起きては寝、起きては寝を繰り返すだけの睡眠ロボットになっている。
この世の中は狂ってる。
正確に言えば、自分が世界を狂わせたという方が近い。
…やめよう。この話題は。
コーヒーでも買って落ち着こう
~
自宅から3分程歩くとコンビニがある。1週間分の食料をここで買い、それ以外はずっと家に引きこもる生活をしていた。
カゴにカップ麺や菓子を入れ、レジへと向かった。
『コーヒーのSサイズ1つ、後わかばを1箱。』
周囲の目が一気にこちらに向く。
こちらに対して、強い嫌悪感を持つ視線が自分に向けられている。
『コーヒー…わかば…あー!バンザックとバンザックの事ですね、合計で13110円になります。』
自分がバンザック意外の主語を使う度に周りの人は嫌な顔をする。
またこれだ。
生々しい陰湿なジメッとした視線で自分の事を見てくる。
未だにこの避けられるような雰囲気には慣れない。
~
世の中はバンザックで溢れかえってる。
故に今までの世の中にあったもの全てがバンザックに起き変わっているのだ。
『朝起きたらまずはバンザック次にバンザック、余裕があればバンザックも。』
これはあくまで例のひとつに過ぎないが、こんなフレーズが今の世の中では当たり前のように使われている。
~
最初は内輪同士での言葉遊びだったのだと思う。
『先輩に筋肉付いたらまるでバンザックみたいですよw』
『そりゃあね、お前も鍛えたら?バンザックみたいになれるって!』
一番最初にこの会話を道端で聞いた時、『私の作品はこんなに有名になったんだ』と思い、とても感動した思い出がある。
その時はまだバンザックというキャラの根を理解した上で言っていたのだろう。
しかし、歳月が過ぎるほどにバンザックの話題性が次第に様子がおかしくなっていく。
バンザックの話題性に感動した3ヶ月後の話だ。
『これさ、ウチの猫。ちょ~可愛くない?』
『可愛い~バンザックみたいじゃーん!』
…?
この子達は何を言っているんだ?
自分が作り出したバンザックというキャラは、2mの96kg、8等身の全身が鋼のように鍛えられたイケメンであるというのに。
この女子高生らは猫に対して『バンザックみたい』と言っていたのだ。
猫という『可愛さ』で戦ってる動物とは似ても似つかない。
もしかしたら猫が『2mの96kg、8等身の全身が鋼のように鍛えられたイケメンなのかもしれない』と自分に言い聞かせ、その場を去ろうとした。
『ついでだし写真撮ろ、バンザックのポーズで写真撮ろ~。』
???
バンザックのポーズ?????
バンザックの原作は小説であり、ポーズに対しての言及は何一つとして書かれていない。
確かに漫画化アニメ化映画化は既に決まっている。そこから引用したのなら納得が行く。だがそれはまだこの時点では未発表であり、発表もこの1年後であった。
何だそのポーズは?
何なんだバンザックポーズって?
彼女達は親指と人差し指を交差させ、指で小さなハートを作っていた。
これがバンザックポーズだと?
それは指ハートだろう?
何を根拠にバンザックのポーズと言い張っているのだろうか。
だがその時は、何処かの誰かが悪ノリでこのポーズをバンザックポーズという事にしたんだろう。と、若干無理のある言い訳を自分に言い聞かせてた。
そんなクソみたいな言い訳を何とか飲み込もうと努力したが、1ヶ月という短い期間でその無駄な努力は必要のある努力へとなった。
~
『そういえば貴方、バンザックの申請はしたの?』
『あー…そういえばしてなかったな…。』
『丁度いい、私この後バンザック行くからついでに申請やっておきな。』
街を歩く老夫婦がそう言いながら自分の前を通った。
バンザックの申請?
この後バンザックに行く???
本当にコイツらが何を言っているのか分からなかった。
確かに自分の作品はかなり有名になった。
ハリウッド映画化も決まり、作者の私は国民栄誉賞や人間国宝を総ナメ。挙句の果てには国連のモチーフキャラにもバンザックは抜擢された。
だからと言ってこんなに日常会話にベラベラと出てくるようなものでは無い。
まだ新しい事を活発的に取り入れようとする若者であればまだ理解できる。だが今『バンザック』を使っているのは凡そ70後半は超えてるであろう老夫婦だ。
ここからというもの、この世界における主語の定義が少しずつ変わり始めて居るのを実感した。
『バンザックできたてです~!』
パン屋のパートのおばちゃんがそう言った。
違う。それはクロワッサンだ。
『今月さ、もうバンザック使い切っちゃったから少し分けてくれない?』
『…実は俺もピンチ。後2ギガバンザック。』
2人組の高校生が駅のベンチに座りながらそう言った。
違う。それはモバイルデータだ。
後なんでギガだけ残すんだよ気持ち悪いだろ。
『…みたいな事があってさ~。』
『へ~まるでバンザックのバンザックみたいだね。』
マクドナルドで仲良くするカップルがそう言った。
違う。元の言葉が分からないから修正しようも無いけど多分違う。
周囲の人がバンザックを主体に会話をしている。
何がどうなっているんだ?
