BUCK-TICK "ABRACADABRA"

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群馬出身のロックバンドによる、2年半ぶりフルレンス22作目。

今年で結成から35年を迎え、その間にもう山ほどの作品をリリースしてきているだけに、BUCK-TICK というバンドにどのようなイメージを抱いているかは、ファンの間でも様々な意見があることかと思う。じゃあ自分はどうなのかと言うと、BUCK-TICK は "現実と対峙するバンド" だという認識がある。

最も分かりやすいのは2002年作 "極東I LOVE YOU" である。9.11 の勃発、またそれ以後の世界の動向を受け、彼らは "極東より愛を込めて" という直接的なメッセージソングや、"Long Distance Call" という戦禍の描写を含んだ壮絶な楽曲を発表している。その他にも "無知の涙" では強国が戦争に走る様を皮肉たっぷりに描いたり、"夢見る宇宙" では 3.11 で甚大な被害を受けた家族の様子からインスピレーションを受けたりと、例ならいくつもある。表面的にはシアトリカルで幻想的な装飾が目立ってはいるものの、実際には現実の事件、時流を反映したリアリティのある表現を信条としているのである。そもそも彼らがしょっちゅうモチーフにしている生、死、セックス、これらがすでに目を背けようにも背けられない根源的な現実そのものなわけだし、本当の意味で彼らが虚構の世界を構築していたのは極初期、またはゴシックを厳密なコンセプトとした2006年作 "十三階は月光" くらいではなかろうか。むしろそちらの方がレアケースだろう。

それで今作だが、インタビューによるとテーマは "逃避" だという。思いっきり "対峙" の対義語である。彼らいわく、現在のコロナの状況に創作を左右されたくない、あえて意識しないようにしていたと。 正直言うと、聴く前は少し困惑していた。単に目を逸らしているということではないのかと。

まあ実際の中身を聴けば、その困惑は瞬く間に氷解してしまったのだが。ややこしい言い方になってしまうが、"逃避する" というリアクション自体が現在の状況を受けてのものであり、現状に対して明確なひとつの回答を示しているとも解釈できるので、そういう意味では今作は久々にポリティカルな側面の強いアルバムと言えるだろう。中でも "LOVE" と "PEACE" が声高に繰り返される "ユリイカ" 。今作で唯一コロナについての曲とのことだが、この曲が最も現実逃避の気が強く、言ってしまえば能天気である。ただこれほどストレートに突き抜けきっていると理屈ではないパワーが宿っているようにも感じるし、無理矢理に見えないものを見ようとするよりはこれくらいシンプルな方が効果的なレスポンスと言えるかもしれない。

そして取り上げる題材はコロナに限らず多岐に渡っている。若者に忍び寄るドラッグや買春の魔の手("URAHARA-JUKU")、ウェブ上にはびこる自称正義の誹謗中傷("Villain")、幼児虐待("MOONLIGHT ESCAPE")、そして自死("凍える")。もちろん彼らはこれらについて心を痛めてはいても、単純に NO を唱えたり大上段から説教を垂れているわけではない。安易には答えを出さず、聴き手に歌を放り投げ、各々に考えを促すような姿勢を取っている。大文字のロックバンド、ミュージシャンとして至って誠実な姿だと思うし、2020年に入っても B-T が全く日和っておらず、表現の鋭さが保たれていることに嬉しくなる。

ただポリティカルとは言っても重苦しさはない。むしろ今作はサウンド的には、これまでの B-T の全カタログと比較してみても、ロックンロールらしい軽快さが特に際立った内容になっている。アレンジ面では相変わらずシンセ類がゴテゴテと詰め込まれてはいるが、元となるバンド演奏は対照的にラフな手つきが目立つ。序盤の "ケセラセラ エレジー" や "URAHARA-JUKU" ではダウンビートの単純明快な躍動感が第一に来るし、ニューウェーブやインダストリアル以前に RC サクセションをルーツに持つ彼らにとっては、ある意味原点回帰とも言える抜けの良さが印象的。また中盤では昭和歌謡感丸出しの "舞夢マイム" や "ダンス天国" のような変化球もありで、ベテランならではの余裕を感じさせる遊びの要素も多い。そして終盤に固められたシングル曲は盟友 YOW-ROW (GARI) のマニピュレートによってダンスナンバーとしての強度がさらに高められている。全編通じて痛快さがあり、とにかく意識が "外" に向いているのが分かる。

クローザーは "ユリイカ" にするか "忘却" にするかでメンバー内で意見が割れていたらしい。アルバム全体のトーンを考えれば "ユリイカ" の方が相応しかった気もするが(冒頭の SE "PEACE" は "ユリイカ" を元にして作成したらしいし)、結局のところ彼らの伝えたいメッセージは "忘却" にこそ集約されているのかもしれない。喜びも悲しみも、祝祭も災厄も、いつかは儚く過ぎ去ってしまう。命短し恋せよ乙女ではないが、儚いからこそ人は生きることに執着するのだし、生を全うするためには逃避すらも厭わない、そういった彼らなりのポジティブな目線がこの作品には通底しており、それが最終的には "忘却" の中の "忘れ去られてゆけばいい" という言葉に辿り着くのではないかと、そんな風に思う。一見すると諦めにも映るが、現実を見つめ、未来に繋げていくための手段でもある "逃避" 。現在においても B-T が第一線に立ち、充実したクリエイティビティでもって我々を先導してくれる、そんな力強い存在であることを今作は十分に証明している。


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