
ホリエモンとひろゆきの【仲直り旅行 in 熱海】
――熱海城を巡り、そして夜へと続く物語――
ビジネスの最前線で激しく意見をぶつけ合いつつ、ふとした“非・性的抱擁”や優しいキスを交わしてきたひろゆきとホリエモン。壮大なプロジェクトの資金調達もひと段落し、二人の関係にも少し落ち着きが出てきた頃、それは突然決まった。
「ちょっと気分転換したいんだよね。色々あったし……。熱海にでも行ってみない?」
と、ホリエモンが言いだしたのだ。
ひろゆきも「たまにはいいんじゃない?」と珍しく即答。こうして二人は“仲直り旅行”と称して、新幹線に乗って熱海を目指すことになった。
【第一幕】思いつきの“熱海”行き
東京の中心地にそびえ立つオフィスビル。その一角にある堀江貴文(ホリエモン)の新プロジェクト拠点は、普段ならスタッフが行き交い、あちこちから鋭い声が飛び交う活気に満ちた場所だ。
だが、この日はどこか空気が緩んでいた。大きな案件が一段落し、いっときの休息が訪れていたのだ。
「……なあ、ひろゆき」
大型モニターを見つめていたホリエモンは、ふいに声を潜めて隣にいた“論破王”西村博之(ひろゆき)に話しかける。
スーツではなく軽装のTシャツにジャケットを羽織ったホリエモンは、いつもなら休む間もなく新たな事業プランを詰め始めるところだが、この日は珍しく落ち着かない様子だった。
「何?」
ひろゆきはタブレットを操作しながら、ちらりと横目でホリエモンをうかがう。
「……ちょっと、温泉にでも行かないか? もう長いこと休んでないしさ、そこそこ疲れも溜まってるだろ」
一瞬、ひろゆきの指がタブレットの画面上で止まる。
「温泉って、また急だね。どうしたの?」
「いや、俺もいろいろあってさ……。言うまでもなく、ここ数カ月は新規事業の仕込みで暴走気味だったろ? そのたびにお前に抱きしめられて、正気に戻るハメになったわけだし」
そう言ってホリエモンは気まずそうに視線を外す。“抱きしめられる”という言葉を口にするたび、今でも不思議な感覚に襲われるらしい。
ビジネス界の風雲児と論破の達人という二人の関係は、極めて特殊だ。新しいアイデアを思いついては走り出すホリエモン。その勢いが限度を超えると、なぜか「ひろゆきが非・性的に抱きしめる」ことで、彼をクールダウンさせる場面が何度もあった。
SNSやメディアが噂するように“奇妙なラブコメ”と言うには当事者たちもやや抵抗があるものの、事実として結果は出ている。ホリエモンが制御不能になったとき、ひろゆきの抱擁で鎮まる──気恥ずかしいが、それが二人のあいだで暗黙のルールになりつつあった。
「まあ、抱きしめ役も疲れるよね。俺もそろそろ一息つきたいところだけど」
ひろゆきはそう言いながら首を回し、軽くため息をつく。
「それで、どこ行くの? 箱根? 草津?」
「それがな。熱海はどうだろう? 都心からのアクセスもいいし、食べ物もうまいって話だ。あの“熱海城”とかいう観光スポットもあるらしい」
「熱海か……いいんじゃない? 新幹線で1時間かからないし、ちょうど気分転換にはもってこいだね」
普段はビジネスや論戦ばかりで“旅行”という言葉から遠ざかっている二人。だからこそ、温泉地への旅は新鮮に感じられる。
ひろゆきはカレンダーアプリを開いてスケジュールを確認し、すぐにOKサインを出した。
「思ったより早く仕事が片付いたし、週末に行けるね。予約はどうする?」
「そこはスタッフに頼んでおくよ。やることは山ほどあるけど、この際ちょっとくらい休んでもバチは当たらんだろ」
ホリエモンはスマホを取り出して、担当スタッフに「急で悪いけど熱海の旅館、押さえてくれ」と連絡を入れる。
すると、部屋の端で聞き耳を立てていたスタッフの一人が、控えめに声をかける。
「堀江さん、ひろゆきさん、もしよかったら移動プランや観光スポットの一覧もまとめましょうか? あと、新しい案件の資料はどうします?」
「資料は後回しでいいよ。最悪、現地でもチェックはできるし……いや、俺たちは休みに行くんだろ?」
ホリエモン自身がつい「仕事を持っていこう」と言いかけたが、ひろゆきの無言の視線に気づいて慌てて言葉を飲み込む。
「そ、そうだよな。休みだもんな……うん、仕事は置いていこう」
その様子に、スタッフたちは思わずクスリと笑う。かつてのホリエモンなら「休んでる暇があったらビジネスのアイデアをまとめろ」と言い出しかねなかったが、最近はひろゆきのブレーキによって彼自身もブレークする余裕を学びはじめている。
