僕は電話ランデブー
よく遊ぶ友達のひとりが昔から井上陽水を好きで、彼の部屋にお邪魔した時に陽水を薦められることがままある。そこで少し本腰を入れて陽水の曲を聴くわけだが、この「Pi Po Pa」という曲を気に入りすぎて、こればかり繰り返し聴いている。そこからなかなか他の曲に進まないので友達に半ば呆れられているくらいだ。
「Pi Po Pa」は陽水が1990年に発表した13作目のアルバム「ハンサムボーイ」の1曲目である。このアルバムには「少年時代」や「最後のニュース」といった誰でも知ってる代表曲も含まれており、リリース当時のファンは当然そういったフォーク路線を期待してこの CD を買ったことだろうが、そうした期待を真っ向から裏切ってくるこのオープナーの曲調には思わず唖然とする。都会の夜更けのようなディープで洒脱な空気感、仄かにファンキーなグルーヴを携えたリズム、そして盛り上がりの抑制されたセクシーなメロディ。まるで The xx を20年も先取りしたような静謐と濃密さにすっかり魅了されてしまった。この曲調とドギツい色調のアルバムジャケット、意図の不明瞭なアルバムタイトル、そして井上陽水というキャラクターを加味していくと、その無闇な情報量の多さに頭がクラクラしてくる。
もちろん歌詞も良いのだ。昔から陽水は数多いフォークシンガーの中でも一際饒舌な人だという印象があった。例えば代表曲「氷の世界」。いつぞやのフジロックでもオープニングで演奏し、切れ味のあるファンキーな演奏で観客を大きく沸き立たせていたのをよく覚えている。
人を傷つけたいな 誰か傷つけたいな/だけど出来ない理由は やっぱりただ自分が恐いだけなんだな/そのやさしさを秘かに 胸にいだいてる人は/いつかノーベル賞でももらうつもりで ガンバッてるんじゃないのか
当時の陽水は25歳。若さゆえの刺々しさも確かに感じるが、当時から何処かしら達観したような雄弁さを見せている。こんな風に人の心の内を暴いてみせるような歌詞を20代でさらりと書いてしまえるというのが、やはり異才は違うと唸るほかない。それから17年の月日が経ち、40を超えた陽水による「Pi Po Pa」の歌詞が以下である。
ひとりふたり 二人より一人で Pi Po Pa/離ればなれ 指先で触れたら Pi Po Pa/話くらいキャラメルをカミカミ Pi Po Pa/悪いくらい恥じらいが希薄で Pi Po
曲調同様うっすらとエロティックであり、孤独な人々の心象、機微が相変わらずの饒舌さで描かれているようでもあるし、陽水独特の浮世離れしたようなユーモア、ある種の変態性も滲み出ているように感じる。90年は電話で、現代は SNS で、我々はどれだけ離れた距離があろうがいつだって繋がることができる。しかしそこに実感できる体温はなく、在るべきものがない空白の物悲しさ、冷たさは今も昔も変わらない。普遍的なテーマである。こうした様々な要素がさり気なく複雑に絡み合ったこの曲に、それこそカミカミしてるキャラメルのごとき味わい深さをしみじみと感じ取っているのである。
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