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ロシアの「再生」は本物か――高すぎる離婚率が示唆する脆弱性
ロシアの「再生」は本物か――高すぎる離婚率が示唆する脆弱性
ロシア連邦は、ソビエト体制によって断絶された伝統的家族観と信仰を再興させる形で、国民国家としての「再生」を図ってきたとされる。ロシア正教会と国家が強く結びつき、帝政期の家父長制的倫理観や愛国主義が標榜されることで、西洋諸国の「道徳的崩壊」に対峙する姿勢が鮮明になっている。しかし実際には、ロシアの離婚率は世界でもトップクラスに位置し、こうした家族の脆弱性が父系的モラルや愛国主義の“本物性”に疑問を投げかける。以下では、ソ連期の断絶から続く宗教・家族観の再編と、高い離婚率が示唆する矛盾を合わせて考察する。
1. 父系的倫理再興の背景と理念
1-1. ソビエトの断絶と「伝統」の再構築
ソビエト連邦期には、マルクス・レーニン主義のもとでロシア正教会は監視・抑圧され、宗教や伝統的家父長制は政治的・社会的影響力を大幅に失った。1991年のソ連崩壊以降、国家は愛国主義と正教会の結びつきを強化することで、帝政期の“偉大なロシア”を想起させるシンボルを復活させた。こうして強調される「父系的倫理」は、家族を中核とした保守的道徳規範の復権をめざすものである。
1-2. 西洋批判と家族重視
ロシア保守層から見れば、リベラルな西洋は個人主義と世俗化が進んだ結果、家族制度と伝統的価値が崩壊していると映る。これに対抗する形でロシアでは「国民の結束」「家族の強固さ」が称揚され、父権的価値観に裏打ちされた統合路線が打ち出されてきた。伝統回帰を訴える国家や正教会が、ソビエト期の断絶からの回復を演出しつつ、西洋の「道徳的相対主義」を相対化しようとしているわけである。
2. 高すぎる離婚率が示す実態
2-1. ロシアの離婚率の現状
ロシアは長年、世界でも屈指の高離婚率を記録している。国際機関の調査や国連の統計によれば、人口規模に対して離婚件数が非常に多く、いわゆる「西洋の価値観」を批判するロシア自身が、家族の安定性においてはむしろ深刻な問題を抱えているという矛盾が存在する。
2-2. 経済的・社会的要因
この高離婚率は、一概に“モラルの欠如”だけで説明できるわけではない。ソ連崩壊後の激しい経済変動や所得格差、地方部の過疎化、アルコール依存など複合的な要因が家族の維持を困難にしている面がある。家父長制的倫理や愛国主義を強調しても、社会保障や雇用が不安定であれば、家庭を守り抜くこと自体が難しいのである。
2-3. 父系的道徳と実際の家族像の乖離
国家のプロパガンダが強調する「父系的・保守的」家族モデルと、現実の離婚率の高さとは明らかなギャップがある。ロシア正教会の復権や政府の言説が強く打ち出されても、庶民の日常では経済的苦境や社会的ストレスの中で家族が崩れやすい土壌が残されたままだといえる。結果として、“家族尊重”のスローガンが高らかに掲げられながらも、実態としては家庭が崩壊しやすい構造が固定化している可能性が高い。
3. 「再生」の限界と脆弱性
3-1. 表層的な伝統回帰
ソビエトによって断絶された伝統を再利用し、愛国主義と結びつける形で国家が家族の重視を唱えていても、それが社会の現場で広範囲に浸透しなければ本当の“再生”とは言えない。宗教的シンボルや家父長制の価値観が政治的に利用されている面が強く、個人の生活や家族の実態を必ずしも改善していない点が大きな問題である。
3-2. ナショナリズムの補完装置としての父系的倫理
ロシアは広大な領土と多民族構成を抱え、統合の手段としてナショナリズムを強調せざるを得ない。そこに「父系的な家族観」が“伝統”として付与されることで、国家への忠誠と家族愛を重ね合わせるイデオロギーが作られている。しかし、実際の離婚率の高さは、この表面的な国民統合には深刻な穴があることを示唆している。国家規模の統合や政治的なプロパガンダと、個人・家族レベルの幸福や道徳観とが乖離しているゆえに、長期的な持続性は危ぶまれる。
4. 結論――父系的道徳を標榜するロシアの真の再生は遠い
ロシアがソビエト期の破壊を乗り越え、正教会と国家が一体となって家族を尊重しながら「再生」を果たしつつある、というイメージは、少なくとも高い離婚率の現実から見る限りでは説得力を欠く。愛国主義と父系的倫理観が、西洋的価値観の混乱と比較してある種の優位性をもつかのように語られる一方で、実態としては経済的・社会的要因のもとで家族制度が大きく揺らいでいる。
ゆえに、ロシアの「伝統重視」や「道徳回帰」が本当に機能しているかどうかを判断するには、離婚率の高さをはじめ、家族生活の実情を丁寧に検証する必要がある。単なるシンボル操作や愛国的プロパガンダではなく、家族と信仰が根付くための安定した社会基盤の整備がなされなければ、ロシアの再生は表層的なものにとどまり、長期的な持続性は見込めない。すなわち、高すぎる離婚率こそが、ロシアが唱える父系的倫理と国民統合の限界を浮き彫りにしているのである。