いつまた“暴走→抱きしめ”のコンボが発動するかは分からないが、それでも今は「一度エネルギーを充電する」ことを選んだのだ。
「じゃあ、出発は週末で決定? 駅で集合して行こうか」
「了解。新幹線のチケットは俺が押さえておく」
ひろゆきがそう言うと、ホリエモンは「サンキュ」と小さく頷いた。
二人はビジネスの最前線に常に身を置きながらも、それぞれその役割の重みに疲れはじめていた。だからこそ、ふとした思いつきで口にした「熱海へ行こう」が、見えない箍(たが)を外す最初の合図だったのかもしれない。
スタッフらが外出の段取りを整えている間、ホリエモンは大きく伸びをして窓の外を見る。オフィスのガラス越しに広がる都会の風景はどこかモノクロームに見える。あの海辺の温泉地へ行けば、もっと鮮やかな色が目に飛び込んでくるだろう。
一方、ひろゆきは自席へ戻り、パソコンを開いて調べものを始めている。「熱海 観光 おすすめ」「熱海城 ロープウェイ 営業時間」などと検索する。その横顔には珍しくワクワクしたような表情が浮かんでいた。
こうして、二人の“仲直り旅行”計画は静かに動き出した。
これまで“非・性的抱擁”で何とか事業とメンタルを支え合ってきたホリエモンとひろゆき。いったい熱海でどんな景色を見て、どんな言葉を交わすのか。
煮詰まりきった頭と心を解放するための時間が、もうすぐ始まろうとしていた。
【第二幕】熱海への道、そして観光スポット巡り
週末の東京駅。休日らしく観光客や旅行者でごった返すホームには、新幹線が次々と滑り込んでは出発していく。
そんな中、ホリエモンとひろゆきは、控えめなバッグを一つずつ携えて待ち合わせをしていた。ビジネスシーンではスーツやパーカー姿が定番の二人だが、今日はごく普通の私服。お揃いではないものの、どこかゆるやかな雰囲気が似通っている。
「荷物、それだけ?」
ひろゆきがホリエモンの小さなボストンバッグを見て尋ねる。
「着替えなんて浴衣あるだろうし、あれこれ持ってっても使わないからさ。最悪コンビニで調達すりゃいいし」
「まあ、いつものフットワークの軽さは変わらないね」
ひろゆきは、くすっと笑いながら自分のショルダーバッグを示す。彼もまた、PCや仕事道具を最小限しか持ってきていない。最近は「休むときはしっかり休む」という意識が二人の間に生まれつつある。
ほどなくして、新幹線が到着。二人は指定席に乗り込み、窓側の席に並んで腰を下ろした。車内は旅行客の会話や子どもの笑い声でにぎやかだが、東京の喧騒とは違った明るさがある。
数十分ほど走ると、ビル群が減り、車窓に緑の風景が増えていく。ホリエモンはスマホを取り出しかけて、すぐにしまい込んだ。
「……仕事メールを確認しようかと思ったけど、やめとく。どうせお前に怒られるし」
「怒りはしないけど、止めるかもね。ここでまた抱きしめられたいならどうぞ」
「やめろ、車内だぞ!」
二人は軽口を叩き合いながら、あっという間に目的地「熱海駅」に到着する。改札を出ると、やや湿った潮の香りが鼻をくすぐり、強い日差しが駅前の観光案内所や土産物屋を照らしていた。
熱海駅周辺とホテルへ
まずは今晩の宿に荷物を置きに行く。駅からタクシーに乗り、海沿いの道を進むうちに、ちらりと海が見え始める。
「うわ、思ったより青いな。熱海の海ってけっこう綺麗なんだな」
「そうだね。東京の湾岸エリアとはやっぱり違う。観光地って感じだ」
ホリエモンは窓に張りつくように外を見つめ、ひろゆきはスマホを取り出して、さりげなく車窓からの眺めを撮影する。
宿は老舗の旅館で、玄関には趣のある暖簾がかかっている。チェックインするにはまだ早い時間だが、荷物だけ預かってもらって、身軽な状態で観光へ出かけることにした。
スタッフに名前を伝えると、すでに予約が完璧に通っており、部屋の準備も順調とのこと。二人は「じゃあ、後でよろしく」と頭を下げて旅館を後にした。
ロープウェイで熱海城へ
熱海と言えば、海岸沿いの散策や温泉、そして熱海城が有名だ。そこへ登るためのロープウェイ駅は、海沿いの道路を少し進んだ先にある。
券売機でチケットを買い、乗り込んだゴンドラは観光客でにぎわっていた。家族連れやカップル、外国人観光客などが窓にへばりつき、「きれい!」「すごい!」と歓声を上げている。
「結構混んでるな。意外と人気スポットじゃん」
ホリエモンが吊革につかまりながら言うと、ひろゆきはロープウェイの窓から下を覗き込む。