家に帰りテレビを付ける。
最近はメディアやテレビ等に引っ張られてまともに世間の事に触れていなかった。
『見てください!この新鮮なバンザック!』
『バンザックは時代遅れ!?今の流行りはバンザック!』
『『いつも元気なバンザックでーす!』『バンザック元気元気!』』
ここ周辺だけかと思ったらそうでもない。この現象は全国共通だった。
ハハハ…こりゃ夢か?
そういえば自分がゲスト出演したテレビ番組が今日放送されると言っていた事を思い出し、そのチャンネルに番号を変えた。
『…というのが作者しけぜさんの生い立ちです。』
『少し良いですか?ここ、15歳の『修学旅行に行けなくてカイジで自慰をする』ってのを詳しく聞きたくて…』
『まずこの内容テレビで写すことできるの!?』
『アッハッハ』
…普通だ
自分の知っている、人と人との会話だ。
バンザックとバンザックの会話じゃない。
だが、何故ここだけ何時もと違うのか、あまりにも不自然であった。
ふと画面の右下端を見る。するとこのような事が書かれていた。
【*しけぜさんはバンザック語ではないので、翻訳を搭載した字幕を付けております。
副音声ボタンを押すと字幕が表示されます。】
何だと?
これじゃあまるで世間は俺の事を異端者の様に扱っていると言っている様なものじゃないか!
じゃあ何だ!
あの時一緒に話してた共演者は
異端者と話のレベルを合わせる為に
わざと『バンザック語』を使わなかったというのか!?
~
俺はこの日から表舞台に姿を表すことはなくなった。
そんな中でもバンザックに関係する仕事の依頼は数を耐えない。
だが自分が仕事を全部断ればいいんだ。
そうすればもうバンザックが世間から忘れ去られる。
それでいい。
それでいいんだ。
そこから
半年が経過した。
…全くバンザックの熱が衰えることは無い。
というより契約してない会社と勝手にコラボしている。
まるでフリーの素材かのように使われている。
世間の言葉のバンザック化は更に悪影響を加速させていた。
主語をバンザックにしないだけで腫れ物扱いされるようになった。
最近の学校ではバンザック関連でのいじめが多発しているらしい。
仮に自分が学生だったら同じように虐められ、居場所をなくしているだろう。
だがそんな自分を何とか変えようと頑張った。自分も主語をバンザックに変えた。だが聞き手は全員『?』の顔をする。
もう訳が分からない。
バンザックを使うにはコツがいるのか?
そんなのネットに書いてなかったぞ?
こんな異常なまでの世間の流行を作った張本人が世間から煙たがられるだなんて、皮肉にも程があるってものだ。
~
そこから更に2ヶ月経ったのが現在。コンビニに通う意外の運動をしなくなった底辺の人間が自分だ。
ああ…
狭い世の中になったなぁ。
猫背で歩道を進む。
帰り道の途中、公園で遊ぶ子供達がいた。
『バンザックごっこしよー!』
『やるー!!!!』
楽しそうだな。
俺もあんな感じで楽しい人生を過ごしたかったな。
『じゃーせーのでバンザックになるよ!せーの!』
その時だった。
少年少女たちの身体がビキビキと音をたて、どんどん大きくなって行った。
自分はその光景をただただ口を開けて見ることしかできなかった。
『バンザックなれたー!』
『ヒロ君のバンザックでかいーいいなー』
子供らは全員バンザックになった。
公園にいた子供らが揃いも揃って2mの96kg、8等身の全身が鋼のように鍛えられたイケメンになっていた。
それを見た周囲の人も影響を受けるようにビキビキと骨が折れるような音を出しながらバンザックに変わっていった。
ベビーカーを引くお母さん。
公園周囲を走る野球部の学生。
ベンチに腰掛けるおじいさん。
このどれもがバンザックに変わっている。
何なんだこの世界は?
明らかに流行語の粋を超えてる。
まるで変異体のウイルスのような。
唖然としながら彼らを見ている。
ぎらりと自分に向けられた目線を感じた。
バンザックからの同調圧力を感じたからだ。
走った。全力で走った。
ここで逃げなければ自分は終わると、本能的に悟った。
バンザックの集団は追いかけてくる。
自分よりも優れている脚力で追いかけてくる。
自分で考えた設定を今更後悔している。
もう許してくれ。
謝るから。
だから_______
~
俺の名はバンザック!
2mを超える身長と98kgの体重とムキムキの八頭身でかっこいいのが俺の特徴だ!
今日は祭りがあるらしい!
どうやらバンザック神を称える儀式の様な祭りとの事だ!
まあ、祭りと言っても俺は見るだけだがな!
…よいしょ!
いやー!玉座の上で見る祭りは楽しいぜ!
『『『『聖なる創造神バンザック様、我らバンザック人に溢れんばかりの幸福をお授け下さい。』』』』
玉座の上から見えるバンザックの数は、軽く100万人を超えていた。
玉座に座っている特別なバンザックの手にはわかばと書かれたタバコが握られてきた。