ディストピア短編小説「魔女の証明」
短編小説「魔女の証明」
2050年、東京。高層マンションの一角にある老朽化した階は、「魔女の階」と住民たちに呼ばれていた。この階には、独り身の高齢女性たちがひっそりと暮らしていた。彼女たちは社会から「負担」「汚染」と見なされ、隣人たちからも忌避されていた。
始まりの火種
ある日、マンション内で異臭が発生した。住民たちは管理会社に連絡し、調査が行われた結果、「魔女の階」の一室から孤独死した高齢女性の遺体が発見された。腐敗した床材や漂う臭気は、周囲の住民を激怒させた。
「またあの階の奴らか!」「どうしてこんな連中を追い出さないんだ!」
住民たちの不満が管理会社に集中し、やがてそれは「魔女狩り」と呼ばれる行為に発展した。
第一の犠牲者
翌週、同じ階の住人である田中幸子(72歳)は、夜中に玄関を叩かれる音で目を覚ました。戸を開けると、そこには若い男性住民たちが立っていた。彼らはスマホのライトで幸子の顔を照らし、不快そうに鼻をつまんだ。
「お前もどうせ次に死ぬんだろ?その前にここから出て行け!」
幸子は震える手で反論しようとしたが、若者たちは部屋に乱入し、家具を破壊し始めた。彼女の声が助けを求めても、近隣住民たちは誰一人として姿を現さなかった。
エスカレーション
「魔女を追い出せ」という声は、マンション全体に広がった。SNS上では「#魔女の階」というハッシュタグが拡散され、未婚高齢女性たちへの攻撃が正義として語られるようになった。
特に過激なグループは「浄化隊」を名乗り、夜間に集団で「魔女の階」を訪れるようになった。玄関にゴミを投げ入れ、スプレーで「汚染者退去」と書き殴る。彼女たちの部屋には、壊れた窓や泥のついた壁が増えていった。
「ここはもう住めない…」
そんな声が漏れる中、抵抗する術を持たない高齢女性たちは次々と姿を消した。行き先は誰にも知られていない。
魔女狩りの夜
ある夜、浄化隊が「魔女の階」で最年長の一人、85歳の大村静子の部屋に押し入った。彼らはスマホでライブ配信を行いながら、部屋を荒らしていく。
「こんな奴らが俺たちの金を無駄にしてるんだよ!」
若者たちは高笑いしながら静子の家財道具を蹴り倒した。だが、そのとき静子は静かに立ち上がった。
「それで、あなたたちは何を証明したいの?」
彼女の問いかけに、男たちは一瞬動きを止めた。だが、次の瞬間、リーダー格の男が静子を突き飛ばし、叫んだ。
「お前みたいな奴らがいなければ、俺たちの未来はもっと明るいんだ!」
静子は倒れたまま息を整え、冷静に言った。
「未来を明るくするのは、誰かを排除することじゃないわ。それをあなたたちはいつか思い知る。」
彼女の言葉は配信を見ていた視聴者の一部に反響を与えたが、それでも現場の若者たちの暴力は止まらなかった。
悲劇の終焉
翌朝、大村静子の部屋は火の海となっていた。浄化隊の誰かがガスを漏らし、火をつけたのだと後に分かったが、真相は闇に葬られた。静子の死はニュースで小さく取り上げられただけで、視聴者の大半は無関心だった。
「魔女の階」と呼ばれていたフロアは完全に空室となり、やがて廃墟と化した。しかし、その一角には、静子が残した短い手紙が隠されていた。
手紙の内容
「私たちは決して魔女ではありません。ただの人間です。けれど、この世界が私たちを魔女にしたのです。」
この手紙は後に発見され、わずかながら共感を呼び、いくつかのドキュメンタリーが制作された。しかし、社会全体の風潮が変わるには至らなかった。むしろ「魔女狩り」の動きはさらに他の都市へと広がり、社会の分断は深まっていった。
終わりに
魔女狩りは、彼女たちの命と尊厳を奪うだけでなく、社会の無関心と暴力の象徴となった。そして、未来のどこかで振り返られるとき、これが「正義」だったと誰が証明できるのだろうか?