「こんなに高い位置から見る海もまたいいね。東京の摩天楼を見下ろすのと全然違う。……お前、高いところ平気?」
「ロケットで宇宙行こうとした男だぜ? これくらい余裕だよ」
まもなくロープウェイは頂上駅に到着し、熱海城の正面が姿を現す。
天守閣(のように見える)建物は、いかにも“城風観光施設”だが、高台から眺める海と街並みは絶景。
受付を通り、城の展望台へ向かうエレベーターを上がると、一面ガラス張りのフロアに出た。足元には海が広がり、遠くの水平線がゆらゆらと揺れているかのように見える。
「すげぇ……。東京じゃこの景色は味わえないよな」
ホリエモンは小声でつぶやく。いつもは大きな声でプレゼンしたり、人を巻き込んで話すタイプだが、ここでは自然と声が落ち着くらしい。
ひろゆきは展望用の望遠鏡を覗き込み、笑みを浮かべる。
「へぇ、向こうには初島(はつしま)が見えるらしいね。天気が良いと大島も見えるって」
城内は展示物が充実していて、江戸時代の鎧や刀剣、浮世絵のパネルなどが並んでいる。二人は甲冑のレプリカの前で記念撮影をしてみたり、タイムスリップしたような空気を楽しんだりして、案外観光客らしいテンションで盛り上がっていた。
「なんか、こういうレトロ感ある城って久々に来る。修学旅行以来かもな」
「そういう意味じゃ、日本の文化を改めて感じるってのもいいかも。仕事で海外を飛び回ってると、逆に新鮮だね」
ホリエモンが茶化すように「ここにレストラン作ったら面白そうじゃね?」とつぶやくと、ひろゆきは「ほら、仕事の話禁止」とやんわり制止する。
どうやら暴走を止める“抱きしめ”までは必要なさそうだが、それでもホリエモンのビジネス脳が動き始めるのは早い。
海岸を見下ろして
熱海城を一通り見学したあとは、敷地内の展望スポットを巡る。そこには小さな広場や足湯、展望テラスがあり、カメラやスマホを手にした観光客が絶えず行き交っていた。
ホリエモンとひろゆきもテラスの手すりに寄りかかり、海を見下ろしながらしばし黙り込む。マリンブルーの海面が太陽の光を受けて輝き、白い船がゆっくりと波を切っているのが見える。
「なあ、ひろゆき……」
「ん?」
「……なんでもない。こうして景色見てると、頭の中がクリアになるなって思っただけ」
それまでずっと突っ走ってきたホリエモンにとって、ぼんやり景色を眺める時間はほとんどなかった。いつしか、ひろゆきはそっと微笑む。
「こういうのもいいもんでしょ? これが普通の旅行スタイルだよ」
「俺には縁遠いと思ってたけど、意外と合うかもしれないな……」
そこには、いつもの仕事や論争に疲れた二人が、初めて“ゆっくりと同じ景色を共有している”という不思議な空気が流れていた。
どちらからともなく視線を交わし、微笑み返す。たとえ“非・性的抱擁”で取り繕う場面がなかったとしても、今は単純に「互いの存在が落ち着く」という感覚が、心に染みこんでくる。
湯けむりの予感
城を下り、ロープウェイで再び海沿いへ戻る。すると、街中からは早くも夕食や温泉を楽しもうとする観光客が行き交い、賑わいが増している。
二人はこれから宿へ戻り、一休みしてから旅館の温泉や夕食を満喫する予定だ。
日常のハイスピードを忘れ、穏やかな風景とほどよい観光気分に浸るうち、ホリエモンもひろゆきも、どこか気負いが取れたように見える。
「まさかこんな形で熱海に来るとはな。あんまり旅行とかしないんだけど、思ったよりいいもんだ」
「そうだね。たまには暴走ブレーキ以外の役目もさせてもらわないと」
ひろゆきの言葉に、ホリエモンはふっと笑みを漏らす。
「お前には世話になってばかりだし、今回くらいはゆっくりしてくれ。少なくとも……今日のところは抱きしめなくて済むように気をつけるよ」
冗談めかして言う彼の顔には、いつものギラギラした野心よりも“やわらかな人間らしさ”が垣間見える。
ともすればビジネスの嵐に飲み込まれがちな二人が、この熱海の街でどう“仲直り旅行”を完結させるのか。まだ旅は始まったばかり。これから夜にかけて、温泉・食事・そしてどこか落ち着いた会話が待っている。
ロマンチックな景色に包まれた中、彼らはまだ知らない。夜のとばりが降りるころ、新たな気持ちが少しだけ近づいてくることを。
【第三幕】夕暮れの宿と、静かな夜のはじまり
熱海城からの帰り道。ロープウェイを下りて海沿いの道を歩いていると、少しずつ空の色が朱に染まり始めた。日差しは和らぎ、波打ち際からは涼やかな潮風が届く。
