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こどもを通して見えてくる「ことば」の不思議 -広瀬友紀 著『ちいさい言語学者の冒険』-

 皆さんは、自分がこどもだった頃に、どのようにして言葉を話せるようになったか、覚えていますでしょうか??

 この『ちいさい言語学者の冒険 -子どもに学ぶことばの秘密』という本は、こどもたちが話す言葉づかいをつぶさに観察しながら、こどもと言葉の不思議な関係性について迫っていきます。

 以下に、この本の読書を通じて気づいたことや感じたことについて、メモしておきたいと思います。

【Discovery / この本を読んで得られたこと】

 この本の著者である広瀬さんは、東京大学の教授として、心理言語学を研究されている方です。

 著者自身も、実際に男の子(執筆当時7歳)を子育てされている立場から、言語学者の目を通して身近なこどもたちの話し言葉をフランクに考察していく内容となっています。

 そんな広瀬さんがまとめたこの本を読みながら、主に感じた3つのことを以下に整理していきたいと思います。

▶︎こどもは「発音」から言葉を覚える

 まず、この本で紹介されるこどもたちのいくつかの「言い間違い」の傾向について、実は言語学的な観点から見ると、理にかなったものであることを著者は説明していきます。

【質問】
「は」にテンテン(濁点)つけたら何ていう?

 「か」「さ」「た」など、他のひらがなで同様の質問をすると普通に答えれるのに、上の質問に答えられないという子(概ね3〜4歳頃)が結構いるそうです。

 基本的に、濁点の有無は声帯を震わせるかどうか(声帯を震わせた発音を「有声音」という)によりますが、口のどこを使ってどのように発音(調音)するのかについては、濁音の有無に関わらず共通です。

【発音が同じペアの例】
 ▶︎「か-が」: 口のなかでも喉により近い奥の方で、何か閉じてから開いているような感覚で発音
 ▶︎「さ-ざ」: 舌を上の歯ぐきの裏にくっつけて、空気の摩擦を伴って離す感じで発音
 ▶︎「た-だ」: 舌を上の歯ぐきの裏にくっつけて、思い切り離す感じで発音

 一方で、「は」は喉の奥の方で空気が摩擦されるような音、「ば」は喉の奥よりももっと遠くで唇を閉じて離す動きをする音で、口のなかの全く異なる場所を使って発音されます。

 そのため、発音の方法は同じで有声音に変化させた音が正解だと判断して、その結果うまく答えられなかったこどもの方が、実は大人よりも発音の法則について正確に捉えているという、興味深い考察をしています。

 確かに、「文字」の読み書きよりも先に、言葉を話すところから始まるこどもたちにとっては、まずは「音」を通じて言葉を学んでいるだろうということは、合点がいくところ。

 頭(アタマ)で考えるというよりも、声帯という身体(カラダ)の一部を使って「感覚で理解する」という作法は、大人よりもこどもの方がよっぽど優れているんだなと、感心してしまいました。

 発音のしくみや特徴については、本書でもいくつか参考文献が紹介されているので、そちらも参考になりそうです。

▶︎こどもにあらかじめ備わっている「応用力」

 幼いこどもが犬を見たときに「ワンワン」と教わると、その後しばらくは、猫や牛などの犬以外の動物を見てもワンワンと呼ぶようになるというのは、よくある「こども語あるある」のひとつ。

 このように、身につけた言葉やその性質を類推適用して、それ以外の物事についても自力で表現することを「過剰一般化」というそうです。

 仮に「犬」について、「大きなくくり」から「小さなくくり」に至るまでのカテゴリー分けすると、以下の通りとなります。

【「犬」のカテゴリーの例(「大きなくくり」から「小さなくくり」へ)】
「生き物」>「動物」>「犬」>「柴犬」>「ポチ(名前)」

 最終的には、誰もが「ワンワン」という言葉が「犬」を指し示す言葉だと理解できるように、幼いこどもはさまざまな言葉について、その都度推論、試行錯誤、柔軟な微調整を行いながら、時間をかけて少しずつ正しい言葉を身につけていきます。

 よく「こどもは周りの大人たちが話している姿を見て、言葉を覚えていく」と言いますが、それだけでは、上記のような成長過程は説明がつきません。
 人間は生まれながらにして、一度学んだ言葉をその他の学んでいない物事に対しても応用する能力を備えているようです。

 この言葉の範囲の決定や修正をする研究については、参考文献として以下の本が紹介されており、本書の文中でも一部実験結果が引用されています。

▶︎目の前の小さな出来事を「楽しむ力」

 このように、身近に見られるこどもたちの不思議な言葉づかいの数々。この本で紹介されている事例は、その他にも以下のようなやりとりがあります。

【こどもの言葉づかいの例】
(表現系)

 ▶︎「とうもころし」
 ▶︎「かにさされて、ちががでた」
 ▶︎「これ食べたら死む?」
 ▶︎「死にさせるの」
 ▶︎「これでマンガが読められる」
 ▶︎「これ、ねんどみたいだよ。さわりかたが」
 ▶︎(布団に寝転がり、足の裏に絵本をのせて)「踏んでないよ」

(質問・受け答え系)
 ▶︎「『オオクワガタ』って、なんで『オ』をふたつ書くの?」
 ▶︎「『ち』にテンテンは何ていうの?」
  「『し』にテンテンは?」
  「いっしょじゃん!怒」
 ▶︎子「今日セブン-イレブン行く?」
  母「今日は買うものないんだよ」
  子「…今日セブン-イレブン行く?」
 ▶︎母「もうっ、何回言ったらわかるの!」
  子「え…5回…?」

 この本では、こうした言葉をひとつひとつ丁寧に拾い上げ、言語学的な考察を加えていきます。

 日頃、こどもに関わる機会のある方であれば、多かれ少なかれ体験するこうしたやりとりですが、言語学者の観点からみると、いずれもそれなりの理由があることがわかります。

 こどもとのささやかなやりとりも、言語学という専門領域のフィルターを通すと、これほどまでに味わい深くなるものかと、目からうろこでした。専門的な知識や研究を深めることは、目の前のちょっとした出来事を、より楽しむ力にもなりそうです。

 こどもの発話の例をより包括的に学びたいという方には、参考文献として以下の本が紹介されています。

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 以上の3つのことがらが、個人的には気になりました。

 今回の読書を通じて、生まれながらにしてこどもたちに備わっている優れた能力の凄さを感じるとともに、言語学という学問を通じて「ことば」の奥深い魅力にも気づくことができました。人類の叡智えいちって、実は結構身近にあるのかもしれませんね。

 現在、2児の父である自分自身もそうですが、日頃忙しない子育てをこなしているお母さんやお父さんたちにこそ、この本に書かれているような少し俯瞰した観点から、こどもたちの言動を眺めてみることをオススメしてみたいと思います。

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