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言葉の匂いとか

僕は一言で言いくるめる言葉は好きではない。

その言葉を用いる人も好きではない。

「死ね」とか、「きもい」とか。

ただ語彙力がなく、仕方なく使っているのか、そのような言葉が好きなのか、申し訳ないが理解できない。

「きもい」に関して言えば、とても抽象的すぎる。

その言葉を用いた時点で、その人は、あきらめているように見える。

若者の間では、とても抽象的、消極的な言葉がネット上、教室、電車とあらゆるところで、耳に入ってくる。

(上記は僕も若者である、僕の主観です。)

現代は、自分の本当に言いたい言葉を口に出していないような気がしている。

会いたいのに、呑みたいって言ったりとか。

言葉って本当に重要な事だと思っています。

身体で、表現するのもいいことだけれど、皆一人ひとり違う生体いから、発せる言葉は、一度しか聞けなくて、とても儚い。

こういった部分がいいと思います。

儚いからこそ時には、凶器にもなったりする場合もある。

ネット上には、たくさんの言葉の凶器ばかり。

もう少し、花のようないい匂いがしそうな言葉を、放てないのかな。

僕は、言葉の凶器を放てない。言っている自分も、傷つくからだ。

皆さんも、もう少し、自分の言葉に凶器が混じっていないか、確認して、放てば、本当に自分の言いたいことが言えると思います。


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