行き交う観光客が、浜辺で写真を撮ったり、海を眺めたりしているのを横目に、ホリエモンとひろゆきは旅館へと戻るタクシーを拾うことにした。
「足、けっこう疲れたな。意外と歩いたかも」
ホリエモンは少し苦笑しながら、自分の脚を軽く叩く。普段は都内でタクシー移動や車移動が多いため、こうして観光客よろしく歩き回るのは久しぶりらしい。
隣でひろゆきは窓の外を見ながら、ほんのり赤い夕空を見つめている。
「うん。だけど良かったよ。城も思った以上に楽しめたし、海の景色をゆっくり見るなんて何年ぶりだろうね」
タクシーが細い坂道を上り、旅館の玄関前に着く頃には、空の色合いが濃いオレンジから紫がかったトワイライトへと変化していた。
宿のスタッフが笑顔で出迎えてくれ、預けていた荷物を部屋へ運んでくれる。二人はロビーで手続きを済ませ、館内着の浴衣や足袋を受け取り、さっそく客室へと向かった。
風情ある客室で一息
通された部屋は、畳敷きの和室。窓からは海が見渡せて、さきほどの夕暮れから夜へ移ろうとする空が静かに広がっている。
広めの座卓と座布団が用意され、壁には控えめな掛け軸。和風の間接照明がふわりと床を照らしている。
「おお……思ったよりいい感じじゃん」
ホリエモンは素直に感嘆の声をあげ、窓辺に立って外を見渡す。白い灯りが海面を照らし、遠くに船の光がちらちら揺れるのが見える。
「東京の夜景とは違うけど、落ち着くね」
ひろゆきも荷物を置き、襖(ふすま)を開けてみたり、畳の感触を味わうように足を伸ばしてみたりしている。
ふと、ホリエモンが振り返る。
「なあ、夕食までまだ時間あるよな。温泉、行ってくるか?」
「そうしようか。ここは露天風呂が売りらしいし。じゃあ先にひとっ風呂浴びて、さっぱりしてから飯って感じで」
二人は浴衣を手に取り、仲居さんに案内してもらった温泉エリアへと移動する。長い廊下を歩くと、ほんのり硫黄の香りが漂い、湯の湯気がほのかに立ち込めていた。
湯の音に溶ける雑念
男湯の暖簾をくぐると、そこは思った以上に広々とした内風呂。さらに奥へ進むと、岩造りの露天風呂があり、竹垣越しに夜空が仰げるようになっている。
先客の数人が、湯船に浸かって景色を眺めていたが、ほどなくして入れ替わりで人が減り、ホリエモンとひろゆきが肩まで湯に浸かる頃には、ほとんど貸し切り状態となった。
「いやぁ、これはたまらん。外の風がちょうどいい感じだ」
ホリエモンは岩を背もたれにして、満足げに息を吐く。肌に当たる湯が熱海独特の泉質なのか、じんわり体を温めてくれる。
ひろゆきはすぐ隣に腰を下ろし、少し目を閉じながら湯の音に耳を澄ませる。
「こんなにのんびりするの、いつ以来だろうね。なんか色々とどうでもよくなるな……仕事とか、SNSとか」
「うん……。俺もさ、常に新しいことを考えてないと落ち着かないタイプだけど、こうやって強制的にスイッチを切るのも必要かもな」
一瞬の沈黙。お互いの息遣いと、時折遠くから聞こえる話し声、そして湯が流れる音だけが空間を満たす。
ホリエモンは、暴走する自分を何度も抱きしめて止めてくれたひろゆきを横目に見やり、ふと思う。
(お前にはホント迷惑かけたよな。今回はちゃんとコントロールしてるつもりだけど、いつどうなるか……)
「……ホリエモン、何ぼーっとしてんの?」
ひろゆきが目を開けて、首をかしげる。
「いや、ちょっと。こういう時間もいいなぁと思って」
「ま、そうだね。俺も仕事のこと全部忘れたいからさ、頼むから今は企画の話とか始めないでよ?」
「わかってるって。『抱きしめおじさん』を呼び出す事態になっても困るしな」
二人は思わず笑いあう。周囲に人がいないのを確認し、いつもの冗談を言い合えるのが、なんだか不思議に安心できる。
夕食の膳と微かな高揚感
湯上がりに脱衣所でさっぱり汗を拭き、浴衣に着替えて部屋へ戻ると、仲居さんがちょうど夕食の準備を整えてくれていた。
刺身の盛り合わせや地魚の煮付け、香ばしく焼かれた貝や野菜など、目にも鮮やかな料理が所狭しと並んでいる。
ホリエモンは「おお、豪勢だな」と素直に喜び、ひろゆきも「こういう和食フルコースは久しぶりかも」と箸を手に取る。
酒は日本酒とビールが用意されているが、二人ともあまり深酒をするつもりはないようだ。
「じゃあとりあえず乾杯でもする?」
「そうだね。じゃあ、今回の“仲直り旅行”に──乾杯」
