ぼくの大三角形
とばりの大三角形
北海道釧路市生まれ、釧路市育ち。顔を合わせるまで知らなかったが、僕とユイくんの実家は目と鼻の先。それが今二人揃って東京の中心にいるのだから、随分と遠くまで来たものだな、と時折感慨深くなる。お互い何も言わず、黙々と歩み続けてきた3年間。ふと、彼の足が疲れていやしないか不安になることもある。結局こっぱずかしくて、口に出しはしないけれど。
軽音バンドのスタジオ練習帰りに立ち寄って、憧れのバンドについて語り合ったあのジャスコの2階のフードコート。先生や先輩、将来に課題。嫌なものから逃げ続け、たどり着いたのはいつだってあの4階の端の空き教室だった。
もう戻りたい、とも、戻れる、とも思っていないけれど、それでもあれが、確かにいわゆる青春で、いわゆる思い出だった。
ずいぶん長居をしてしまったみたいだ。今更話すことだってそんなには無いはずなのに。いつも同じメンツでの対バン、その打ち上げ。ライブハウスが閉まれば居酒屋、それでも足りなければコンビニで缶チューハイ。
対価はいつだって翌日の予定だった。
「いつか武道館に立ちたい」「音楽だけで生きていきたい」「自分の歌であの子を惚れさせたい」あの頃のくだらない青写真に、今では人生を賭けてしまうほど夢中になってしまっている。
ちらりと時計を見ると、朝4時を過ぎていた。そろそろ始発の時間、世間が動き始める頃合いだ。彼らが起きて、働き始める頃、僕らは眠りにつく。彼らが仕事を終え、帰路に着く頃、僕らは歌い始める。いつだって噛み合わないから、ロックバンドはスターでいられている。結局、あの頃と誰も何も変わらない。嫌なものから逃げ続けた先の空き教室と同じ。偏見や風潮、差別に論争、全てから逃げた先で待っていたい。あなたが好きなものを持ち込んで、あなたが好きに過ごせるように、なるべくあの空き教室のようにからっぽの人間でいたい。
偉くなくていい、立派じゃなくていい、素晴らしくなくていいから、あなたにだけは好きでいてほしい。
そんなキザなセリフを言う僕に、「お前の言葉を信じている」と、もっとキザに振る舞ってしまう彼のことを、誰よりも信じている。
誰にも見向きもされなかった、地上5階のライブハウスから、誰にも見向きされなかった僕らの革命を始めるんだ。
彼の声が、潰れてしまって二度と歌えなくなる最後の一秒、隣にいるのは僕らがいい。
僕の言葉が、枯れて二度と歌を書けなくなった時、隣で最後の歌を聞いてくれるのはあなたがいい。
ロックバンドと出会って、人生が変わった。うさんくさい文章だけど、もともと何にも本気になれなかった僕は、本当にロックバンドのおかげで人生が変わった。歌を書くということ、それを披露するということ、それに本気になるということ、それを認めてもらうこと。そのどれもが僕の人生の中で最も輝いている瞬間だった。
19歳までは、ただ書いて、演奏して、付き合っている女の子に褒めてもらって、ただそれでよかった。それが僕の狭い世界の全てだった。
いわば、軽音部という事務所レーベルに所属し、高校というコミュニティのなかで僕らはメジャーバンドで、ロックスターだった。
だけど、それら全てを失ってから、ただのいち社会人として始めたバンドは、辛いこと苦しいこと悲しいことの連続だった。
後から結成したバンドが飛ぶように売れていった。メンバーを揃えるのにも苦労した。そしてそのメンバーは脱退した。本気で企画したツーマンの集客は40人だった。大金をかけて作ったMVの再生回数は3,000回だった。同じライブハウス出身の仲間たちが、大きなサーキットに呼ばれている間、僕はひとりで歌を書いていた。新しく歌を書いて、それを世に出すたびに、「きっとこれで見つけてもらえる きっとこれで全てが変わる」と思い込んでいた。
ロックバンドに出会えて、本当に良かった。今でもやっぱりそう思う。だけど、こんなに苦しいなら、こんなに悲しいなら、ロックバンドになんか出会わなければよかった。そう思った夜があるのも、本当だ。
