婚姻制度に加担します
品田遊「キリンに雷が落ちてどうする 少し考える日々」を読んだ。「居酒屋の黒烏龍茶マガジン」を購読していた時に買って、購読しているので書籍の方は読まずに積んでいた。今、お金の使い方の分配的に購読が出来ていないので、こちらを読んだ。
『やっぱり恐山さん、大好き』だと思った。恐山さんは日々の出来事をより一般化しようと思考しているから、いいことも嫌なことも思考材料の1つにするという部分が、尊敬できるし参考になる。
人間関係が上手く作れない私にとって、人の意見を聞けるのは貴重な機会で、本という形で恐山さんの考え方を知れるのは、同じ時代に共に生きる人がいるという感じで、一方的に親しみの感情を持っている。「「助かる」」
「尖った破片を振り回したくなるような孤独に正論をぶつけても仕方がない。」今この言葉を読めてよかった。
この恐山さんの意見は優しすぎると思う。私は今のところ、一人のために不満を感じてない大多数に変化を求めるのは、平等でない感じがする。
確かに婚姻制度を利用することは、婚姻制度の存続に加担しているので、この意識を持っていなければならなかった。本来婚姻制度は国が国民を監視するための便利なシステムに過ぎない。
それでも私が一対一の独占契約的な愛情(結婚)を選ぶのは、それが私に合っているからだ。一対一でない恋愛関係を試そうと思いつつ、結婚を選んだのは、やはり他人には自分の他にも大事な人がいるということが耐えられないからだと思う。それに、私の大事にできる人の人数は、凄く少ない。2-3人くらいだと思う。自分とあと誰か2人で限界だ。
一対一なんて演技で、人の心は一人を生涯愛するなんてできないと思う。でも生涯一対一の振り、演技をしてくれるなら、それは一人を愛するに匹敵する愛だと思う。だから結婚を選ぶ。
それに結婚することに安心感もある。その証拠に、人に話す時に何もよどみがない。『2対2の恋愛関係を持っているんです』とはわざわざ人に話さないし、話すときはそれなりに覚悟を決めないと話せないと思う。今社会的に認知されている一対一の婚姻関係に、「普通」に自分も入ることに、安心する。
一対一の恋愛をしていない人に対して、面白い挑戦をしているがんばれ!と思う。でもほとんどが合意の無い一対多/多対多をしている人(浮気、不倫)ばかりなので、この形に嫌悪感を抱く人もいると思う。
友人に「結婚の良さがわからない」と言われて、すぐに答えられなかった。感覚では理解しているけど、まだ言語化できていない。
恐山さんはこの後に「この世は一対一のパートナーは見つけづらい世界だが、マリカをする相手くらいはみつかる世界だ。マリカを共にする人がいることも、幸せなことで、でもそれは気づきづらい」と言っていた。
「結婚してないと」「恋人がいないと」「セックスの相手がいないと」負けたような、幸せではないような気がするのは、恐山さんの言うように婚姻制度が幅を利かせているからなのか。
アニメのキャラに傾倒できるのも、花が咲いてるスポットを見つけて喜べるのも、柴犬のケツを見て喜べるのも、幸せなことだ。一人でも時間を忘れて楽しめるのも、遊ぶ相手がいるのも、幸せ。
いい人と接していると、自分の中で生まれるべき感情が決められているような気がして、それが生まれない時罪悪感と自己嫌悪になるので、いい人なのに会いたくない、という事が起きる。こういう時、自分は人と関わるべきじゃないとか人非人だとか思う。
体調を気遣われるのも、何かを貰うのも、有り難いことのはずなのに。『同じ量を返さなければ』という日本人的義務感が生まれるので、終わりのない贈り物のし合いを想像して疲れるのか。ある程度ほおって置いてほしいけど、ある程度は親切にしてほしい。
義務とか、一度決めたからやらなきゃという考えに縛られて苛々することがあったけど、大人なんだから義務や責任から醒めていないといけない。ストレスはコルチゾールを増加させ老けるし赤ちゃんにも悪影響だ。
赤ちゃん。お腹に赤ちゃんがいる。好きな人のDNAを持った人がお腹の中にいると、ご飯を食べてる時も一人じゃなくて、立ってても座ってても一人じゃない。
焼き鳥が食べたい。
恐山さんがかなり昔にnoteで書いていた「欠点を開き直る人はえらい」が、身にしみて分かるようになった。数字が苦手とか、忘れ物をするとか、時間を守れないとか、前もって申告してくれていたら、わざわざ問題が起きて解決して理解していく手間を省けて、「この人はこれが苦手なら、これは任せないようにしよう。逆にこれを任せよう」と対応できて、お互いのストレスが減る。
電話をかけるとか人と連絡をとるとか、苦手なはずのこともやらないといけない場面になるとできてしまったので、「やらないってことは甘えているんだ」と他人に対して思う価値観が強化されてしまった。
私は一時期電話に出られなくなったが、私が電話に出られなくなっても大丈夫で、代わりに出てくれる人がいる環境だったから、そうなったような気がしている。甘えられる環境、弱くなれる環境があるから、弱くなれたんじゃないかと思う。弱くなられた方は大変だったと思う、こっちは弱くなれる環境を選んで弱くなる狡猾さを持っているから、放り出されても何だかんだケロッとしていたかもしれない。
私は職場に対して、毎日風呂に入る義務を負わせてきていることに怒っている。
尾道ラーメンが食べたい。
塩ラーメンが食べたい。
家でインスタント麺を食べる時、タイムアタックみたいにして食べていたのを、ちょっとずつ食べるようにしたら幸福度が増した。
おそらく妊娠の影響で、一食に食べられる量が少ない。普通盛りの2/1で十分になる。
あと妊娠初期から、くしゃみする時吐きそうになる。まだ吐いたことはない。三半規管がグジュグジュってなるのかな?
カフェに来てホットコーヒーだけ頼む男女、「カフェに来たと言うより会話をしに来た」という感じがして、萌えた。そのお二人が敬語で話してたから余計に萌えた。
仕事に行きたくない。好きなお店で親切にしてもらってるのに、何かつらい。なんでだろう。短時間なのに。
前に友人が、恨みつらみばかり口にする人に対して「やりたくないことやりすぎなんよ」と言っていて、自分が愚痴っぽくなった時に思い出す。
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