ごく軽くコップを合わせ、まずは小皿に盛られた刺身を口にする。脂の乗った鯵(あじ)や、ぷりっとした鯛(たい)の歯ごたえが口の中で広がり、思わずため息が漏れる。
「うまい……やっぱり海の近くだから鮮度が違うのかね」
「都内の高級店でも食べられるだろうけど、こういうシチュエーションで食うのはまた格別だ」
会話はとりとめもなく、最近観た映画やネットの雑談、炎上しかけたトピックへの軽いツッコミなど多岐にわたるが、どれも真剣な仕事話には発展しない。
ときどき「そういやあの案件どうなった?」と話題が出かけても、「まあ明日以降でいいか」と流すことで、奇妙な“平和”が保たれている。
少し酒が進み、頬をほのかに染めたホリエモンが、ふと食事の手を止めて言う。
「……やっぱ、いいなぁ。こういう時間。お前とはずっとビジネスとか企画とか、話すことが多かったからさ」
ひろゆきは、彼の変化した表情に目を留めながら微笑む。
「そうだね。ネットでも炎上でも会議でもなく、ただ一緒に飯を食うってなかなか無かったかも。ま、ある意味新鮮だ」
夜はまだ続く
夕食を存分に楽しんだあとは、茶を啜りながらデザートを味わう。食後の緩やかな時間が、二人の心をさらに解きほぐしていく。
まもなく仲居さんが膳を片付け、布団を敷く準備を始めると、部屋にはゆったりとした和の空気だけが残った。
テーブルの上には冷たいお茶が注がれ、外を見ればすっかり夜の帳(とばり)が降りている。窓の外の海には街の灯りが反射して、遠くの波間が仄白(ほのじろ)く揺れていた。
「今日はもう、風呂も入ったし、あとは寝るだけか?」
「うん。でも、まだちょっと早いよね……。何か散歩でもする? 夜の海辺ってのも悪くないし」
ひろゆきはそう提案するが、ホリエモンは畳の上に座布団を置いて、そこに腰を下ろす。
「いや、ここで少しゆっくりしていい? 外も行きたいけど、もう身体が休みたがってるんだよな」
それにはひろゆきも同感だった。お互い早朝から移動して城や町を歩き回り、温泉に浸かって夕食をとったのだから、身体は心地よい疲れを感じ始めている。
二人は床に近い座卓に向かい合って座り、しばらく静かにお茶をすする。話すことは特に決まっていないが、それでも“一緒にいる感覚”が妙に心地よい。
「……いろいろありがとな。なんだかんだ言って、俺にとってはお前が必要だったんだと思う」
不意にホリエモンが呟く。その声は、いつものような勢いや説得力ではなく、どこか素直さを滲ませている。
ひろゆきは少し首をかしげながら、柔らかく笑みを返す。
「感謝されるようなことしてるかね。抱きしめたくらいだけど」
「それだって大事なブレーキだったんだよ。おかげで今、ここにいられるし、こうやって休めてもいる」
部屋を照らすほんのりした灯りが、二人の浴衣を薄く照らし、会話はゆるい波のように続く。
外からは虫の声と、時折かすかに聞こえる波の音が混じる。まるで世界から切り離されたかのような静寂が、窓の向こうに広がっていた。
夜はまだここから深まる。そして二人の心も、もう少しだけ深い部分へと触れあい始めるかもしれない。
明日には東京へ戻るが、その前にこの旅の本当の“仲直り”が形になるのか──。次に訪れる夜のシーンは、彼らにとって忘れられないものとなりそうな予感がしていた。
【第四幕】夜の海岸、そして静かな吐息
食事を終え、部屋でお茶を飲みながら一息ついたホリエモンとひろゆき。
やわらかな照明に照らされる畳の上で、どこか気の抜けた会話を交わしていると、ふとホリエモンが窓の外に視線をやる。夜の海が見えるわけではないが、遠くにきらめく街明かりがちらちらと映る。
「……ちょっと散歩、行ってみるか?」
最初は面倒そうに横になっていたホリエモンが、急にそう口にする。
ひろゆきは「さっき疲れたって言ってたのに?」と少し首を傾げつつも、「まあ、行きたいならいいけど」と応じた。
少し眠気があったとはいえ、このまま布団に潜り込むのは惜しい。なにしろせっかくの旅行だ。夜の熱海の雰囲気をもう一度味わいたいと思う気持ちもわからなくはない。
静寂の海岸通り
浴衣の上に羽織を引っかけ、下駄をカランコロンと鳴らしながら、二人は旅館を出た。時間は夜の九時過ぎ。観光客の多くは夕食を終え、すでに部屋で寛いでいるのか、街はだいぶ人通りが少ない。
メインの商店街から離れると、店じまいしたシャッターが目立ち、聞こえるのは遠くに響く車の音と、潮騒のかすかな響きくらいになった。
「そっちの方、行ってみようか」
