cali≠gari "ブルーフィルム -Revival-"
1993年結成の日本のロックバンドによる、2000年作 "ブルーフィルム" の全曲再レコーディング、さらに新曲を追加収録したリメイク盤。
どこから書けばいいものか…。ひとまず、オリジナルの "ブルーフィルム" が完成するまでの経緯を整理しておく。
90年代末、当時の cali≠gari は "奇形メルヘン音楽隊" なるバンドコンセプトを掲げ、エナメルでコテコテに着飾った典型的なダークヴィジュアル系とは一線を画した、昭和の湿り気を強く感じさせる猟奇的な世界観、いわゆるエログロナンセンスな作風を確立し、彼らの個人レーベル "密室ノイローゼ" や主催イベント "東京地下室" から名前を借りた "密室系/地下室系" なるサブジャンルまで生まれるほど、インディーズ界隈では特に存在感のあるバンドとなっていた(こちらの記事も合わせて読んでもらえれば)。しかし改めて振り返ってみると、グロとナンセンスはこれまでの作品で十分にやってきたが、肝心のエロの部分がおろそかになっているのではないか?という気付きにより、彼らはエロをテーマとした、その名もエロアルバム "ブルーフィルム" の制作に着手した。それが2000年5月頃。
しかしここで不測の事態が生じる。レコーディング間近という段になり、当時のボーカリスト秀児が突如音信不通となってしまったのだ。彼はもともと精神的に不安定な面があり、連絡が取れなくなるのはこれが初めてのことではなく、そのたびに他のメンバーは活動の調整に努めてきたらしい。ただ今回はタイミングがあまりにも悪すぎた。バンドの勢いが上昇気流に乗っている大事な局面、しかもレコーディング直前で活動にブレーキがかかってしまうのは大きすぎる痛手だった。苦渋の決断としてバンド側は秀児の解雇を決定し、新たなメンバーを探すことになった。だが他のパートであればまだしも、ボーカル交代ともなればバンド全体のイメージ変化は決して避けられない。まして cali≠gari の場合、秀児の強烈なルックスやキャラクターがあってこそ、上述の "奇形メルヘン音楽隊" のコンセプトが成り立っているという側面もあった。人選には慎重な判断が必要不可欠だった。
にもかかわらず、幸運にも新ボーカルは即座に決定した。現在でもボーカルを担当している石井秀仁である。当時のドラマー誠との繋がりがあったことで加入の流れになったと記憶しているが、それ以前から秀仁は cali≠gari に対して好印象を持っていたらしい。80年代ニューウェーブ方面をメインに音楽的な蓄えが豊富で、ヴィジュアル系にも理解があり、歌唱力も高い。唯一の懸念は "奇形メルヘン音楽隊" のカラーに合うか?というところだが、その時の切迫した状況を考えれば、もう彼以外にはあり得なかっただろう。そんなこんなを経て、5月31日付で秀児が脱退。6月1日付で秀仁が加入。同日にレコーディング突入。レコーディングと言いつつ実際には作曲も並行していたと思う。1週間ほどで "ブルーフィルム" はめでたく完パケし、7月7日に店頭に並んだ。改めて考えても狂っているとしか思えない怒涛のスケジュールである。
それで実際の内容はと言うと、突貫工事っぷりを全く感じさせない充実の出来栄えだった。下世話一直線の "エロトピア" "ミルクセヰキ" 、淫靡なムードを重視した "ポラロイド遊戯" "真空回廊" 、シュールでコミカルな "音セックス" 、アンニュイかつ濃密な "原色エレガント" 、そしてエロをほろ苦い青春の一側面と捉えたアルバム表題曲 "ブルーフィルム" 。音楽的にはグラム、シンセポップ、ジャズ、昭和歌謡とバラエティに富んでおり、7曲すべての個性が粒立っているが、それぞれの楽曲に異なる性質のエロティシズムを盛り込むことで、アルバム全体に確かな統一感が生まれている。cali≠gari ならではの極端な雑多さによるエンターテインメント性が保たれ、なおかつ新たな前進も見られる大傑作となっていたのだ。この時の cali≠gari には何か神懸かり的なものが宿っていた。メンバーチェンジの逆境を乗り越えた彼らは、これ以降さらに活動の規模を大きくしていくことになる。
それから20年。ようやく本題である。
1曲目は SPANKERS "Sex On The Beach" のカバー。2010年頃にクラブヒットしていたパーティーチューンとのこと。正直自分は全く知らなかった。脳細胞を1ミリも使ってなさそうな歌詞が最高だが、1曲目が違うとアルバムに対する印象も随分と変わるもので、旧譜のリメイクというよりも真っさらの新作を聴いている気分になり、結構面食らう。ただ違和感らしい違和感はこれくらいで、他では80年代風の正統派ビートロック "デリヘルボーイズ!デリヘルガールズ!" や、ドリームポップに通じる幻想的なギターの音色に深く包まれる "さかしま" と、どちらの新曲もオリジナル盤にはなかった曲調でうまく間隙を突き、多彩さを押し広げることでアルバムのコンセプトをさらに強化している。特に前者の "デリヘル~" は今の cali≠gari らしくもあり、昔の cali≠gari の味わいもありという感じで、過去と現在の魅力が切れ目なくひとつの線で繋がっていることも実感できて、ファンとしては思わず嬉しくなる。
また旧曲のリアレンジに関しては、元の形を保ちつつ(前テイクも一部再利用しつつ)、音作りを真っ当な方向にビルドアップし、サックスやピアノも適宜追加し、あるいは不要な音を引き…と、基本的には20年前のイメージを崩さない丁寧な改変。ただ "真空回廊" だけはヒステリックなギターノイズやシンセを多く盛り込み、ベースプレイも盛大に暴れまくりで、かなり派手に汚している。けれどもむしろこちらの方が本来の姿なのではと思うほど、汚しの部分が綺麗に曲と合致している。今回に限らず cali≠gari は過去の楽曲をリメイクすることがよくあるのだが、原曲に足りないものを足す、またはガラリと変貌させるときのセンスがいつも鋭く、このような企画モノであっても "最新が最高である" ということをきっちりと示してくれる。そう言えば今作に関してベーシスト研次郎は「録音直前までボーカルが不在で、どんなメロディが乗ってくるかわからないから、ベースは無難なフレーズを弾くしかなかった」と昔のインタビューで語っていた記憶がある。そういう意味でも今作は、過去に詰め切れなかったところまでを詰めることができた、リバイバルの名に相応しい仕上がりだと思う。
そして最後のアルバム表題曲 "ブルーフィルム" である。今作では BPM が少し上がってライブらしい躍動感が増している。ただそれだけで、あまり手は加えられていない。それで十分だと思う。この曲は完成されすぎている。そして自分の頭の中にも定着しすぎている。誇張ではなく、もう数えきれないくらい何度も聴いた。当時十代だった自分は何度もこの曲に心をかき乱された。言わば青春時代のサウンドトラックである。青春はいつか過去のものとなり、ノスタルジアに埋もれて古びていく。しかし時折、思いがけない場面で再び巡り合うことがある。それは昔の姿そのままというわけにはいかないけれど、単に老いを重ねただけではなく、何なら昔よりも若々しくバイタリティに満ちた魅力を携えていることも、時にはある。その魅力は長くバンドを続けてきた者だけが持ち得る武器だし、それを享受できるのも長くファンをやってきた者だけに与えられる特権だろう。もちろん若いリスナーは一切の先入観なしにここから入れば良い。上にも書いたが、このバンドは最新が最高だからだ。