ジントニックを飲むたびに思い出す。

数年前に付き合っていた、渚は、ジントニックがおいてあるお店では必ずそれを注文する。

「中に入っているライムって飾りなの?」

『違うよ。このライムが、香りだったり旨味が引き立てられるんだよ。』

「絶対に飾りだと思うけどな。」

『飲んでみる?』

「いや、いい。僕がジントニックを飲むときは、最期だと思って。」

『なにそれ(笑)美味しいのに。うちのおすすめの飲み方はライムを2つ入れる。』

「それこそ飾りじゃん。」

『おいしいの!』

彼女は僕よりも一つ下の20歳。親が、お酒に詳しいので、彼女も自然と、詳しくなったそうだ。

自分の決めたことを曲げる事が嫌な僕は、彼女の前では、ジントニックを飲まないでいた。

ひとつ下でありながら、とても堅実的で、大人の美しさを兼ね備えている人。

対して僕は、子供のままで、未だに社会規範が分からずにいる。


「あのさ、大人になるってどうしたら大人になれるのかな。」

『環境に適合していくと自然と大人になってるんじゃない?』

「なるほどね。」

『大樹くんはどう思う?』

渚は必ず、僕の意見を聞いてくれていた。自分の意見を押し付けないで、相手の価値観を尊重して会話する。

「生きる覚悟を決めたときが、大人なんじゃないかな。」

僕は、渚が飲んでいるグラスの中で、 ゆらゆら浮いているライムを見ながら答えた。

『生きる覚悟かぁ』

『大樹くんは生きる覚悟できてる?』

「全然できてない。もうこの21年で、生きるには飽きたかなぁ。」

『そっかぁ。でも本当に飽きてしまったときはちゃんと言ってね。うちが楽しませるからね。』






今現在の人生はとてもつまらないものになっていた。

毎日働いて、家に帰り、寝て、仕事に行く。

僕は未だに大人に泣くことができなくて、子供のままだ。

ある日の仕事の帰り道、ふとお酒が飲みたくなり、バーに行った。

店員はとても元気な人で、大人だった。

60種類以上のカクテルの中から、選ばなければならない。

「ジントニック一つお願いします。」

『はいかしこまりました。』

「ライムもう一つ入れてもらえませんか?」

僕の質問に店員は困りながら「わかりました」といった。

初めて、飲むジントニックは思った以上に柑橘の味が強かった。

でも美味しかった。

おそらく渚が隣にいたほうがもっと美味しいと思ってしまった。

液体に浮かぶ2つのライム。

それをみて、渚の連絡先を探した。

2年前ではあったけれど、未だに持っていた。

交際していた頃のやり取りを見返す。

途中で、鼻の先がつんとしてきたので、見返すのをやめた。

 自宅についたが、帰りたくなかたので、階段で帰ることにした。
しかし気がつくと屋上まで来ていてしまった。
手摺の向こうを見るとなんてことのない景色が広がっていた。毎日のように見る景色だったけど、僕の頬が涙で濡れてしまっていた。

僕は何ながら、渚のメールを開いた。

「ジントニック美味しかったよ。」

その一文だけ送り、手摺の向こう側に携帯を思いっきり投げた。

その次に僕も、なんてことのない景色に、大人になれなかった情けない体を投げた。

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