ホリエモンが指さす先には、アーケードのない細い路地が続いている。その先に行けば、海辺の方へ抜けられそうだ。
ひろゆきは「暗いけど大丈夫?」と軽く牽制しつつも、彼のあとについていく。夜風が少し冷たいが、温泉上がりの体には逆に心地よく感じられる。
路地を抜けると、緩い坂を下って海岸通りに出た。昼間は賑やかだった砂浜も、今はしんと静まり返り、波打ち際にちらほら街灯の明かりが反射している。
遠くでカップルらしき人影が寄り添っているほかは、ほとんど人気がない。
「意外とロマンチックだな、こういうのも」
ホリエモンは砂浜に近い防波堤に手をつき、夜の海を眺める。照れ隠しのように鼻をすすりながら「まあ、俺らには似合わないかもしれないけどさ」と付け足す。
ひろゆきは隣に立ち、波打ち際をじっと見つめる。
「そうでもないんじゃない? 仕事ばっかしてるとさ、こんな“無駄な時間”こそ贅沢だって思えてくるよ」
交わされる本音
静寂の中、二人はたまに言葉を交わしながら、ほとんどは黙って海を見ている。寄せては返す波のリズムが、温泉でゆるんだ体をさらになだめるようだ。
しばらくして、ホリエモンがポツリと呟く。
「お前がいなかったら、俺、ほんともっとメチャクチャだったと思うわ。暴走って言われるけど、実際あんま自覚なかったし……」
その声にはいつになく弱さが混じっている。以前のホリエモンなら「スピードがすべて。周りがついてこられないなら放っておけ」と言い放っていたはずだ。
しかし今は、“非・性的抱擁”を何度も経て、周囲に当たり散らさずに踏みとどまる術を少しずつ身につけていた。
「まぁ、俺も止めるのが大変でさ。ネットじゃ“抱きしめおじさん”とか呼ばれるし」
ひろゆきが苦笑する。「それでもまあ、事業もうまくいきそうだし、感謝されるなら悪くないけど」
「そっちこそ、迷惑だったよな。変な目で見られたりして……」
「別にいいよ。好き勝手言うやつは何しても言うしね。ホリエモンの暴走を止められるなら、“非・性的”だろうが何だろうが、お安い御用」
その言い草に、ホリエモンは肩をすくめつつも、どこか嬉しそうな顔をする。
「……ありがとな。俺もお前に何か役に立ててるならいいんだけどな」
「役に立つとかじゃなくてさ。一緒に動いてるうちに、勝手に世界が面白くなってきてる感じ。それが俺にとってはありがたいんだよ」
言葉には出さないが、二人の間には“支え合い”の空気が確かに存在する。かつては単なる知り合い、あるいはぶつかり合う意見の相手だったかもしれないが、今ではそれ以上に複雑な感情が入り交じっているように思える。
寄り添う気配
波音をBGMに、少し冷えた夜風が二人の浴衣の裾を揺らす。ホリエモンが思い出したように言う。
「そういえば、まだ俺、お前に抱きしめられてないな、今日は」
「ふふ……。暴走してないからね、必要なかったんじゃない?」
「そっか。まあ、ないに越したことはないよな。……でも、もし俺が突然またアイデアが止まらなくなって暴走したら、そんときは……」
「うん。遠慮なく抱きしめるよ。またバズるかもしれないけど」
ひろゆきはやや冗談めかして微笑むが、その瞳はどこかまっすぐだ。
同時にホリエモンの胸には、「あの抱擁」への複雑な感覚が去来する。恥ずかしさ、ありがたさ、そしてなぜか少しだけ安らぎを感じる――奇妙な思い。
だからこそ、今は暴走の心配がないこの瞬間にも、どこかで「それでも、抱きしめてもらいたいかもしれない」という矛盾を抱えているのだ。
「……寒くなってきたし、そろそろ戻るか」
ひろゆきが言い、ホリエモンも「そうだな」と頷く。夜道を歩くために下駄をそろえ、再び来た道をゆっくり戻り始めた。
深まる夜の安らぎ
旅館に戻ると、入り口の灯りがやわらかく二人を迎える。フロントには誰もおらず、廊下は静寂に包まれていた。
部屋に入り、互いに「ふぅ」と息をつく。先ほどまで感じていた少しの寒さから解放され、布団が敷かれた畳の上で体を伸ばす。
ひろゆきが座卓に腰を下ろし、急須からお茶を注ぎ始めた。湯呑から立ち上る湯気を見つめていると、ホリエモンも向かいの座布団に腰を下ろす。
「……夜風、気持ちよかったけど、やっぱり冷えるな」
「だね。温泉街って昼と夜の温度差が激しいけど、それがまた風情かもしれない」
二人は湯呑を持ち、お茶をすする。夜の静謐(せいひつ)は、まるで二人だけの小さな世界を作り出すかのようだ。
外の虫の声や遠い波音が、そこに優しく重なる。
一瞬の近さと、宿命の抱擁(?)
