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アメリカン・ハイウェイ

乾いた風が頬をかすめ、遠くの地平線に蜃気楼のようなゆらぎが見えた。アメリカ南西部の荒野を貫くハイウェイを、俺は古いバイクで走っている。エンジンの振動が腹の底から響き、単調な道路の上にかすかなリズムを刻んでいた。

周囲には赤茶けた岩山が連なり、ところどころサボテンが突き刺すように立っている。吹きさらしの大地にあるのは果てしない青い空と、熱気を帯びて揺れる空気の波だけだった。ヘルメット越しでも感じる熱は、まるで鋭いナイフが肌を切るようにじりじりと重く圧し掛かってくる。けれど不思議とその暑さが、自由を実感させてもくれた。

やがて視界の端に小さな看板が見えた。ペンキのはげかけた文字で「DINER」と書かれている。看板の脇を通りすぎると、砂利道の先にプレハブ小屋のようなダイナーがぽつんと建っていた。錆びついたガソリンスタンドの跡地が隣接しており、かつては観光客やトラック運転手で賑わったのかもしれないが、今はうらぶれた雰囲気だけが残っている。

バイクを降りて、砂煙がうっすら舞い上がる中、俺はダイナーの扉を押し開ける。中に足を踏み入れると、小さなベルがちりんと涼しげに鳴った。カウンターの向こうで丸い顔の女性が「いらっしゃい」と視線だけで挨拶をする。店内は古いジュークボックスが隅に置かれ、壁には日焼けしたロック歌手のポスターと自動車のナンバープレートが並んでいた。薄暗いライトの下に、過ぎ去った時代の香りが漂っている。

赤いビニール張りのシートに腰を下ろし、メニューを開く。どこにでもあるダイナーの定番、バーガーとフライドポテト、そしてコーヒーが目を引く。喉がカラカラに乾いていた俺は、まずアイスコーヒーを頼んだ。しばらくして運ばれてきたコーヒーのグラスは汗をかいていて、指で掴むだけでもひんやりと心地いい。砂漠を走ってきた疲れが、ひと口飲むたびにすうっと溶けていくようだった。

「バーガーもいる?」カウンター越しに、先ほどの女性が聞いてくる。彼女のエプロンには色褪せたスミレの刺繍があしらわれ、何度も洗濯を重ねたような柔らかな風合いになっていた。俺は笑顔を返してうなずいた。「お願いします、ポテトも一緒に」。

待つこと数分。皿からはみ出しそうな大ぶりのバーガーと山盛りのフライドポテトが運ばれてきた。バンズを持ち上げると、肉汁がじゅわっとしたたるパテの上にチーズがとろりと溶け込んでいる。レタスとトマト、玉ねぎのシャキシャキした歯応えも相まって、がっつりした食感と素朴な味わいが一気に広がった。これぞアメリカのロードサイド・ダイナーの醍醐味だ、と噛みしめながら、俺は無心になって食べ続ける。

「旅の途中?」女性がコーヒーを注ぎ足しながら声をかけてくる。「そうですね。どこまで行くかはまだ決めていないんです」。俺はコーヒーの湯気を見つめながら、先の見えない道のりを思い描く。旅とは、見慣れない景色や人々との出会いが作る物語。バイクの振動とともに味わう自由があるからこそ、先行きが不確かなほど心が弾むのだ。

食事を終えて勘定を済ませると、女性はにこりと笑い、飴玉を一つカウンターに置いた。「熱中症に気をつけてね。気分が悪くなったら、また寄ってちょうだい」。感謝を告げ、店の扉を開けると、再び乾いた風と照りつける太陽が出迎える。バイクにまたがり、エンジンを始動させる。振動が体に戻ってくると同時に、あのバーガーのジューシーな香りとアイスコーヒーの冷たさが遠のいていく。

ヘルメットをかぶり、視線を真っ直ぐ先へ向ける。果てしなく伸びるハイウェイのむこうには、誰も知らない風景と、そして俺自身もまだ知らない物語が待っているはずだ。バイクが大地を蹴るたび、熱を帯びた空気が自分を包み込み、アスファルトの上を走り抜けていく。
そうしてまた、俺はアメリカの荒野を駆けていく。次にどんなダイナーに出会うのかはわからない。それでも、燃料の残りがある限り、この広大な土地は俺のものだ。自由の味を噛みしめながら、エンジンの音はさらに遠くの地平線へと誘いをかける。

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