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日本を表す「年金」の仕組み -是枝俊悟 著『35歳から創る自分の年金』-
日本で働きながら生きていくうえでは、良くも悪くも避けては通れない「年金」という社会保障制度。
この『35歳から創る自分の年金』という本は、身近ではあると同時に負のイメージもつきまとう年金の仕組みについて、種々の具体的なシミュレーションを提示しながら分かりやすく伝えてくれます。
以下に、この本の読書を通じて気づいたことや感じたことについて、メモしておきたいと思います。
【Discovery / この本を読んで得られたこと】
この本の著書である是枝俊悟さんは、大和総研の主任研究員として、金融や税制などの調査・分析をされている方です。
また、厚生労働省の社会保障審議会(年金部会)の委員や、内閣府の男女共同参画推進連携会議の有識者議員なども歴任するなど、国の施策づくりにも実際に関わってきたそうです。
YouTubeには、国の税制施策を解説する動画などもいくつか上がっていて、その時々の施策の是非を考えるうえでは、とても参考になります。
▶︎年金で「最低限の生活」は保障される?
「年金」という言葉を聞くと「この先さらに少子高齢化が進んでいくと、将来年金がもらえなくなるのではないか」という負のイメージを持っている日本人は多いのではないかと思います。
まず年金制度は、日本に住んでいる20歳以上60歳未満のすべての人が加入する「国民年金(基礎年金)」と、会社員や公務員として働く人が加入する「厚生年金」を合わせて、いわゆる「2階建て」と呼ばれることがよくあります。
この2階建ての「公的年金」に加えて、企業や個人が任意で加入することのできる「私的年金(企業年金、個人型確定拠出年金など)」を含めて、3階建てと呼ぶ場合もあります[図表1]。
なお公的年金には、自分が高齢者になった時に受け取れる「老齢年金」に加えて、病気や怪我などにより障害を負い就労により収入を得ることが難しくなった場合に支給される「障害年金」や、家計を支える者が不幸にも亡くなってしまった場合に遺された家族の生活を支えるために支給される「遺族年金」も含みます。
今回の記事では、特に老齢年金の機能に論点を絞って、取り上げていきたいと思います。
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【(一社)投資信託協会ホームページ「年金制度の概要」より】
この2階建ての公的年金のうち、まず1階部分にあたる国民年金(基礎年金)は、20歳から60歳になるまでの40年間(いわゆる「現役時代」)きちんと納付できていれば、本書が執筆された平成31(2019)年度時点で年額78万96円[令和6年(2024)年度現在で年額81万6,000円]が満額給付されます。
なお、現役時代に未納期間があった場合には、保険料を納めなかった分だけ、支給額は減額されます。
また、2階部分にあたる厚生年金は、現役時代に厚生年金に加入していた者のみが、現役時代の所得(納めた保険料 = 給与・賞与×18.3% ※労使折半負担の計)に比例した給付が受けられます。
政府は「厚生年金に40年間加入した平均的な年収の夫(会社員または公務員)」と「40年間専業主婦の妻(国民年金第3号被保険者)」の高齢者夫婦2人の世帯を「モデル世帯」として、年金支給額の目安としているそうです。
前述のとおり、年金支給額は現役時代の所得によって変動がありますが、モデル世帯をひとつの基準として、夫の現役時代の平均年収を動かした場合の世帯の年金支給額を示したものが、以下の[図表2]です。
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【本書 p56より】
この図を見ると、現役時代の平均年収200万円の世帯の年金支給額は年198万7,800円(現役時代の平均年収の約99.3%)、平均年収1,000万円の世帯の年金支給額は年369万8,200円(現役時代の平均年収の約36.9%)であり、双方の支給額の差は2倍弱にとどまっています。
老後の生活にどの程度の資金が必要となるのかについては、最終的には個人の価値観や生活スタイルによるところが大きいかと思われますが、基本的には、現役時代にある程度真面目に働き納税している者にとっては、老後に生活を営むための最低限の資金を工面してくれる制度なのかなとは思いました。
特に、低収入世帯ほど、現役時代の平均年収に近い年金支給額がもらえる制度となっている点は、注目に値します。
このように、ある種高齢者のセーフティーネットとしての機能も有している年金制度に着目して、国民年金(基礎年金)部分をベーシックインカム化する案を考えている研究者の方もいるようです。
一方で、真面目に納税してきた人ほどお金がもらえ、長生きをすればするほど元が取れるという現行の年金制度は、人間心理を巧妙に捉えていて、何となく日本人の気性には合っているのかなと、個人的には感じました。
▶︎年金の支給額は「日本経済」が左右する?
