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阿Qと魯迅の日本旅 ~横浜中華街での対話~中国発展と老子

タイトル:阿Qと魯迅の日本旅 ~横浜中華街での対話~

横浜中華街の静かなカフェで、魯迅と阿Qはそれぞれに飲み物を楽しんでいた。魯迅は湯気立つ中国茶を見つめ、どこか遠くを思うような目をしていた。阿Qはお菓子を頬張りながら、窓の外を行き交う観光客に手を振っては「俺のことも有名人だと思ってるんじゃないか?」と得意げに笑っている。

そんな中、一人の青年が二人に近づいてきた。スーツ姿で鋭い知性を湛えたその青年は、少し緊張した様子で魯迅に声をかけた。

「失礼します……もしかして、魯迅先生ではありませんか?」

魯迅は表情を変えずに湯呑みを口に運び、静かに答えた。「そっくりさんかもしれないよ。」

青年はその返答に少し微笑みながら、「もしお時間を頂けるなら、中国について少しお話を聞かせていただけませんか?」と尋ねた。

阿Qはそんな二人の様子を見て、「おい、俺のことも何か聞きたいことがあるんじゃないか?」と横槍を入れたが、青年は微笑みながらもスルーして、椅子を引いて座った。

青年は中国からの留学生で、横浜の大学で国際政治を学んでいると言った。そして話題は自然と、中国の歴史と現代について進んでいった。

「先生、毛沢東の革命と鄧小平の改革開放について、どうお考えですか?」と青年は真剣な目で問いかける。

魯迅はしばらく沈黙し、湯呑みを静かに置いた。そしてゆっくりと話し始めた。
「毛沢東の革命は、中国を封建社会の呪縛から解き放った一つの大きな転機だった。だが、その過程で多くの人々が理性を失い、感情の奔流に飲み込まれた。文化大革命はその極致だったといえるだろう。」

青年は頷きながら、「文化大革命は多くの悲劇を生みましたが、その後の鄧小平の改革開放が中国を世界経済の中心に押し上げました。それは先生も評価されますか?」と続けた。

魯迅は再び思索にふけるような目をしながら語る。
「鄧小平の改革開放は、中国に新たな繁栄をもたらした。だが、それと引き換えに、伝統的な価値観や道徳、さらには人間の純粋な心の一部が失われたように感じる。」

阿Qが突然口を挟み、「純粋な心ってなんだ?俺はいつも純粋だぞ!だって、俺は『勝った』と思ってれば全部うまくいくんだから!」と笑った。

魯迅は阿Qを一瞥しつつ微笑み、「阿Qのような純心は、どの時代にも一つの救いになる。しかし、現代の中国では、阿Qのような人間が生きられる隙間がどんどん狭くなっているのかもしれない」と答えた。

青年はさらに、現代中国の課題について話を進めた。
「中国は今、格差や腐敗、監視社会の問題に直面しています。物質的には豊かになりましたが、人々の心はどうなのでしょうか?利己的で、冷たくなったようにも感じます。」

その言葉を聞いたとき、魯迅の頭には老子の言葉が浮かんでいた。
「其智甚明,以御其民;其智甚鋭,以成其國。聖人之道,為而不爭,利而不害。」
(知恵を鋭くしすぎれば、かえって人々を傷つける。賢明すぎる政策は国を不安定にする。聖人は行動しても争わず、利益をもたらしても害を与えない。)

魯迅は小さく溜息をつきながら、「老子は『知恵を鋭くしすぎるな』と説いた。現代の中国はその知恵を鋭くし、発展という刃を使って大国への道を切り開いてきた。しかし、その刃が時に自らを傷つけていることに気づくべきだ。」と静かに語った。

青年はその言葉に目を輝かせ、「先生のおっしゃることには深い真理がありますね。私たち中国人がその刃をどう使うべきか、考えなければなりません」と感謝の意を表した。

青年は立ち上がり、深々とお辞儀をして去っていった。その後ろ姿を見つめながら、魯迅は静かに茶を飲み干し、ふと呟いた。
「中国人改造は、ある意味では成就したのかもしれないな。だが、阿Qのような純心が失われたのは惜しい。」

阿Qは聞き耳を立てていたらしく、「俺の純心?おいおい、俺はいつでも純心だぞ!それに俺は、今日も勝った気分でいるんだからな!」と胸を張った。

魯迅は笑みを浮かべながら、「お前のその無邪気さもまた、世界には必要なのかもしれない」と呟いた。

夕暮れの中華街の街並みが柔らかく灯る中、二人の旅は再び続いていった。街に響く喧騒とは対照的に、魯迅の心には一抹の寂しさが残っていた。

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