沈黙が続く中、ホリエモンがなんとも落ち着かない表情でこちらを見ているのに、ひろゆきが気づく。
「……どうかした?」
「いや、別に……ただ……」
何か言いかけて、視線を落とすホリエモン。いつもは歯に衣着せずに物を言うのに、こんなふうに言いよどむのは珍しい。
一方、ひろゆきも胸が少しざわつくのを感じながら、やんわりと話を促す。
「言いたいことがあるなら、言ったらいいんじゃない?」
「……暴走しない俺に、抱きしめてもらうのはおかしいよな」
ぽつりと落とされたその言葉に、ひろゆきは思わず瞬きをする。“非・性的抱擁”はあくまでホリエモンの暴走を止めるための行為だった。しかし今、彼が求めているのは、その必要がないはずの場面での“温もり”ということなのか。
ひろゆきは一度、湯呑を畳に置く。そして意を決したように、ゆっくりとホリエモンのそばへ腰を移動させた。
「……おかしくないと思うよ。必要だと思うなら、それでいいんじゃない?」
照明が薄暗い部屋。浴衣の裾が触れ合うほど近づいたところで、ひろゆきはそっとホリエモンの肩に手をかける。
ホリエモンは驚いたように目を開くが、すぐに唇を噛みしめて力を抜き、そのままひろゆきに身を寄せるような格好になる。
ぎゅっと強く抱きしめるわけではない。あくまで穏やかで、相手の体温を感じる程度の“非・性的”なハグ。
けれど、二人にとってはこれだけでも十分特別だ。波乱万丈のビジネスとネットの世界に生きてきた彼らが、今この旅先で手にしている安らぎは、どこにも売っていない貴重なものかもしれない。
「……なんか、変な感じだよな。抱きしめてもらうだけで、ホッとするっていうか」
ホリエモンが恥ずかしそうに笑う。
「お前が言うと、さらに変な感じだけどね。でも……悪くないよね、こういうの」
ひろゆきも微笑し、相手の背中に手のひらを当ててしばらく動かない。
言葉はいらない。外から聞こえるのは虫の声と風の音、そして遠い波音だけ。二人の鼓動はそれぞれの体内に響いているが、なぜかそれすら心地よく感じられる。
そして夜は更ける
やがて、軽く抱き合っていた体をほどき、互いに少しだけ顔をそむけながら照れ笑いをする。
「……俺たち、こんな関係になるなんて思わなかったよな」
「同感。まあ、世の中何があるかわからないよ」
ひろゆきは座卓に戻り、改めて湯呑を手に取る。ホリエモンも同じように腰を落ち着け、静かに深呼吸する。
もう“抱きしめおじさん”などというネットの揶揄(やゆ)も、ここではまったく関係ない。ただ、どこかお互いを思いやる空気が流れているだけだ。
やがて、会話は途切れがちになり、二人はそのまま布団へと潜り込む。畳に並んだ布団の上で、疲れた身体はすぐに眠気に誘われる。
しかし、眠りに落ちる直前まで、ホリエモンもひろゆきも、先ほど感じた互いの体温を意識していた。
──波乱だらけのビジネスライフでは決して得られなかった、“非・暴走”の抱擁。二人はこの夜、熱海の旅館という限られた空間で、その意味を少しだけ知った気がする。
外の世界は相変わらずざわついているだろうけど、今はこの静寂の中で、ほんのひとときだけ心を溶かし合えばいい。明日になれば、また忙しい日常がやってくるのだから。
【第五幕】朝の海と、次なる一歩へ
夜が深まり、旅館の廊下からも人の気配が消え始める頃、ホリエモンとひろゆきは畳の上に並んだ布団へ潜り込んだ。
波の音がかすかに聞こえる窓の向こうは、闇に包まれた海だけが静かに広がっている。
先ほど交わした“非・暴走”の抱擁――それはいつもの「暴走を止めるため」ではなく、お互いが素直に手を伸ばした結果だった。
複雑な感情を抱えたまま、しかし穏やかな気持ちを携え、二人はそのまま眠りに落ちていく。
朝の光、そして波打ち際へ
翌朝、まだ空が白んできたばかりの時間に、ホリエモンはふと目を覚ました。隣を見ると、ひろゆきも目を開けていて、ぼんやりと天井を眺めている。
外からは、少しだけ強くなった潮騒の響きが聞こえ、鳥の声が混じる。
「……おはよ。なんか早く目が覚めちまったな」
「ここの空気、ちょっと冷たいもんね。ああ、でも悪くないや」
二人は顔を見合わせて小さく笑い、布団から抜け出すと軽く身支度を整える。旅館の朝食まではまだ時間があるので、一度外の空気を吸ってこようということになった。
旅館の玄関を開けると、淡く白んだ空に朝日が差し始めている。夜の散歩とは逆ルートで、今度は砂浜のほうへ出ようと坂道を下った。
海辺まで歩く道のりはひんやりとしているが、肌に触れる風は昨夜よりずっと柔らかい。
朝焼けの砂浜で
砂浜に出ると、わずかに潮が引いて、夜とは違う表情をした海が姿を見せる。水平線近くには朝日のオレンジ色が広がり、遠くには釣り人のシルエットが小さく揺れていた。
「やっぱり、朝の海もいいな。静かなんだけど、少しエネルギーが沸いてくる感じがする」
ホリエモンは小さく伸びをしながら、波打ち際をじっと見つめる。
一方、ひろゆきは淡い陽光に照らされた砂を見下ろしながら、指先でさらさらと触れる。
「こういう時間に外歩くなんて、なかなか新鮮だね。東京にいると、夜型になりがちだし……」