さて、そんな年金制度を負のイメージたらしめている主な原因のひとつに「少子高齢化」と「賦課方式」の組み合わせがあるでしょう。
世界のほとんどの先進国に公的年金制度はあるそうで、その運営方法は「積立方式」と「賦課方式」の大きく2種類に分かれると是枝さんはいいます[図表3]。
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【NHKホームページ「大学生とつくる就活応援ニュースゼミ」より】
積立方式は、ある世代が現役時代に保険料を積み立て、その資金を運用したうえで、高齢者になった時に給付を受ける仕組みで、世代ごとに概ね収支が完結しています。
一方、賦課方式は、その年に現役世代が支払った保険料をその年の高齢者に給付する仕組みで、世代間でお金の受け渡しが行われるものです。
日本は後者の賦課方式を採用していますが、少子高齢化が進むと、以下の[図表4]のようなイメージで「高齢者を支えるための現役世代の保険料負担が重くなっていく」と、学校の授業などで習った方も多いのではないでしょうか。
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【厚生労働省ホームページ「第05話 賦課方式と積立方針」より】
一見、積立方式の方が自己責任という観点からみると理にかなっているようにも見えますが、積立方式の場合、支給開始年齢までに貯めた年金積立金の資産運用がなされます。
現行の制度でいえば「年金積立金管理運用(独)」(GPIF)などの組織が、当面の運用にあたることになるかと思われます。
この場合、それぞれの世代が保険料を払い始めてから、全員が高齢になって死ぬまでに起こる予想外の経済変動や人口構成の変動リスクは、すべて当該世代が引き受けなくてはなりません。
せっかく自分たちの世代のために年金積立金を貯めても、インフレや経済危機などによってその価値が大きく目減りしてしまうリスクがあると是枝さんはいいます。
その点、賦課方式は、現役世代が毎年支払ってくれる保険料を直で給付に回せるため、高齢者に支払われる年金の財源が無くなってしまう心配はありません。
ただし、完全な賦課方式の下で、高齢者の年金給付水準を固定した場合、結局のところ、経済変動や人口構成の変動リスクは、現役世代が負担することになってしまいます。
現在の日本のように少子高齢化が進行していくと、保険料を払う現役世代が減り、年金を受け取る高齢者が増えていくため、現役世代が負担する保険料をどんどん引き上げていかなければ、毎年の収支を均衡させることができません[図表5]。
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【NHKホームページ「大学生とつくる就活応援ニュースゼミ」より】
そこで、平成16(2004)年の法改正の際に導入されたのが「マクロ経済スライド」と呼ばれる、年金給付額を自動調整する仕組みです。
この仕組みの導入により、従来の「給付水準を決めたうえで、そのために必要な保険料を徴収する」という考え方から「財源を固定したうえで、そのなかで給付できる水準に年金額を調整する」という考え方へと、方針転換することとなりました[図表6]。
具体的には「賃金や物価による改定率(現役世代の平均所得の変化率)」から「現役世代の被保険者の減少(保険料を払う人の変化率)」と「平均余命の伸び(年金を受給する人の変化率)」に応じて算出した「スライド調整率(マクロ経済スライド率)」を差し引くことによって、年金の給付水準を調整します。
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【NHKホームページ「大学生とつくる就活応援ニュースゼミ」より】
なお、法律上の規定により、公的年金については、少なくとも5年ごとに国民年金(基礎年金)と厚生年金の「財政検証(財政の現況・見通しの作成)」が実施されることになっています。
本書にて是枝さんが参照している「2019年財政検証」では、100年先までの年金の姿について、今後の日本の経済成長や労働参加の度合いによる6つのケースを提示しています[図表7]。
本書では、これをさらに分かりやすく「目標シナリオ(ケースⅠ〜Ⅲ)」「国力維持シナリオ(ケースⅣ〜Ⅴ)」「衰退シナリオ(ケースⅥ)」と呼称して、それぞれのケースにおける年金支給額の推移を比較してくれています。
このシナリオごとに是枝さんがシミュレーションした将来の年金支給額をみてみると、目標シナリオを達成した場合は、平成31(2019)年度から令和32(2050)年度にかけて年金支給額が12%から26%程度増加することが示されています(国力維持シナリオでは2%〜6%程度減少、衰退シナリオでは14%程度減少)。
あくまで、国が描いたひとつのシナリオに過ぎませんが、現在よりも良い未来があり得るというのは、少々意外でした。
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【厚生労働省ホームページ「いっしょに検証!公的年金 〜年金の仕組みと将来〜」より】
その一方で、こうした現状の年金制度の枠組みを把握するにつけ、将来の年金支給額(特に厚生年金)は、今後の賃金や就業率などの社会変化に左右される不確定要素が強い制度であることも同時に分かってきました。
やはり「マクロ経済(スライド)」という言葉も出てくるだけあって、年金制度に加入するわたしたち一人ひとりのミクロな存在ではどうすることもできない一面があることを、あらためて痛感しました。
▶︎「昭和の価値観」を表した年金制度だからこそハックができる?