ワンオクは初ライブが新宿ロフト、マイヘアは19歳でフジロック、ラッドウィンプスは20歳で武道館。
高校生の頃憧れていたバンドたちは、僕と違って紛れもなく天才だ。何歳だとか、何年続けただとか、関係ないとわかっていても、僕の歳の時にはあのバンドは…と考えてしまう。
いつか同じステージに立つ、どころか過去の彼らの影にすら追いつけそうにもない。
2001年生まれ同士、頑張っていこう!と肩を組んだ同い年のバンドが活休した。「俺は絶対音楽辞めねえから、お前も音楽辞めるな!」と言ってくれた先輩が自殺した。
今辞めてしまえば、貧困も劣等も諸々の事務連絡も、全部終わらせることができる。かつてZeppでのツーマンを誓いあった仲間が、廊下の奥でニヤつきながら僕を手招いている。
早く辞めてしまえ、そうすれば楽になれるから。何度も耳元でこの言葉が聞こえた。
それでもなぜだか諦められない自分がいる。
解散したはずのバンド、街人が2024年再結成、新曲をひっさげてツアー。いても立ってもいられなくなって、自主企画のオファーをした。断られてしまったけど、僕らの名前を知ってくれていた。
好きだったアニメの主題歌を務めたバンドのメンバーが、僕らの歌を褒めてくれた。
今はどんなやりとりも携帯の中だ。憧れに少しずつ近付いて、言葉を交わした後、見上げた空に吹く風が、想定外に眩しかった。
その時やっとわかった。辛いとか、苦しいとか、悲しいとか、どんなことにも耐え、乗り越え、騙し騙し続けてこられたのは。
僕を認めてほしかったからなんだ。
ユイくん、毎夜、マネージャー、みんなが僕を助けてくれる。僕は酒癖が悪いし、女癖も悪いし、顔が良いわけでも背が高いわけでも、お金を持っているわけでも話が面白いわけでもないけれど。それでも僕の書く歌を、信じてくれているんだと信じている。
僕はユイくんの声と誠実さを信じている。僕は毎夜のリズムと覚悟を信じている。僕はマネージャーの戦略と熱意を信じている。誰かを信じてみる、なんてそんな簡単に思えることでも、ましてや口に出せることでもないから、ここに書き留めるだけにしておくけれど。僕を信じてくれるみんなを信じている。初めてユイくんと音楽を鳴らした日、初めて毎夜がベースサポートしてくれた日、初めてマネージャーが僕らのライブを見てくれた日。その瞬間は、きっとどれも平凡で、何も劇的じゃなかったと思う。だけど、過去に価値をつけるのはいつだって未来の仕事だ。あの日と、あの日と、あの日と、あの日が。今までの全部をドラマに変えていくのは、これからの僕だ。今までの日々の全てを煌めかせていこうと本気で思っているんだ。
最後になってしまうけれど、やっぱり僕と僕のバンドのほとんど全てが、あなたのためにある。あなたが笑ってくれるから、あなたが泣いてくれるから、あなたがいてくれるから、これからも歌を書いて、ステージに立ちたいと思う。「僕らロックバンドになって 君の一番星になって どうしようもない夜照らして」こんな泥臭い歌詞に、何度心を動かされただろう。
いつかの自分がドキドキしたような、そんなバンドになりたい。僕の言葉に少しでも共感してくれる、少しだけ僕に似ているあなたを、僕はどうにかして笑わせたい。泣かせたい。心を動かしてみたい。こんなどうしようもない日々を、僕の言葉で煌めかせて、いつか星になってあなたの夜を照らしたい。
かつて僕が、あのバンドにそうしてもらったように。
たとえあなたが、ロックバンドなんか聞かなくなっても。たとえあなたに恋人か友達ができて、もう僕たちの歌を聞かなくなっても。僕たちはいつまでもこのステージに立って歌って、いつまでも煌めいているね。いつか僕の言葉が、僕たちの姿が、誰かにとって星に見えたのなら、それを線で繋いで星座にしてね。夏でも冬でも秋でも春でも、いつまでもあなたの中だけで輝く、あなただけの大三角形でいられますように。
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