二人は、押し寄せる小さな波の音をBGMにしばし黙る。朝の光に照らされた砂浜は肌寒いが、どこか清々しく、頭の中がクリアになっていく気がする。
やがて、ホリエモンがちらりとひろゆきを見る。
「なあ……昨日は変なお願いしちまったけど、後悔はしてないからな」
その言葉に、ひろゆきは目を丸くし、すぐに笑い返す。
「変なお願いって、“抱きしめて”のこと? それなら別に気にしなくていいよ。むしろ俺も……なんていうか、嫌じゃなかったし」
どこか気恥ずかしくなって、二人ともすぐに視線を海へ戻す。けれど、柔らかな朝の光の中、その互いの横顔には不思議な安心感が漂っていた。
旅館へ戻り、朝食の席で
砂浜を一通り歩き、少し冷えた体を温めるために宿へ戻る。時間はちょうど朝食をとるには理想的な頃合いで、食事処には数組の宿泊客が席に着いていた。
ホリエモンとひろゆきも案内されたテーブルに腰を下ろす。和食の朝定食には、干物や味噌汁、炊きたてのご飯と温泉卵など、素朴なメニューがずらりと並んでいる。
ひろゆきが湯気の立つ味噌汁をすすり、「ホッとする味だね」とつぶやくと、ホリエモンも「これはこれで贅沢だな」と頷く。
「……帰ったら、また忙しくなるんだよな」
箸を動かしながら、ホリエモンがやや苦笑まじりに言う。
「そうだね。新しい投資家との打ち合わせもあるし、俺は配信スケジュールが詰まってる。ほら、あの宇宙と外食のプロジェクトも、まだ具体化していかなきゃだし」
「いきなり仕事の話かよ……」
ひろゆきの口から“宇宙と外食”というワードが飛び出すと、ホリエモンは苦笑する。いつもなら目を輝かせて「よし、それなら」と一気に語り出すところだが、今日ばかりは多少自重しているようだ。
しかし、そんな自制心があるからこそ、ホリエモンは自分が少し大人になったような気がした。言いたいことを抑え、周囲とテンポを合わせることにも価値がある――そう学ばせてくれたのは、紛れもなく「ひろゆきの抱擁」による強制ブレーキ経験だった。
「ま、そろそろチェックアウトの時間だし、帰りの新幹線は昼過ぎ。じっくり話をする暇はないかもだけど、また東京戻ってからちゃんと進めようよ」
ひろゆきがあっさりと言うと、ホリエモンは驚いたように目を丸くする。
「お前が俺を促すなんて、珍しいな」
「そりゃあ、一緒に走らないと面白くないからね。でも、“走りすぎ”はダメだよ。俺も抱きしめるの大変だから」
軽い冗談まじりの会話に、朝の食事処はほのかな笑い声で包まれる。ほかの宿泊客の視線も感じるが、二人は気にする様子もない。
エピローグ:それぞれの日常へ
食事を終え、部屋に戻って荷物を整えたあと、ロビーでチェックアウトの手続きをする。仲居さんやスタッフに見送られ、「ありがとうございました」と頭を下げられると、なんだか寂しいような気持ちになる。
タクシーで熱海駅へ向かう道すがら、朝日に照らされた町は昨日とはまた違った活気を帯びて見える。観光客が駅前でお土産を物色し、地元の人々が行き交う風景。それを車窓からぼんやりと眺める二人。
「これで“仲直り旅行”も終わりか。早かったな」
ホリエモンが肩をすくめる。
「うん。でも、また来ればいいんじゃない? 気軽に行ける距離だし」
「だな。リフレッシュしたくなったら、またお前を誘うか」
「暴走しないなら歓迎だけど、もし暴走するなら俺も抱きしめ要員として出動しなきゃね」
「もうその図式が定着しちゃってるのが、なんか悔しいけど……」
そう言いつつも、ホリエモンの口元には笑みが浮かんでいる。
到着した熱海駅で新幹線のチケットを取り出し、ホームへ向かう。ほどなく来た列車に乗り込むと、いつも通りの指定席に並んで座る。
発車のベルが鳴り、新幹線はするすると速度を上げて東京へ向かって走り始めた。
「帰ったら忙しくなるな……お互い大丈夫?」
ひろゆきがスマホをいじりながら言うと、ホリエモンも「まあ、またあのペースでやるさ」と頼もしく返す。
ただ、今回は少し違う。無理をしそうになったら、ひろゆきという“ブレーキ役”がいることを、ホリエモンは心の底で理解しているのだ。
そして、ひろゆきもまた「嫌なら断ればいいだけ」と言いながら、ホリエモンと繋がる不思議な縁をそう簡単には手放せないと思っている。
あの“非・性的抱擁”を繰り返してきた二人の間には、もうネットの炎上や周囲の冷やかしを超えた、独自の信頼感が生まれてしまったのだから。
あとがき:小さな旅の果てに
東京に近づくにつれ、新幹線の窓外にはビル群が増え、また忙しない日常が見えてくる。
それでも今回の熱海旅行で得たもの――穏やかな時間、夜に交わした不器用なハグ、静かな海辺の散歩――が、二人の中に確かな“余白”を作り出したように思える。
戻れば再びビジネスの速度を上げ、SNSで論争を巻き起こし、スタッフを動かし、投資家を巻き込みながら、革新的なプロジェクトを進めていくのだろう。
だが、その渦中でも思い出すだろう。熱海の夜、波の音、そして互いの存在による安心感を――。
奇妙なラブコメのようで、実はどこか“共闘者”同士の強い絆にも似た関係。二人はこれからも暴走とブレーキを繰り返しつつ、ときどきはこうして旅に出るのかもしれない。
海と温泉の町、熱海。その記憶を胸に、また新しい一日が始まろうとしていた。