令和元(2019)年、金融庁の金融審議会「市場ワーキング・グループ」の報告書にて「老後30年間で約2,000万円が不足する」と受け取れる試算、いわゆる「老後2,000万円問題」が報道を賑わせて早5年以上が経ちました。
当時、炎上をしていたこの問題に対する風向きは時を経て180度変わり、現在ではむしろ老後の公的年金だけでは生活費が賄えないことはもはや所与のものとして考えられている向きもあります。
政府は、国民に対して「iDeCo(個人型確定拠出年金)」や「新NISA(少額投資非課税制度)」などによる個人金融資産の運用を促し、年金制度の3階建て部分を補ってもらおうとしています。
本書においても、こうした金融制度の活用による個人年金形成の重要性を訴えられていますが、それ以前にまず是枝さんが薦めているのが「夫婦共働き」です。
前掲の[図表2]においては、専業主婦の妻をもつ片働きの高齢者夫婦2人のモデル世帯を基準とした世帯の年金支給額を示していましたが、共働きの高齢者夫婦2人世帯の生涯賃金をもとに年金支給額を示したものが、以下の[図表8]です。
前述したモデル世帯の夫は、厚生年金に40年間加入し、平均年収は513万6,000円であったため、これを生涯賃金に換算すると「513万6,000円×40年=2億544万円」で、年金額は年額265万8,000円です。
前掲の[図2]では、モデル世帯がグラフの中心あたりに位置していましたが、[図8]では、モデル世帯はグラフの随分と左側に位置しており、モデル世帯よりももっと年金支給額が多い右側のゾーンが広くなっています。
つまり夫婦共働き世帯となった場合の年金支給額は、モデル世帯に比べて大幅に上がってくる可能性があることを示しています。
公的年金制度自体のトレンドとしては、年々年金支給額が下がってきている事実はありますが、そのマイナス分を補うために自らできることのひとつに、この「夫婦共働き」が挙げられるようです。
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【本書 p59より】
現在の公的年金制度及びモデル世帯の考え方が導入された昭和の時代には、夫の片働きで妻は専業主婦という世帯が一般的でした。
しかし、その後女性の地位向上や社会進出が進み、平成4(1992)年には、夫婦共働き世帯数が専業主婦世帯数を逆転。そして、令和5(2023)年には、全体の約7割が夫婦共働きの世帯へと変化し、その割合は専業主婦世帯の約2.5倍にまで達しています[図表9]。
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【(独)労働政策研究・研修機構ホームページ「早わかり グラフでみる長期労働統計」より】
その一方で、公的年金制度上のモデル世帯の考え方はいまだ昭和の時代から更新されていないため、制度設計上の目安と世の中の実態とのギャップが、徐々に顕著になってきました。
基本的にモデル世帯の年金給付額は、あくまで年金制度上の平均的な目安として存在するため、この目安が多少ズレているからといって、年金制度加入者に金銭的な損失が生じるわけではありません。
ただ、このモデル世帯の見直しについては、20年以上も前から既に提言されていることであり、今後はモデル世帯以外の複数パターンのモデルケースを示すかたちへと制度改正がなされるかもしれません。
このように、現在でも「昭和の価値観」をいまだに尾を引いている年金制度ではありますが、当初想定されていなかった「夫婦共働き」という方法によりある種のハックができる可能性もあるのかなと感じました。
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著者の是枝さんは1985(昭和60)年生まれで、自分ともほぼ同時代生まれの方だということもあり、この本の通読を通して共感する点が多々ありました。
正直、これまであまり老後のことを真剣に考えてこなかった自分にとっては、この本はあらためて自分のこれからの人生(特に金銭面)を考え直す良いきっかけをくれた一冊となりました。
令和5(2023)年時点の日本人の平均寿命が男性81.09歳、女性が87.14歳だそうです[図表10]。
世界で最も平均寿命の長い日本の国民皆保険において、高齢者の老後の生活を金銭面的に支えるこの年金制度は、ある意味、日本そのものを表しているようにも感じられました。
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【(一社)高齢者住宅協会ホームページ「高齢者住宅ジャーナル」より】
なお、この年金制度に関して調べてみるとかなり奥が深く、個人の資産形成というミクロな視点から、日本という国全体の行く末を占うというマクロな視点まで、さまざまな切り口で議論ができる良い題材だとも感じています。
自分自身にとって、そして日本の未来を考えていくうえでも、引き続き、学びを深めていく必要がありそうです。
(参考までに、年金に関する主だった論者の方々のリンクを、以下に貼っておきます。少し調べてみた限りでは、年金破綻論者はあまりいなかったのが意外でした。)