首頭地蔵
「いやぁ…こんなことあるんですね。」
そう言って語ってくれたのは、体験者の宮川さんだ。
その日、宮川さんは会社の飲み会で街に出ていた。2件目のお店を出て風に当たりたいと河川敷を先輩、後輩含め5人ほどで歩いていた。酔いを醒ますためにペットボトルのお水を買い、仕事の愚痴なんかを話していた。しばらく歩いていると、橋が架かっているところまできた。そうしたら先輩が何を考えたのかテンションが上がっていきなり持っていたペットボトルを橋の下に投げ捨てた。一緒にいた人たちは、一瞬何が起こったのか分からなかったが中身が入ったペットボトルを捨てたため橋の下に人でもいたら危険だ、と下を見たが幸い人はいないようだった。
「中身の入ったペットボトルをポイ捨てするとか、危ないですよ!何してるんですか。」
そう一緒にいた人で言ったが、ヘラヘラ笑っていた。何を言っても聞かないな、と距離をおこうとこの時に宮川さんは考えたという。
それから数日後、飲み会明けから初めての出勤日に会社に行くと例の先輩は休んでいた。理由は、身体の不調で病院に行くとのことだった。
次の日、その先輩は出勤してきた。しかし、肩周りがとても痛いのだという。医者の話では何か殴られたような痕がある、喧嘩でもしたんじゃないか、とのことだったが飲み会の後に心当たりがまるでないという。
その日、宮川さんと何人かで帰宅する際に—理由は分からなかったが—先輩がペットボトルを投げ捨てた橋のあるところに行ってみることにした。
例の橋に着いてペットボトルの落下地点であろう場所まで行ってみると、"ある物"を見てドン引きしてしまった。それは、お地蔵様だったが左肩の部分が取れてしまっていた。それは、奇しくも先輩が痛いと言っていた所と同じだった。さらにおかしな点が、修理の仕方にあった。通常、石像の修理はパテで修繕をするが、その"お地蔵様"は包帯が巻かれていた。それは、人間に行う"手当"のようだった。そのお地蔵様は、地域の人からそういう扱いをされている、ということだ。そして、もう一点。厭だと感じた事がお供物だった。高級な和菓子が袋を開けた状態でお供えしてあったが、新しいのだ。変な話、そのまま食べても問題ないレベルで、新しかった。そのまま、怖さのあまり固まっていると子供が歩いてきた。その場を少し離れて様子を見ると、小学校低学年くらいの子供が2人お供え物をして手を合わせてお祈りをし始めた。それから5分くらいお祈りが続いた。
その姿があまりに異様で、時間を忘れて見入ってしまっていた。はっ、と気がつくとお祈りが終わっていた。お祈りをしていた2人の子供は、こちらを向きジッと見ていた。知らない人達がいるからだろう。子供に聞いてみようと声をかけてみることにした。
「こんにちは。急に声をかけてごめんね。この橋の下にお地蔵様があるのは知らなくて。この左肩はどうしたの?」
「これ、2日くらい前にお供えに来たら取れてたんです。近くに中身の入ったペットボトルが落ちててこれが原因じゃないかって。」
「そ…そうなんだ……。このお地蔵様の由来とか…知ってるのかな?」
そう聞くとその子供が子供とは思えない感じで話してくれた。
その河川周辺の地域は、昔農業で栄えていたがある時期に大飢饉がおこった。溜めてあった水は枯れ、近くの川も枯れ、農作物が育たなくなってしまった。困り果てた村長のところに祈祷師のような旅の人が来て、"村にいる若い娘を1人生贄にすればこの飢饉から逃れられる"と言い去っていった。心苦しかったが、藁をもすがる想いで村にいた少女を生贄にした。しかし、とても嫌がったため手足を縛り言われた場所で少女の首を刎ねた。それから、これまでの飢饉が嘘のように回復したという。
しかし、ここで問題が起こった。それは、夜な夜な少女のすすり泣く声がする、と村長に苦情が入った。見ても誰もいないのに声だけがするのだ、と。そこにまた例の祈祷師がやってきて"お地蔵様を建ててお祈りすれば少女の悲しみを鎮めることが出来る"と言いまた去っていった。
言われた通りお地蔵様を建て毎日お供物とお祈りを行なっていたら聞こえなくなっていった。
しかし、お供え物やお祈りをしなくなると少女の鳴き声がしてくるため、不安になり今でも毎日欠かさず行っている、と丁寧に説明してくれた。さらに、数日前の夜から少女が「肩が痛い」と泣く声がしていて、かわいそうだからお菓子をいつもより良い物にしている……
あの先輩がやったことが原因じゃないか、と思ったがその関係者だとは知られたくないため教えてくれた感謝を伝えて帰宅した。
次の日に先輩にこのことを伝えると、霊なんていない、なにかの病気か人為的なものだ、と聞き入れようとはしなかった。その先輩自身の体調はさらに悪くなっており、医者に行ったが「誰かに殴られたんじゃないか」との診断だった。先輩には彼女がいると言っていたが、怪我をした日に彼女は一緒にいなかったため彼女ではない。湿布をしても、薬を飲んでも痛みが取れない。宮川さん達は、自分たちがやったことではないが、類が及ぶのを恐れて今夜にでも手を合わせに行くことにした。ついでに、お供物もそれぞれ持ち寄って謝ろう、そう言う話になった。
その日の19時に橋の近くに集まった。例のお地蔵様の近くに行くと、お供物は昨日子供がお供えしていたお菓子とは異なっていた。お地蔵様はまだ包帯を巻かれたままであった。ふと、視線を感じ草むらのある方を向くと、白い服を着た少女がいた。そこからこちららをジッと見ていた。周りも暗くなっておりこんな時間に少女がいる、そして昨日の子供たちの話を思い出して怖くなった。宮川さん達は急いでお供えをしてお祈りをしようとした。和菓子があったから宮川さん含め数人は和菓子を買ってきていたが、1人だけプリンを買ってきていた。
「お前なんでそんなの買ってきてるんだよ!!和菓子はどうした??」
「それがどこにもなくて…それに小さな子供だったらプリン好きかなと思って……」
そう言い、プリンの蓋を開けてお供えし始めた。開け方が分からないだろうからと…
随分とおかしな状況ではあるが、テンパってしまった結果だろう。急いで、その少女に聞こえるように誠心誠意謝った。時間は19時過ぎだったが不思議と周囲を走る人や散歩する人はおらず、お地蔵様に全力で謝る姿を他の人に見られることはなかった。
少ししたら恐怖の限界に達して、逃げるように立ち去った。逃げる途中で何故か示し合わせたわけでもなく、全員立ち止まり後ろを振り返った。すると、例の少女がプリンを食べてこちらが見ていることに気が付いたのか、手を振ってきた。絶叫してその日は急いで帰った。
それからというもの、先輩の怪我は酷くなり"精神病"の入院病棟に入ることになった。彼女への暴力や妄言で警察に相談され、精神が普通ではなくなっている姿を見た警官が医者に話をして入院することになったらしい。
例のお地蔵様も少し変化があった。あの後腕は治り、元通りになった。そして、お供物は相変わらず和菓子メインだが、プリンも置かれるようになった。"少女"が気に入ったのだろう。
この経験から宮川さん達は、ペットボトルなんかのゴミをポイ捨てせずゴミ箱にちゃんと捨てよう、とこれまで以上に気をつけるようになった、のだという。
[終]
この話は怖い話のツイキャス"禍話"[震!禍話 十九夜 28分〜]で話されていた"首頭地蔵"を文章化したものです。
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